第208話 好き嫌い


 そして夜。


 刀和は自身の部屋で出された夕餉をみんなで食べている。

 と言っても一人ではない。


「やっぱり、こっちの御飯は美味しいよね」


 そう言ってフカの湯ざらしを頬張る瞬。

 数人が集まって一緒に食べることにしたのだ。

 

 今日の御飯はフカの湯ざらしにいぎす豆腐、そしてタコ飯である。

 一応は刀和も瞬も西海軍の幹部なので贅沢な料理が出るのだが、元々、食糧事情自体は裕福なのがこの世界の特長である。

 その辺に魚が泳いでいたり、貝や蟹が居る世界なので割と御飯には困らない。

 

「このイギス豆腐って美味いねぇ」


 瞬が海藻の入った豆腐を気に入ったようで美味しそうに頬張る。

 その横では刀和がフカの湯ざらしを食べて家人(使用人)に尋ねる。


「この酢味噌の効いた魚はなんですか?」

「フカの湯ざらしです」

「鮫肉なんだ……へぇ……」


 嬉しそうに食べて舌鼓を打つ刀和。

 そしてそれ以上に美味しそうに食べる人たちも居る。


「トワ! これ超美味しい!」


 天真爛漫なルリが一緒に御飯を食べている。

 お母さんのシラツユがアマラとヨミの三人で話をするというので一緒に食べることになった。

 ルリが何か食べるたびに嬉しそうに刀和に報告する。

 まあ、それは良いのだが……


ふにふに


 刀和の膝の上で嬉しそうにはしゃぎまくるルリ。

 どうも刀和のお腹が大層気に入ったようで、当たり前のように刀和と一緒に御飯を食べている。


「これ美味しい! トワもあーん♪」

「はい、あーん」


 一切の警戒もなくあーんをしてルリに食べさせてもらう刀和。

 

(可愛いなあ……)


 ほっこりした顔になる刀和だが、横に居る瞬が微妙な顔になる。


(気のせいか……この子はもう女の顔になってるような……)


 何とはなしに不穏な空気を感じている瞬。

 一方で、別の恋の駆け引きが行われている者も居る。


「シャナオ様。これも美味しいですわよ?」

「そうですね」


 そう言ってサツキがフカの湯ざらしを掲げるのだが、シャナオは自分の卓の湯ざらしを食べる。

 どうも「あーん」をしたいようなのだが、微妙にその空気になってくれない。

 すると、瞬があることに気付く。


「あれ? サツキさんは豆腐食べないの?」

「実は苦手なんです……」


 そう言って困り顔で豆腐を見るサツキ。


「幼いころから食感が苦手で……」

「ふーん……美味しいのに……」


 そう言ってイギス豆腐を一口食べる瞬。

 すると、刀和が思い出したように笑う。


「そう言えば、瞬は豆腐とか納豆とか大豆製品は好きだよね?豆乳もしょっちゅう飲んでたし」

「いや、あれはねぇ……」


 それを聞いて苦い顔になる瞬。

 それを見てきょとんとする刀和。


「どうしたの?」

「いや、あれはちょっと理由があって沢山食べてただけで、別にそこまで好きってわけじゃなかったのよ……」


 そう苦笑する瞬。

 それを聞いてキョトンとするサツキ。


「好きでもないのに食べてたの? 何で?」

「いや、必要な栄養素を摂取したくて、あればっかり食べてただけで、別にそこまで好きじゃないのよねぇ……」

「????? えーよーそ?」


 きょとんとするサツキ。

 当り前だが、この時代の人間に栄養素という概念はない。

 理由がわかった刀和が苦笑して説明してあげる。


「あー……簡単に言うと健康とか美容に良いって言われる食べ物を食べてたってことだよ」

「あーなるほど!」


 それを聞いて納得するサツキ。

 古代でもこれぐらいの概念はある。

 刀和が笑顔で瞬に尋ねる。


「ちなみに何で大豆ばっかり食べてたの?」

「……エストロゲンを摂りたかったから……」

「何それ?」


 恥ずかしそうに言う瞬と不思議そうな刀和。


「いや、よくわかんないけど……これを取ると胸が大きくなるって聞いたから……」

「……ああ……あれね……」


 それを聞いて苦笑する刀和。

 実は二人の友人である英吾に胸の大きさをからかわれて、「悔しかったら女性ホルモン摂って見ろ♪」と言われていたのだ。

 そのことを思い出した刀和は苦笑いして、瞬も恥ずかしそうに刀和の方をジト目で見る。


 ルリが食べていたご飯を止めて不思議そうに尋ねる。


「お兄ちゃん。それって何?」

「えーと……たくさん食べるとオッパイが大きくなる食べ物ってこと」


 困り顔で答える刀和。

 ちなみに思春期の女の子が女性ホルモンを多く摂取すると胸が大きくなるという俗説がある。


 するとルリが自分の胸を見て軽く揉む。


「とーふ食べるとルリも大きくなる?」

「大きくなるんじゃない?」

「とーふ凄い! ルリも超食べる!」


 そう言ってがつがつ豆腐を食べ始めるルリを見て苦笑する刀和。

 

「そんなに慌てて食べちゃだめだよ」

「ルリも早く大きくなりたい! スイカみたいに大きくしたい!」


 そう言って刀和の分の豆腐も食べ始めるルリ。


「ちゃんと他のも食べないのとダメだよ?」

「ぶー。トワも胸が大きい方が好きでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「さらっと何言ってんのよ?」


 そう言って刀和を小突く瞬。

 だが、ルリの攻撃は止まらない。


「じゃあルリが大きくなったら揉ませてあげるから! このとーふ食べる!」

「それなら……良いのかな?」

「何さらっと予約入れてんのよ」


 うっかり本音を漏らす刀和の頭を軽く小突く瞬。

 それを見て笑うシャナオ。


「ははは。子供はかわいいですね。サツキ殿」


 そう言ってサツキの顔を見たシャナオはその端正な顔を引きつらせる。


「さ、サツキ殿?」

「ぶぁい……」


 顔を青くして口の中に入れた豆腐を必死で咀嚼したサツキを見てドン引きするシャナオだった。



 用語説明


 エストロゲン


 よくわからんが思春期の女性が摂取すると胸が大きくなるらしい。

 作者は40超過のおじさん故に実際に試してはいないので、やったことある人は結果を揉ませて欲しい。

 

 一応、科学的にそういう理由らしいのだが、個人差もあるのでまだまだ研究中らしい。

 なので、話半分程度で聞いておいて欲しい。

 

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