第127話 抹消された悲劇はこじ開けられた

「機体位置表示」


 今度の未来の命令はすんなりと受理された。隼人と未来の前に桃々桜園を描く地図が浮かび上がる。隼人は光でできたパネルを引き寄せ、表示されているピンを探す。

 地図上の中心、境界点の位置と変わらない場所には、研究所を表す赤色のピン。二機のメルトレイドは黄色がリフレクションドール、青色が鮮麗絶唱を示す。

 が、地図上に映る色は赤と黄のみ。


「正常作動してるね。リフレクションドールは大丈夫」

「……鮮麗絶唱は?」

「ネットワーク接続認証の読み込みが終わるまでは待つしかない」


 未来の手元のオペレーションシステムで管轄するにも、ネットワーク回路が成立しなければ手は出しようがない。できることを終え、未来は背もたれに身を預けた。

 境界点の力と言われればそれまでだが、自分の無力さを嘆かずにはいられない。

 SSDには擬似世界境界点を製造する技術があるのだ。科学課に頭を下げてでも、境界点に関しての知識は深めておくべきだった。メルトレイドの操縦の利便性を向上だけでなく、境界点の力に影響をされた場合を想定したシステムも構築しておけば――。


「なあ、未来」


 湧き出る反省点は数多く、唇を真一文字に絞っていた未来の思考に邪魔が入る。

 操縦席に収まり、オペレートの準備が済むのを待つ隼人はどこか落ち着かないようだった。そわそわとした様子で視線を彷徨わせる姿は未来の目に見えないが、声色で隼人の心情が伝わる。


「どうかした?」

「……何を、見た? その、記憶螺旋で」


 強張った声は緊張していた。

 記憶螺旋は六人の過去が混ざり合っていた。

 六人といっても、若桜の意志が機能してか、場所のせいか、基本的には研究所を主体とした過去を来訪者たちに見せた。稀に平穏な未来や百合子の過去や、カトラルの新人時代が紛れたが、その割合は極小だ。百合子という導き手がいた隼人はその片鱗も見かけていない。

 隼人が案じるのも無理はない。少年の人生に他人に見られてもいいような時期はほとんどなかった。


「……まず、僕は少尉と一緒だった」

「うん」

「僕の見た過去と、一ノ砥若桜の言葉から、六人の人間があそこにいたことになる。僕、隼人、少尉、アクロイド博士。それから、相島百合子と喜里山美濃」


 未来は淡々と事実を述べた。

 隼人とSSD所属の二人に関しては言わずもがな。八番の鍵である百合子のことも当然知っているし、美濃のことも名前は聞き及んでいた。竜の民としてSSDの研究に協力している第一世界境界博物館の館長。

 隼人とスレイプニルは未来の口から美濃の名が出たことに、静かに息を呑む。


「見た中で一番に情報価値があるとすれば、皐月アクロイド事件の真相。次点はフロプトの頭領があの喜里山美濃だってこと」


 端的に告げられた内容は、隼人にしてみれば知られたくないと思っていたこと全てが晒されたことを物語っていた。

 隼人は現実逃避するかのように、そっと目を閉じる。

 なんと言っていいか、分からなかった。

 言い訳は思い浮かばず、誤魔化すこともできない。すべては実際に合った過去で真実。下手に取り繕うことは間違いで、かといって開き直ってすべてを肯定することもできなかった。


「……俺は百合子さんと一緒だった。ってことは、イオンと頭領が一ノ砥を見つけたんだな」


 結果、隼人がとったのは話を聞き流すこと。

 自分から未来に尋ねたことであるが、いざ返された答えに反応できるほど、隼人は過去を切り離せていなかった。

 隼人自身も体感した記憶螺旋の性質を考えれば、起こりうると予測ができていた事態。取り乱しはしないが、知られたくはなかったとも思う。

 スレイプニルは音なく揺らぐ隼人の精神を感じ、同じく心を痛めた。


「じゃあ、二人は一ノ砥若桜の拠点――研究所にいるのか」

「百合子さんも一緒のはず。頭領と同じメルトレイドに乗ってるから」


 未来も隼人へ深くを問い詰めるような真似はしなかった。


「っていうか、フロプトの頭領、前哨戦に出てきてたと思うんだけど。フロプトと一ノ砥若桜って、そんなに犬猿と対立してた?」


 若桜が敵ばかり作っているのは未来も理解しているが、フロプトと若桜が表立って対立している様子は今までになかった。

 前哨戦での一ノ砥組とフロプトの抗争も、まず未来に浮かんだのは、何故ここにフロプトが乱入するのか、という疑問であった。そして、今は頭領が直々に境界線を潰しに桃々桜園まで乗り込んできているというのだから、因縁めいたものがあるのでは、と勘繰りもする。


