第211話 悩める青年


 一方、ラインは夜空を眺めながら考えていた。

 天氷河から入る青い光が夜空を泳ぐ様々な生き物を照らして綺麗である。

 刀和にしてみれば綺麗な夜空だが、彼には見慣れた光景である。


「……はぁ……」


 イライラする気持ちを何かしようと外に出たが、ますます苛立ちが募るばかりである。


「くそぅ!」


ガスッ!


 その辺にあった竹を殴るライン。

 ラインも今のままでは駄目だとわかっているのだ。

 だが、実はラインには言えない理由もあった。


「俺も合わせられるんなら合わせてんだよ!」


 そう言って苛立つライン。

 彼には実は言い出せないことがあった。


(何かトーノの動きは……とろいんだよな……)


 ラインにとって、トーノの動きは何故かうまく合わせられないものだった。


(前に出る時ももう少し待てとか、斬る時もまだ無理とか……)


 やたら慎重なトーノの動きがラインには苛立つものに感じたのだ。


(……いっそのこと、次期頭領が他の連中に決まればよかったのに……)


 そう思うことも多々あったライン。

 一人悶々としているラインだが、後ろで物音が聞こえた。


「悩んでいるようだね」


 ラインが後ろを振り向くと鬼面を被った男が居た。


「あんたは……」

「キイツだ。前にも会っていたね」


 何となくではあるが、鬼面の内側で笑っているような動きをするキイツ。


「君と話しがしたくてね。機会を伺っていたら、出てきてくれたからありがたい」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 何となく胡散臭そうな顔をするライン。

 すると、キイツは不思議そうに尋ねた。


「先ほど叫んでいたじゃないか。『合わせられるもんなら合わせてる』と。どういう意味なのかなと思って……」

「……そのまんまだっつの。トーノの動きがトロイんだよ」


 そう言ってトーノの動きについて愚痴るライン。


「年取ったのかしんねーけど、何やるにしても遅いんだよ……合わせられねーから」


 それを聞いたキイツはキョトンとしている。


「ふむ……つまり君はトーノが遅いから悪いと言っているのかな?」

「そうだよ」

「なるほどねぇ……」


 仏頂面のラインを面白そうに笑うキイツ。

 だが、すぐにキイツは真面目な顔で言った。


「君の方が間違っている」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それを聞いて顔に怒りをにじませるライン。

 だが、キイツはひるまない。


「一つ聞くが君はトーノを何だと思っているんだい?」

「昔凄かっただけの老いぼれ」


 あっさりとそう言うラインに呆けてしまうキイツ。


「大体、自分はヨミにずっと負けてたって言ってるぐらいだし……俺だったら絶対勝ってる」

「なるほどねぇ……」


 とげとげしいラインに困り声のキイツ。

 

「では君のお父さんは君よりも弱かったと言うのかね?」

「そうだよ。みんな言ってる。『親父さんが強ければトーノが頭領だった』って」

「そういうことか……」

 

 何かに気付いたキイツはこう言った。


「はっきり言おう。君よりもお父上の方が強い」

「……オヤジが?」


 それを聞いて露骨に嫌そうな顔をするライン。

 何故ならラインにとって、父親はダメオヤジだったからだ。


(武士なのに腰巾着の道を取ったオヤジは馬鹿にされていた……)


 カマクラ団の中でも文官の道を歩んでいたのがラインの父親ミツヨリである。

 文官と言えば聞こえは良いが、やってることは摂家の腰巾着であり、それ故に多大な財産を築き、本領であるカワチを中心に大きな勢力を持った武士団を形成した。

 だが、一方でその権勢の尻馬に乗る対応は「惰弱」とバカにされていた。

 キイツは真面目な声音で言った。


「本当に君の父親が弱かったと思うなら……トーノ抜きで勝負して見なさい」

「親父とは何回もやったよ。一回も負けたことは無い」

「子供だからね」

「……なに?」

 

 剣呑とした目でキイツに睨み付けるライン。

 するとキイツは軽やかに竹林の中に隠れた。


「君には本当の男の強さが無い。大人として扱われていないだけだ」

「なんだと!」

「自分の命を賭けて戦ってみなさい……そうすれば父上の強さがわかるだろう……」

 

 そう言い残してキイツは竹林の中へと消える。


「おい! どこ行った! おおぉい!」


 慌てて竹林の中へ入っていくが、キイツはすでに闇の中に隠れてしまった。


ドンッ!


 ラインは竹を叩いて悔しそうに唸るだけだった。


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