第63話 到着

最後の方はアンナさんも口数が少なくなって、車内は走行音だけが響いていた。

休憩をした付近は高速道路のような広くて整備された道だったけど、今は山道らしきカーブの多い坂道を走っている。


「そろそろ到着します。」


目的地はアンナさんたちの教団というかグループの人達が集団生活をしている所で、保護されたヒトも一緒に暮らしているらしい。

車は駐車スペースらしき広い場所に出て、その先に建物が見えた。周囲に木が生えている山の中という場所のせいか、キャンプ場の管理棟か林間学校の宿舎みたいな印象がある。


車を降りて空を見上げると、真夜中とまではいかないけどだいぶ遅い時間なので沢山の星が見える。あまり詳しくないのだけどオリオン座や北斗七星など見慣れた星座は無く、やはりここは別の星だと実感させられる。そういえば月はあるんだろうか。


そんなことをしているうちに他の人達は先に行ってしまったらしい。車もすでに無く、アンナさんだけが入り口でこちらを見ている。


「お待たせしました。」


「いえ、こちらに。」


建物の中に入ると広くなっていて、ホテルのロビーとかそんな感じ。

そのままアンナさんについて通路をしばらく歩く。途中の窓から外を見ると、少し離れたところにも小さなコテージみたいな建物がいくつか見える。明かりがついているのだから、そちらにも誰かいるんだろう。


「こちらの部屋をお使い下さい。明日の朝にまいります。」


アンナさんが開けたドアの向こうにはベッドなどが見える。


「ええと、トイレとかは?」


「中にバスルームもあります。」


「ということはあまり勝手に部屋の外を出歩かない方がいい、と。」


夜も遅いので出歩くつもりもなかったけど、何となく質問してみた。


「いえ。」


アンナさんはいちおう否定してくれたけど、表情からするとあまり出歩かない方が良さそうかな。車の中で話してるうちに、アンナさんの表情は何となくわかるようになった気がする。


「まあ夜も遅いのでこのまま眠るつもりですが。今日はいろいろありがとうございました。」


「いえ。それではまた明日。」


「おやすみなさい。」


「失礼します。」


通路を歩いていくアンナさんの後ろ姿を見送る。後姿だとヒトと見た目はあまり変わらない。猫耳ならぬ豚耳が髪の毛からはみ出しているのが違う。



部屋にはベッドと机があり、机にあった本は預言の書だった。


「部屋に聖書があるとは、地球のホテルみたいだな。」


そんな独り言を言った気がする。


寝る前にシャワーを浴びることにして、バスルームを点検する。

浴槽は無いけどシャワーと洗面台それに便座が配置されていて、タオルに歯ブラシや石鹸らしきものまで用意されていた。こんな所もホテルみたいだ。


服を脱いでとりあえずベッドの上に置く。この服は警察の備品だから返さないとまずいかなあとちらりと思ったけど、まあ機会があったらということにしておく。


シャワーではお湯も出た。山奥にあるにしては電気や水道、ガスも来ているのだろうか。まあ車で来れる道はあるのだし、最低でも電気だけあれば水は井戸とか近くの川からひいてくるとかもできるだろうし、ガスはプロパンみたいなタンクという可能性もある。


バスローブみたいなのも見つけたので、それを着る。脱いだ服はバスローブがあった棚にしまっておく。下着はどうしようかと思ったけど、洗面台で洗濯して干しておく。バスルームの換気をオンにしたままにしておけば、明日までには乾くだろう。

シャワーの時にも使った石鹸はそれほど泡がたつというわけではなかったが、汚れは落ちているみたいでかすかに良い香りがした。


寝る前に少し預言の書を読んだ。アンナの話してくれたことの再確認の為だ。

この時も含めて何度か預言の書を読んでいて、そのおかげで地球に戻っても内容をわりと覚えていたのだろう。


アンナさんの言葉でわからなかったのが「言葉をかけれれたる者」だけど、これも預言の書を読んでなんとなくわかった。

特定の誰かというわけではなく、預言の書に出てくる話をするヒトとかかわりの深い人が「言葉をかけられたる者」ということらしい。言葉を信じて助かった人に限定されるわけでもなく、宮殿とともに滅んだ王や奴隷商人なども言葉をかけられたる者に入るらしい。

つまり預言の書の中の言葉をかけられたる者は、命が助かるという幸運な結末を迎えた者もいるし、命を失う不幸な結末の者もいるわけか。


読んでいるうちに眠くなってきたので、ベッドに入った。一時転生の初日は警察署、そして2日目は山奥の謎の教団の建物で眠ることになる。


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