第125話 中身を見て欲しいけど……
一方、瞬の方はと言えば……
「何回言えばわかるの! こうでしょ! 」
「うぇーん……」
何故か瞬の方がオトに礼儀作法を教えていた。
横で見ている狐目のほっそり美人のスエムがあきれ顔になる。
「何でシュンの方がすぐに覚えて、ちゃんとした貴族のオトの方が覚えないのよ」
「だって……こういうの苦手だし……」
半泣きになりながら答えるオト。
オトはいつものヒョウ柄の水干に黒の袴を着ており、無重力である月海でしか出来ないような盛りまくった髪にしているが、心なしかモリモリに盛っている髪をヘたらせている。
瞬はと言えば浅葱色の水干に亜麻色の袴まではいつもと一緒だが、晶霊将となって若紫の
若紫の鮮やかな紫に緑がかった青色である浅葱色の水干と、茶色に近い亜麻色の袴が良く似合っている。
本当は晶霊将として一軍の将に相応しい礼儀を身に着けるようにと指導されているのだが……
「シュンの礼儀作法は完璧ね。いつ宮廷に行っても大丈夫よ」
「ありがとう! 」
スエムに褒められて嬉しそうな瞬。
だがスエムはオトの方を見て顔を顰める。
「それに比べてオトは……何で礼儀作法を身につけてなかったの? 女御に選ばれたりもしたんでしょ? 」
「(しくしくしくしくしくしく)……」
声も無く泣き始めるオト。
オトは女御と呼ばれる内裏での皇族のお世話役に選ばれたりもしていた。
それなのにこの有様なのである。
スエムはため息を吐く。
「ツツカワ親王の直臣になった以上、朝堂院や応天門での仕事が待ち受けているんだし、特にあんたは軍師に選ばれたんでしょ? 場合によっては皇族に作戦に説明することもあるんだから、ちゃんと礼儀作法覚えなきゃだめでしょーに」
「うう……すいません……」
泣きべそたれながらこうべを垂れるオト。
オトは元々天才肌で、戦術や戦略に長けていたのが幸いして、ツツカワ親王の直臣の中でも幹部候補として選ばれている。
だが、そこは天才肌ゆえに礼儀作法やコミュニケーション能力は皆無のオトである。
人の気持ちの機微に疎く、合理主義に考える癖ゆえに礼儀作法に対しては上手く感が働かない。
狐目の細身お姉さんであるスエムは見た目通り色々と細かい性格である。
それ故に愚痴が止まらない。
「戦略や戦術には勘が異様に働くし、お父さんは近侍としてツツカワ親王の補佐を務めていたぐらいなのにねぇ……親の顔に泥塗ってるわよ? 」
「あのー……もう少し控えめに言ってあげて? オトの心がゴリゴリ削れてる音が響いてるから……」
瞬が遠慮がちに申し出るが、スエムのきつい性格は止まらない。
「そんなこと言ってちゃダメよ? 恥をかくのはオトだけじゃないのよ? 宮廷において礼儀作法は戦術戦略と一緒で、ある種の鎧や武器と一緒。戦場に行くのに何の準備もしないで普段着のまま行くのと一緒よ? 」
厳しい言い方をするスエム。
半泣きになりながらも悔しそうに言い返すオト。
「で、でも、人間は中身が大事だから! 」
「見た目も大事よ? 中身『だけ』良くても評価してもらえると思うのは考えが甘いわよ」
「うぐ! 」
スエムの言葉がぐさりとオトの胸に刺さる。
「大体、そんなことを自分で言い出す人の大半は『周りを考えない自分勝手な』人でしょう? どんな良い戦略を持っていても、それが周りの人から不信感もたられるような人間だと聞いてもらえないでしょ? 」
「ぐはぁ! 」
そう叫んでのけぞるオトと『しっかりして!傷はまだ浅いわよ! 』と寸劇を始める瞬とそれを細い狐目をさらに細くして呆れさせるスエム。
だが、現実に「人間は中身が全て」と言って「それを自分に当てはめる」人物の大半は「物事を自分に都合よく考える人間」と言っても良い。
人は見た目や態度、仕草で様々なものを判断する。
そしてそれは『常識』でもあり、往々にして『常識を知らない人間』は『反社会的人物』であることも多い。
また、オトの役目は『軍師』であり、主に献策をするのが仕事である。
当り前だが、いい加減な人物の言うことを信用する者はおらず、服装や礼儀作法がいい加減だと、それだけで人は信用しなくなる。
そういった要素もまた大事なのだ。
「しくしくしくしくしくしく……」
「そんなさめざめと泣かないのオト……っていうか涙でネズミ描いてんじゃないわよ! あんた全然ダメージ受けてないじゃない! 」
「バレたか……」
「さっさと続きやりなさい! 」
瞬に怒られてしぶしぶ続きをやるオト。
そんなオトに呆れつつも瞬はあることを思い出す。
「そうそう! スエムさんに聞きたいことがあったんだ! 」
「何かしら? 」
「これなんですけど……」
そう言って礼儀作法が書かれた巻物を見せる瞬。
『スード』と書かれた一文を見て苦笑するスエム。
「これだけはどうしてもわからなくて……こういうの頼まれたらどうすれば良いのか……」
「あー……シュンは絶対頼まれないから大丈夫よ」
狐目をちょっとだけ面白げにして笑うスエム。
一方の瞬はキョトンとしている。
「何故です? 」
「スードってのは男同士でエッチして友情を深めるやり方だから」
ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………
スエムの言葉と同時に、この世のものとは思えないような恐怖に満ちた叫び声が太宰府に響きわたった。
それが刀和のものであると瞬が気付くのに数分必要だった。
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