第128話 罰と名付けられた嵐

 記憶螺旋が原因の不調は一過性のもので、もう誰にも後遺症は残っていない。

 未来は鮮麗絶唱の位置を地図上に認めて、暗く顔を顰めた。青色のピンは存在していて、オペレーションシステムはメルトレイドを認識できている。鮮麗絶唱とリフレクションドールは地図上で十二キロ離れていた。

 しかし、実際の距離は別の数値なのである。そして、その数値を知り得る手段が彼らにはなかった。

 道通りに進めばめぐり合える訳ではないこの地で、地図のピンは安否確認くらいにしか使えない。


『合流するのは難しいでしょうし、研究所に現地集合しましょう』


 カトラルは前向きに無茶を提案する。

 鮮麗絶唱とリフレクションドールとが合流することと、研究所で落ち合うことはほとんど同義である。強いて言えば、お互いが動くメルトレイド同士よりは、動かない拠点である研究所を目指す方が易しいかもしれない。


「……それがいいかもしれませんね」


 隼人の意見はカトラルへ賛同であった。


『俺たちの任務は世界境界線の殲滅』

「合流する手間を考えれば、それぞれが作戦行動をとる方がいいと、俺も思います」


 敵対する世界境界と世界境界線の強さと、対抗するための戦術の幅を考えれば、二機が揃っていることは望ましいが、それぞれは単機でも戦闘可能である。

 境界線が所在する研究所へ、それぞれが移動を開始すれば、結局は合流に動いていることと変わりなく、パイロットたちの意見は建設的ではある。

 が、問題もあった。


「未来がいいなら、ですけど」

『そうなりますね。須磨君には負担をかけますが――』


 カトラルは言葉尻を中途半端で止め、通信機に映るオペレーターを見つめた。隼人も背後を気にして、神経を尖らせる。同じ機体に乗る隼人と未来はお互いの顔を見て話すことができない。


「未来」

『須磨君』


 別行動をするにも、オペレーターは一人、未来だけ。

 各々が別の場所にいるとなれば、戦闘になるタイミングも異なり、未来には二つの事象を同時に処理することが求められる。一瞬でも判断を間違えたり、指示を取り違えることがあれば、連鎖して同時に崩れる危険性があった。

 未来はすう、と深く息を吸い込み、一瞬、呼吸を止めた。それから、余計な力を抜くのと一緒に空気を吐き出す。

 未来の目は確固たる決意に染まっていた。


「僕は、やれる」


 不安にこまねいていても現状は変化しない。延々と黙っていることもできないのなら、多少の無茶は押し通して動くことも必要である。

 根拠のない自信と、裏付けのない可能性を信じるパイロットたちの意見に未来は乗った。彼らに言わせれば、失敗しなければいいのだ。未来もそれを信ずることを決めた。

 それぞれの機体をオペレーションするために、未来の視界を覆うオペレーション用モニターは左右に分かれて別の情報を表示する。モニターの大半を同じ桃色が占めているが、左は鮮麗絶唱、右はリフレクションドールの視界である。


「鮮麗絶唱、リフレクションドール。待機状態から戦闘状態に移行。僕の準備完了次第、研究所に向かって移動開始」

『鮮麗絶唱、カトラル。了解しました』

「リフレクションドール、雛日。了解」


 隼人は未来がキーを叩く音を聞きながら、メルトレイドの操縦桿を握り締めた。

 膝をつき、待機状態でいた機体を立ち上げる。視界の位置が変わっても、続く桜の木々はなくならない。

 赤。

 青空の下、桜の花びらが散る中、影は瞬間で現れ、リフレクションドールの視界を奪った。

 鮮血色の鱗、大きく開けられた口、耳をつんざく咆哮。

 隼人と未来は突然の襲撃者に目を見開く。


「っ!」

「なっ」


 もはや反射だった。


 隼人は思いっきりに操縦桿を引き、メルトレイドを後ろに跳び退けさせる。宙を滑ったリフレクションドールは、現れた敵から距離を取り、その姿の正体を捉えた。


「第八世界境界……!」

「……なんで三体も」


 リフレクションドールの前に躍り出てきた一体の後ろ、二体の赤い鱗の竜が両脇を固めるように控えていた。圧倒的な存在感を放ち、君臨する三匹の竜たちの姿は、絶望以上に神々しさを覚える光景であった。

 しかし、呆気にとられている暇はない。

 隼人はリフレクションドールに剣を構えさせ、未来は迅速にオペレーションの準備を済ませる。


『……違ウ。目の色を見ろ。後ろの二体はただの魔神だ』


 同じ世界の生命であるスレイプニルは、すぐに世界境界と魔神の違いに気づいた。八番の色、ペリドットを持つのは真ん中の一体だけで、奥の二体は金色の異なる色彩を有している。

 言われてみれば、堂々と滞空している真ん中の一体に比べ、両脇の二体は騒がしく雄叫びをあげては翼をはばたかせ、落ち着きがない。王者と従者。風格の違いは歴然としていた。


「ただのって、どう見ても上級魔神だろ」


 隼人はスレイプニルの目算に冷や汗を流す。

 いきなりの真打ち登場である。一番に厄介とされ、生体兵器ドールである隼人が相手をすることになっていた第八世界境界。それだけでも手一杯だと思っていたのが、そこらに溢れる魔神とは格違いの魔神を二体も引き連れて出てくれば、動揺もする。


「隼人、距離を取って」

「了解」

『……不穏な単語ばっかり聞こえるんですけど』


 一人、この場から離れているカトラルには、通信機の映像で見る二人の表情と音声だけが判断材料である。


「こっちに世界境界が出た。あと、同じ姿の魔神が二体。そっちは大丈夫だみたいだけど、いつ現れるか分からない。注意は怠らないで」


 やる、と言い切った未来はカトラル側の映像もきっちり確認していた。

 未来の視界左方、鮮麗絶唱の視界に変化はなく、桜の海が続くばかりだ。未来の指示にカトラルも戦闘態勢を構えるが、若桜の用意した罰ゲームはアスタロトと二体の魔神のみ。

 彼の元に現れるとすれば、野生で自由気ままに動き回る魔神だけで、殲滅するのは容易い低級だけだろう。


「世界境界だけでも厄介なのにな」

「……第八世界境界の力は”過去を見ること”」

「未来?」


 百合子の能力使用の方法を聞いていた未来からすれば、それによって隙ができるのは見られる側ではなく、力を使う側――世界境界の方であると考えていた。

 しかし、記憶螺旋という”過去を見せる”力に触れた以上、その可能性も考慮に入れなければならない。


「不確定事項は置いておくとして、僕と隼人がまた過去に閉じ込められたら――スレイプニル、君に後を託すしかない」

『……どウすればイイ』

「とにかく逃げて。僕と隼人が起きるまで」


 この状況で意識を失うことは絶対に避けたいが、起こってしまえば仕方がない。未来の適当にしか思えない指示にスレイプニルは『分かった』と素直に肯定をする。


「少尉、鮮麗絶唱のレプリカの制御レベルを二つ引き下げておいて。少尉の操縦に影響がなく、かつ、意識がない場合に魔神の生存本能は機能する」

『分かりました』

「設定変更が終わり次第、研究所に移動開始。能力解放の判断は少尉に一任するから」

『ええ、了解です』


 未来は早口でカトラルへの指示をすると、次に目前に迫る敵を見据えた。同じく乗り合わせる隼人は一瞬たりとも世界境界たちから視線を外してはいない。

 第八世界境界、アスタロト。

 唐突に現れた世界を繋ぐ存在は、遅かれ早かれ、隼人が対峙しなければならなかった相手。

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