第102話 お出迎えは劇的に

 魔神掃討機関からの使者を迎えた魔神の群れを容易くいなし、特攻隊の肩書を持つ彼らは境界点の影響圏内に侵入を果たす。

 第八世界境界点、空に浮かぶ正八面体の結晶。淡く輝く宝石は緩やかな速度で回転していた。

 地面には絨毯のように満開の桜の花が広がり、宙に浮かぶ二機のところまで花弁が舞い上がってはその視界を彩る。

 美しい景色ではあるが、彼らには毎日と見させられていた光景だ。目新しさはなかった。


「地図出すよ」


 未来は隼人とカトラルの元に、新たなバーチャルディスプレイを起動する。配布された地図は境界点を中心とするものだ。


 若桜のいるであろう遺跡と化した研究所を目指して、行動を始めるための第一歩。

 探知機とは違い、きちんと作動したシステムに未来は誰にも分からないように安堵した。


「ピンだけど、研究所の場所は赤、鮮麗絶唱は青、リフレクションドールは黄」

「りょうか、い……?」


 地図上のピンの説明に隼人は反射的に返答をしたが、その声は尻つぼみに消えていく。

 カトラルも鮮麗絶唱のコックピットで、未来に出された同じ地図を見ていた。長い指が地図上の青色を叩き、次に黄色を叩く。


「俺たち、地図上では八キロ離れてるみたいですよ」 

「……」

「……」

「鮮麗絶唱の距離算出だと、リフレクションドールまで五メートル。十分、射程圏内です」


 二機のメルトレイドは並んでいるのだから、ピンは並んで表示されるべきである。もしくは、重なって青か黄のどちらかのピンしか見えないか。

 しかしながら地図上の二機は遠く離れた地に点在していた。


「……隼人、これはどうやって見ればいいの?」


 未来は悩むことを始める前に、一番、現状を理解しているだろう少年を呼んだ。


「地図は間違ってない。俺の位置はここ、カトラル少尉の位置はここであってる」

『土地の配置が、目視できる位置と違ウのだ。こちらが少し動くだけで、金色の機体が一瞬で消えることもアる』

「逆もね。今みたいに、線を超えた瞬間、目視できていなかった魔神が現れたでしょ? 何かが急に出現する可能性もある」


 第一世界境界点の周囲を散歩する彼らには、よく知る現象であった。だからこそ、隼人の顔は曇り、声は沈んでいく。

 第一境界では平然とその特異性を無視していたせいで、厄介な性質について考えが及んでいなかった。


「まずったなあ……」


 特別な場所を歩き回るには、境界点の力に影響されない術がなくてはならない。

 第八世界境界に由来する力。


「赤ピンに向かって真っすぐ進んでも、研究所には辿りつけないってことでいい?」

『そウだ。それどころか、もはやここから出ることも難しイ』


 この桃々桜園は、一行には微塵も関与できない領域であった。若桜とアスタロトの意志だけが好き勝手をできるこの場で、彼らの思考通りの自由行動を許可できるのも彼らしかいない。


「手を繋いで探索しなきゃならないいですか?」

「確かにそれだと、はぐれはしないですけど――」

「馬鹿なの? 身動きとれないじゃん!」


 隼人の言葉を遮る陽気な声。


「そんなことする必要ないって!」


 何度か同じ経験している隼人はすぐに声の主を思い当たり、操縦桿をへし折らんばかりに握り締めた。心の底に隠していたはずの殺意は、簡単に顔を出した。

 イオンと薫を拐い、フロプトの拠点である屋敷を無惨な姿に変えた男。


「やあ、いらっしゃい。ようこそ、桃々桜園へ!」


 乱入者は時間を飛び越えてきたかのように、隼人たちの前に姿を見せた。

 しかし、その姿を確認することは若桜が許さず、三機のメルトレイドはお互いの首を取りあえる位置にあるが、鮮麗絶唱とリフレクションドールの視界は塞がれている。メインとサブとで分割した外界を映していたはずのモニターすべてが、通信画面になることを強制されていた。

 画面が切り替わる寸前、隼人の目には通し番号を持つ機体が見切れる。


「C八番機……」

「え、そっち? 若桜のことには触れてくれないの? ヒナくんのいけずー」


 神出鬼没に現れては、友好を押しつける青年。桜ではなく、メルトレイドのコックピットを背負った若桜は力の抜けた笑みで「遅かったねえ」と隼人の到着を喜ぶ。


「……あらら、ご立腹?」

「……」

「そんな殺気立たなくても、大丈夫。何も見えてないキミをぶすり、なんて、弱い者いじめみたいなこと若桜さんはしないよ」


 緊張感なく、大口を開けて笑う青年の言葉に、素直にそうですかといくわけもない。

 画面越しに若桜を睨みつける隼人の眼光は、憎悪を交えた殺意に染まっている。かたや、境界線との戦闘――世界境界の血飛沫を見る機会に恵まれたカトラルは、美しい造形の顔を恍惚に満ちさせていた。

 エースの青年がここまで来た理由は、軍のためでも、人類のためでもない。


「口だけならなんとでも言えるよね?」


 自信に胸を張る若桜を、未来は鼻で笑った。


「戦闘ができないから、こうして視界を奪って待機を強制してるんでしょ?」


 分かりやすい挑発。

 子供っぽい若桜が、打てば響くような人間であると仮定した未来は、境界線のペースを崩すためにつらつらと癇に障る言葉を撃ち出す。

 隼人とカトラルは未来の口車の邪魔をしないように、と唇を締めた。この状況では戦闘にもならない。自分たちに動ける状況を引き出す駆け引きは、当然とばかりに完全戦略へ託された。


「目が宝石みたい以外、君に特異がある? 頭も悪そうだし、所詮、世界境界の傀儡でしかない」


 意地悪くも可愛らしく微笑む少年に、若桜はくい、と小首を傾げた。

 結果を言えば、若桜は未来の言葉に煽られることはなかった。憤慨もしなければ、卑下することもしない。


「……あー、えっと、ごめんね。キミ、誰?」


 挑発返しではない。

 本当に申し訳なさそうな顔をした若桜は、明るい緑の宝石を丸くして、まじまじと生意気を演ずる少年を観察した。

 赤服を見て軍人であることは理解したのだろう。「っていうか、ヒナくん、軍服着てるじゃん!」と今更の驚きを見せた。が、言葉の送り先は未来ではなく、白服に扮している少年である。


 反応を見てから、次の対処を決めようとしていた完全戦略の思惑は、悪い方向に裏切られた。思わず閉じた口は、なかなか再起をしない。


「SSDで会ったときも軍服着てたよね? 就職したの?」

「……」

「睨まないでよー、無視しないでよー」


 軍人二人は若桜の中で、外野扱いどころか、意識の範疇にも入っていない。

 カトラルは気にした様子もないが、未来は若桜の一点集中の視界の狭さにぎょっとしていた。引きつる頬を隠せない。


 会話が成り立つ以前に、認識されなければ、干渉は難しい。

 若桜から未来へ、誰、と尋ねた矢先であるが、もう既に若桜は未来の存在を忘れているかのようである。


「ねー、ヒナくーん」


 懸命に隼人の気を引こうとする若桜はいじらしい。

 隼人は若桜の出方を窺いつつ、未来の行動をじっと待った。うるさい呼び掛けに対応するのは構わなかったが、口を開くことで状況が転じていく先が見えない。


 戦闘行動が可能であるなら、最悪、ここで掃討行動を起こすことも辞さなかっただろう。しかし、身動きの取れない今、下手をうった時を考えれば、隼人には沈黙しか取れる行動がなかった。

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