争いの火

第126話 出口の先の未知

 記憶螺旋からの脱出は六人ともが同時刻である。

 美濃と百合子がまだアイスワールドの機内にいる頃、過去の迷宮に囚われていた隼人たちも自分の肉体に精神を戻していた。


『七代目ッ!』

「ん……っ」


 隼人は遠くに聞こえる呼び声に、引き寄せられるように意識を覚醒していった。気を失っている間に打ち付けたのか、左腕が少しだけ痛んだが、怪我の内には入らないようなものだった。


「……ここって、…………戻って来た?」


 焦点の合わない隼人の視線がまず捉えたのは、外界を投影するメインモニターである。一面が桜の海に見える上空からの映像ではなく、がっしりとした幹が見える高さからして、機体は地に降着しているようだった。

 敵影は見えず、スレイプニルがそれを忠告することもない。一応は安全地帯なのだろう。


『七代目、無事だな!?』

「う、ん、大丈夫。スレイプニルこそ、怪我は?」

『ワタシは問題なイよ。機体にも破損はなイ』

「そうか、よかった」


 隼人は大きく肩を回した。寝起きのような感覚で、身体には気だるさがある。

 正常な思考を取り戻そうとする隼人は、無理やりに頭を働かせ、記憶螺旋での出来事を遡り、この地へと侵入した瞬間を思い浮かべていた。記憶の整理をしている途中、隼人は同乗者の存在に行きつき、はっとして操縦席を離れる。


「っ未来!」


 弾かれるように飛び出すと、背中合わせになる位置に座っている少年へ詰め寄った。意識のない未来はくったりとし、背もたれに身体を預けている。


「未来、おい、未来」


 とんとん、と控えめに肩を叩き、隼人は名前を呼び続ける。未来が呼びかけに応えるまで、そう時間はかからなかった。

 ぴくぴくと瞼が動き、ゆっくりと開く。隼人は盛大に安堵した。


「大丈夫か?」

「……隼人?」

「おう」

「…………現在時刻? いつの間に抜けたの?」

「俺にも分かんない」


 澄んだこげ茶色の瞳は光を受け入れ、現状を把握しようとしてか、きょろきょろとコックピット内を巡回する。記憶螺旋に落とされる前との変化は、メルトレイドの位置くらいのものである。


『七代目らが気を失ってから、四十二分経過してイる』


 隼人や未来からすればそれだけしか経っていないのか、と思える時間であったが、スレイプニルには長い四十二分であった。

 若桜の登場と同時に隼人らが気を失ったとなれば、原因は世界境界に由来する力に違いない。

 同じ身体を共有する隼人の生は確かだと実感していたが、精神が戻らない可能性にスレイプニルは恐怖していた。無事に戻った彼らに、一番安心したのは他ならない彼女だった。


『何がアった?』

「……第八世界境界線の力だ。俺たちは過去を見てた」

「それも誰彼ごちゃ混ぜの記憶。どうでもいいのから、目も当てられないのまで」

『過去……』

「……」


 記憶螺旋を語る二人の言葉にスレイプニルは押し黙った。過去、と言われ、彼女が真っ先に思い出すのは、あの日の暴走である。

 スレイプニルの想像に肯定するように、コックピットの隼人と未来の表情は陰っていた。記憶螺旋での知り得た情報の内、ドール関連は今や抹消されたもので、知りたくても知れないものである。が、価値に比例して精神的苦痛を孕んでいた。


「一ノ砥若桜を見つけるまで過去に閉じ込められる、って話だったけど、俺は一ノ砥若桜を見つけられなかった」

「僕もだ。カトラル少尉と一緒に――」


 未来は思わずに言葉を詰まらせる。

 その意味は隼人にもすぐに分かり、二人は茫然とした顔をお互いに見合わせた。すぐに「スレイプニル! 少尉は!?」と隼人が声を荒げる。


『墜落した』


「はっ!?」と驚きの声が重なった。言葉を失い、二人が青年に起きた悲劇の事態を想像し始める前に『襲われて堕ちたのではなイ。動きを止めて堕ちたのだ』とスレイプニルが説明を補足する。

 魔神に襲われたのではない、と聞いても、墜落したという事実に、自然と口を閉ざした二人には焦りが滲んでいた。


『地面に衝突する前に引き上げようと追ったが、ワタシが移動したのか、アちらが移動したのか分からなイが見失った』

「…………鮮麗絶唱は専有機だけど、魔神の自我を殺しているから。メルトレイドが自律行動をすることはない」


 墜落中に姿を消した鮮麗絶唱。

 重苦しい雰囲気のコックピットを励ますように『七代目が気絶している間、ワタシは魔神には襲われてイなイ。多分、アちらもだと思ウが』とスレイプニルが言葉をかけるが、曖昧な優しさは気休めでしかない。


「未来、地図のピンの位置は?」

「機体位置表示」


 現れるはずの地図は見えず、未来の声は行く先なく消えた。

 本来ならば、音声認識でも起動するはずなのである。しかし、オペレーターの要求にオペレーションシステムはうんともすんとも言わなかった。沈黙を貫くシステムに、未来は苦々しく顔を歪ませる。


「……システムのリンクがダウンしてる」

「ってことは、地図も通信機も」

「使えない。再接続しなきゃ」


 身体に残る時差ぼけのような症状を気にも留めず、未来はオペレーションシステムを操作するための端末を引き寄せる。キーボードを叩き、境界圏に乗り入れる前に入念なチェックを繰り返したシステムの状態を確認する。

 オペレーションシステムはメルトレイドとオペレーション機器とが、ネットワーク回路で繋がっていなければ作用しない。オペレーターが操縦補助や遠隔攻撃をするための絶対条件であり、回線が絶たれればメルトレイドは孤立する。

 機体自体にもシステムは搭載されているが、隼人のように操縦以外をオペレーター任せにしているパイロットにしてみれば、あってないようなものである。


「……システム自体は問題ないみたい」


 未来はほっと息を吐く。オペレーションに必要不可欠な大元のシステムに問題や欠損はなく、メルトレイドとのネットワーク接続だけで復旧は可能であった。


「今から繋ぐから――」

「こっちも再起動だな」


 言うが早いか、隼人は操縦席に戻りながら「スレイプニル」と起動を促す。言葉ひとつでメルトレイドを動かす異常さは今更である。

 パイロットが操縦席に座り直す短い時間で、起動した機体の不備と補助設定をも確認し『オールグリーン』と原動力自身がオペレーターに問題ないことを通知した。


「接続開始するよ」


 鮮麗絶唱にはネットワークでの接続、リフレクションドールには有線での直接接続。二機との接続認証を同時に求めれば、読み込みのゲージが二本表示される。

 リフレクションドールのゲージは一気に埋まり、すぐに”完了”の文字が浮かんだ。比べ、鮮麗絶唱との接続はそうはいかない。しかし、ゆっくりとだが、着実にゲージの空白は潰されていった。

 読み込みが開始したということは、相手先が存在すること。まだ確信はできないが、機体の存在は認められる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る