第28話 セミと少女マンガ

休憩時間まで2、3回は泳いだろうか。息継ぎの向きは意識するとある程度は直ってきた。一度はライラがやっていた平泳ぎとバタフライの中間みたいな泳ぎを試してみて、足はいまいちだったけど、手は簡単だったのでそんなに苦労しないで出来るようになるかもと思った。あとタニタがやってた顔全体を上げる息継ぎは、こっちの泳ぎ方を意識したのかもとか考えていた。

休憩の合図があったので、順番待ちの列からはなれて開いている場所に移動して座った。

このあとは少し自由時間があってプールの授業は終わりになるはずだ。


「よいしょっとー。」


ライラが隣に来て座った。帽子をとると中から長い髪が出てきて、水がぽたぽたと落ちる。今さっきまで泳いでたのだろう。


「お疲れ~。」


と言うと、


「別に疲れてないよー。」


と真面目なのかふざけてるのか判断が難しい返事が返ってきた。

判断は保留にして、別の話をする。


「クロールじゃない方の泳ぎで、足の動きがよくわからないんだけど。」


さっき泳ぎを教えてと言ったので、その整合性をとるためだ。


「クロールじゃない方って、ドルフィンだよねー。足はこんな感じかなあ。」


そういってライラは座ったまま両足を少し持ち上げて動かす。平泳ぎとバタフライの中間のような泳ぎはドルフィンと呼ぶらしい。確かにそう言われると、そんな名前が記憶にある。

しかし空中に足を持ち上げて動かすのは結構腹筋に力がいると思うけど、ライラはバンバ先生みたいに腹筋がムキムキという見た目でもない。それでも普段ののんびりとした口調と動きからは意外だけどわりと引き締まった身体か、と見ていたら。


「もー、あんまりじろじろみないでよー。」


と怒られてしまった。体育座りの膝を身体に引き付けて足で胸からおなかを隠すような座り方にして、こっちをにらんでる。でもそれほど怒ってるわけでもない、かなあ。これは昨日みたいに立ち上がって離れていくのではなく、近くにすわったままだからというのからの推測だけど。


「あー、こんな感じかなあ。」


さっきのライラのやった足の動きを再現しようとしてみる。少し怒られはしたが、泳ぎのフォームを教えてもらってたのだから見ることに正当性はあるはずだ。しかし実際にやってみるとこれは腹筋がきつい。

すぐにギブアップして。


「あとは自由時間に教えてよ。」


と頼んだ。ライラは黙ってうなずき、残りの休憩時間はお互いに黙ってすごした。


周りに目をやると、友達とおしゃべりをしていたり黙っていたりとさまざまだ。セミの声も聞こえてくる。厳密にはセミと翻訳されて認識されるこちらの生き物だ。

そのセミが飛んできて、ライラの髪に止まった。


「きゃー、なにー。」


「ちょっと待って。」


とっさにライラの肩に手をやって動きを止めて、もう片方の手でセミを…、

捕まえた。


「はやくとってー。」


とライラは泣きそうな感じだけど、足が髪にからまってしまいすぐには取れない。すこしずつセミの足から髪をはずしていく。

集中していると、ふいに前に読んだ少女マンガを思い出した。マンガの中でも女の子の髪が何かにからまってしまい、それを男の子が外していく。もしかしたら外す方も女の子だったかも。

友達がマンガ好きで沢山持っていたので、貸してもらって読んでたのだ。

木の枝ではなく動く虫の足だったので少し苦労したけど、それでも髪の毛を切ったりせずにはずすことができた。虫の足も無事だ。


「よし、取れたよ。」


そう言ってライラの背中を軽くたたく。


「ひゃあ。あ、ありがとう。」


何故か変な声を出したライラは、僕に礼を言って離れていった。これは僕からというよりは、僕が手に持った虫から離れたかったのだろう。


虫はセミに似ているが全く同じではなく、透明で少し長い羽はトンボを思わせたし、足は8本もあった。でもカンカの記憶によれば木にとまって鳴いていたり樹液を吸うみたいなので、やはりセミに相当する虫なのだろう。プールサイドと外を隔てるフェンスの上から手を出して軽く投げると、虫はそのまま飛んでいった。一件落着。


いつの間にか休憩時間は終わって、授業最後の自由時間になっていた。ライラはどこかに行ってしまったので、泳ぎを教えてもらうのは無くなってしまった。

もうすぐ授業も終わりだろうしこのまま何もしないでもいいかと思って座ろうとしたら、向こう側に誰かが座ってるのが見えた。タニタだ。

せっかくなのでタニタのいる方に移動して、声をかけた。


「やあ。」


「ん。」


と短い応答があった。あいかわらずあまりしゃべらない子だ。


「ライラに泳ぎを教わろうとしたんだけど、どっかにいっちゃてヒマになったんだ。」


「そう。」


「あのドルフィンって泳ぎを習いたかったんだけど。そういえばタニタの息継ぎはドルフィンのやり方みたいだよね。」


「んー、私はあれしか出来ないから。泳ぐのは得意じゃない。」


「そうなんだ。」


そこでいったん話をやめた。昨日みたいに特に聞きたいことがあったわけではなく、お互いに暇そうだったからの会話だ。記憶から判断すると、カンカとタニタはそんなに仲よしでもないみたいで、席がとなりのわりにはそんなに話したりはしてなかったみたいだ。


「さっきの。」


めずらしくタニタの方から話してきた。


「さっきのって。ああ、ライラにセミがとまったやつのことかな。見てたの?」


「そう。あれマンガみたいだった。」


「へえ。」


僕が読んだのと同じマンガかなあ。古いマンガでも読むことはあるだろうし。


え、違う。そんなはずは無い。


タニタが地球のマンガを読んでいるなんてありえないことだ。


ということは、


「そのマンガってタニタの家にあるの?」


僕は平静をよそおって、そう質問した。


「あるけど、読みたいの?」


とタニタ。


「読みたい、読みたい。学校終わったら家に行っていいかな。」


思わず2回繰り返してしまったが、何しろ異世界のマンガなんてこのチャンスを逃したら読めるかどうかわからない。


「家に行ったらダメかな?」


タニタの答えが無かったので、もう一度きいてみた。普段なら返事がすぐにこないことで、ダメかもしれないと推測したり相手の気持ちを考えるのだけど、この時はちょっと異世界のマンガというのに心を奪われてしまったせいか、相手への配慮が出来なかった。


「んー、ダメじゃないよ。じゃあ学校おわったらね。」


幸いにしてタニタは僕の訪問をOKしてくれた。




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登場生物まとめ


カンカ:僕の一時転生を受け入れてくれた男の子。

ライラ:カンカの幼馴染。眼鏡っ子。水泳は得意みたい。

タニタ:カンカの左隣に座ってる女子。無口。泳ぎは苦手。

ドンド:カンカの右隣の男子。運動が得意で泳ぎも得意。

レイレ:カンカのクラスの教師。普段はそうでもないけど、水着だと胸が目立つ。

バンバ:隣のクラスの教師。腹筋がムキムキしてる。


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