「……一ノ砥、フロプトにも直々に宣戦布告に来たんだって。それで、だと思う」


 境界線の器として扱われている雅のこと、攫われた薫、襲われた屋敷。フロプトが若桜を敵視する要素はここにきて十分にある。そもそも世界境界というだけでフロプトにしてみれば、無視できないものであった。

 いつかは敵として相手にしなければならなかった。その”いつか”が今になってしまったのだ。


「……俺らが研究所に行く前に、決着はついてるかもな」


 隼人たちが動きを止められているこの時間に、美濃は研究所で若桜と対峙している。

 傍立つアイスワールドはスレイプニルのように特殊系能力ではなく、攻撃系能力を所持している上、その力は他の魔神と比べても逸脱した圧倒的威力だ。

 心配ではあるが、美濃が負ける姿は隼人には思い描けなかった。


「そうだといいけど」

「不安になるような言い方すんなよ」


 未来の意見は隼人とは異なるようだった。


「フロプトの頭領っていうんだから、そう簡単にくたばるとは思わないし、強いのも分かる」


 イオンの試力実験だけでなく、幾度となく戦闘を繰り返しているフロプトの力を未来はよく知っている。敗北という文字とは無縁そうであるが、ひとつ大きな懸念があった。


「けど、ここじゃあ、場所が悪すぎるでしょ」


 何よりも境界点の力に影響され、力を発揮できていないのは未来たちだ。

 カトラルの乗る機体は行方不明で、安否の確認もまだできていない。未来が見つめる画面上、ネットワーク接続を認証するゲージは既に九割方を進行している。鮮麗絶唱との通信を可能にするまで、あと少し。


「そうでもないよ。百合子さんが一緒だから」


 隼人はやんわりと未来の言う一般論を否定する。


「八番の力を持ってる百合子さんは、境界点の影響を受けない」


 百合子の力はこの未知の土地で、有益に作用する。隼人も記憶螺旋でその力に導かれた。鍵を備えていれば、美濃にある問題は若桜の手の内にある人質の存在くらいだ。


「……なるほどね。それで彼女がこんなところにまで」


 感心したように未来は頷く。未だに反省を心中で続ける少年軍人は隼人の言葉から、鍵に関しても理解を深めなければ、と新たな課題を積んでいた。

 意気込む未来に対し、隼人の表情は悩ましい。

 美濃と共にいれど百合子単身では戦う術を持たない。若桜に攫われた薫は見動きすらとれず、話にしか聞いていない雅の状態も気になれば、イオンのことも頭から離れなかった。イオンの中に巣食うオーディンの力は、あの日の悪夢を再来させる可能性を孕んでいる。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 そして、カトラルも音信不通。リフレクションドールも桃々桜園の迷子。

 何処を見ても心配事しかない。


「……接続完了、通信繋ぐよ」


 未来は読み込みが終わった画面を認め、通信機を起動させると、鮮麗絶唱の機体コードを打ち込んだ。通信を求めれば、コール音が鳴り響く。

 ”接続完了”と表示された通信画面に揺らぐ金髪とそれを囲う花々が映れば、未来と隼人は「カトラル少尉!」と声を揃えた。


『良かった。このままこの地で朽ち果てるかと思いましたよ』


 出撃時、同僚たちに贈られた花に埋もれるカトラルはへらりと笑う。三人ともに安心したと顔に書かれていた。若桜に出鼻を挫かれ、形勢は崩されているが、とりあえずの無事を喜ぶ。

 問題は何も解決していないが、立て直す準備は整った。

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