第69話 教室
昼食後はお話し教室になった。
「それでは、話し方の練習を始めたいと思います。こうして僕の言っていることがわかるということは、言葉が理解できているということなので、少し練習すれば話せるようになると思います。」
最初に挨拶をして、皆をみわたす。全部で10人くらいはいるだろうか。手のあいているヒトが集まっている。先ほどの男の子も一番前に座っている。名前はフレッドというらしい。もう一人の小学生くらいの女の子はエリで、フレッドの隣に座って心配そうにこちらを見ている。
他はフレッドよりも小さい子を連れたお母さんとか、成人のヒトの男女が何人かといったメンバー。教室に参加するのは皆ヒトだけども、見学者としてアンナさんとフレッドやエリの世話をしているらしい女性の二人の豚人も後ろにいる。
「最初に簡単なところから。あー。続けて言ってください。」
「あー。」
フレッドの声は聞こえてきたが、他はダメだ。口を開いてるのも半分くらい。
フレッドが簡単に少しだけど話せるようになったから安易に考えていたけど、結構大変かも。
「フレッドの声は大きいねえ。ちょっとこっちにきて手伝ってくれるかな。」
フレッドは飛び上がるような勢いで立ち上がってこっちに来た。
「ああ、ありがとうフレッド。じゃあ僕の横で、いっしょにやってくれるかな。」
「あい。」
フレッドが返事をする。発音的にはまだまだだけど、やる気はすごい。
「じゃあ皆さんも立ってください。小さい子とか前が見えなければ、前とか横にずれてもいいですから。」
皆が床からのろのろと立ち上がる。エリは後ろから出てきた小さな子の近くに移動した。おとなしい感じだけど、世話焼きタイプなのかも。
「あー。」
「あー。」
今度はさっきよりもいい。少なくとも口は全員開いてる。
「次いきます。あー、えー、いー、おー、うー。」
「あー、えー、いー、…」
途中で尻すぼみになってしまったので、
「いー、おー、うー。」
と後半をくりかえしたらなんとか言えた。そのあとも母音を中心に練習していった。
これは後から考えたことなのだけど、この世界でのヒトが言葉を話せないのは手本がいなかったからではないだろうかと仮説を立てた。言葉が理解できるのは、豚人の指示にしたがっていることからも明らかなのに、なぜ話せないか。それは他のヒトが話さないからという仮説だ。
例えば中学などの英語の授業で読んだり聞いたりはできても、話すのは出来ない。クラスの皆が話さないのに自分だけが話すのはと思ってしまうようなこと。先生だけがいくら話しても、自分達とは別の存在。
ヒトと豚人の場合にも、豚人がいくら話してもヒトが話すモデルとはなりにくい。特に豚人は口の形がヒトとは違うので、口の形などを学ぶ見本にはならない。だから警察署にいたマックスみたいに簡単な単語程度しか話せなくなってしまうのではないか。
そう考えると、午前中にちょっと歌をやったくらいでフレッドが話し始めたことの説明がつく。
「あめんぼ赤いな、あいうえお。」
「あめんぼあかいな、あいうえお。」
もちろん実際にはこんな日本語で練習したのではなく、違う言語なのだけど地球に戻ってきた僕は向こうの言葉をあまり覚えていないので、記憶にあるイメージをもとに日本語で再構成したものと思って欲しい。母音や子音があって、それを組み合わせている点では日本語や地球の他の言語と似通った感じだとは言える。地球人とほとんど同じ身体で発音できる言葉なのだから、そんなに変なものにはならないのだろう。
「さて、次は歌にあわせて踊りましょう。」
最初は僕とフレッドで踊ってみせる。次に皆で。
大人はノリがいまひとつだったけど、エリや隣の子はしっかり踊ってた。
「今度は順番にゆっくり言ってみます。あ、た、ま。」
「あたっ。」
フレッドはどうしても少しはしょった言い方になってしまう。これは歌だとそれに近いからというのもある。なので、ゆっくりと練習をすることにしてみた。
「あ。」
「あ。」
「た。」
「たっ。」
「ま。」
「んま。」
少し微妙なところもあるけど、だいたいOKだ。
「あ、た、ま。」
「あ、た、んま。」
「よし、いい感じ。じゃあ皆でやるよ。あ、た、ま。」
「あー、た、んあー。」
いまいちだけど、最初はこんなもんだ。何より声がでるようになってる。
「よーし、どんどんいくよー。あたま、かた。」
最初はどうなることかと思ったけど、だんだん僕ものってきた。
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