第105話 克


 一方、牢屋では瞬は窮地に陥っていた。

 血だらけで小刀を構えて瞬へと泳いで向かうヒロツグ。


「歯向かうだけ無駄だ。さっさと諦めろ」


 そう言って近づいたヒロツグ。

 それを見た瞬はものすごく軽くある物を投げた。


ふわふわ


 瞬が投げた樋箱ひばこは頼りなくヒロツグの所へと飛んでいく。


「何の真似だ? 」


 そう言ってヒロツグは左手で樋箱をどかす。

 それを見た瞬は在りし日の自分の姿を思い出す。


(なるほど……そういうことね……)


 ヒロツグが樋箱を払ったときは『左手』だった。


(あの時あいつは枕を軽く投げた……)


 英吾の時は追い詰められたさいに布団を片手に枕を軽く投げた。

 そしてそれを瞬は『右手』で払った。


(そういう意味があったのね)


瞬は布団を構えたまま、左の壁側へ寄る。


スッ


 それを見たヒロツグも左側へと寄る。

 すると瞬は右側へと寄った。


「逃げ切れると思ったか? 」


 嘲るように右側へ寄るヒロツグ。

 こうして、瞬が左へ右へと揺さぶるように動くが、ヒロツグはそれに合わせて逃がさないように退路を塞ぐ。

 それを見てほくそ笑む瞬。


(あのバカにいいようにやられたのが役に立つとはね……)


 あの時も英吾は同じように右左へと揺さぶりをかけた。

 そして……


(あたしはあいつにしてやられた! )


 瞬が右側へ寄ったと同時にヒロツグも右側に寄る。

 二人が右側へと寄ったその時だった!


たんっ


 瞬がまっすぐにヒロツグの方へと跳んだ!

 そして……


ばっ!

 

 布団を大きく広げてヒロツグへと投げる瞬!


「バカが! 」


 広がった布団を左手でどかすヒロツグ。

だが、その瞬間信じられない物を見る!


「何!? 」


 瞬の姿が消えていたのだ。


 いきなり姿が見えなくなった瞬に動揺するヒロツグ。

 だが、すぐに気づいて後ろを見る!


「なっ! どうやって! 」


 いつの間にか瞬はヒロツグの後ろにまわりこみ、牢屋の出口へと泳いでいった!


 瞬がやったことは単純で、ヒロツグが布団をどかすと同時に布団に隠れるようにヒロツグの後ろにまわりこんだだけである。


(あの時もあいつはこうやって逃げた! )


 英吾は追い詰められて咄嗟にこうやって逃げたのだ。

 後で周りの友達に聞くと「しゃがんで横通っただけだったよ? 」と親友の天沼が言っていた。

 やったことは単純だが不意は突けたようだ。


(今のうちに! )


 牢屋から逃げ出そうと牢屋の格子に手をかける瞬!

だが、その足に違和感を感じた。


「逃がすかよ! 」


 流石に寝不足で動きが鈍っていたらしく、あっけなく捕まる瞬。

 

「くっ! このっ! 」


 逃げ出そうと手を振りほどこうと足をバタバタさせるがうまく行かない。

 ヒロツグは小刀を突きつけた!


「良いから大人しくしやがれ! 」


 殺気だった男の声音に恐怖して動きが止まる瞬。


ゾクッ


 あの時の光景が思い浮かぶ瞬。

 体が一瞬で動かなくなる。


「あっ……あっ……」 

「最初から大人しくしてりゃいい思いしたんだよ! 」


 そう言って怯える瞬の前で下の着物を脱ぐヒロツグ。


てろん


「ほら早く脱げや! 」 


 そう言って小刀を突きつけるヒロツグ。

 だがそれを見た時に瞬は一瞬笑ってしまった。


(ちっさ! )


 悲しいかな、瞬は刀和のガン○スターで耐性が付いた。

 粗末なものを見て一瞬で我に返る瞬。


(何でこんなものが怖かったんだろう? )


 ふつふつと怒りがこみ上げる瞬。


(何でこんな奴の言いなりになってるんだろう? )


 少しずつ目に光が戻る瞬。


(あんたなんかに負けたりはしない! )


 ヒロツグを睨みつけて足に力を入れる瞬。


キィン!


「あえぎえgん;ヴねgぷんgpヴぉmgぽむgp;!!!! 」


 一切の防御が無い股間に一撃を食らって悶絶するヒロツグ。

 瞬はするりとヒロツグの下から抜け出して、そのまま壁を蹴る!


ゲシィ!


「ぐがっ! 」


 瞬の三角蹴りをこめかみに食らって、さらに悶絶するヒロツグ。

 中指をおっ立てて瞬は叫んだ!


「一人でオナってろ馬鹿! 」


 瞬がそう怒鳴ると同時に何やら大きな音が聞こえた。


ドガらがっしゃん!

ぼぱぁぁぁぁっぁぁ!!!!


 ものすごい音と共に土煙が上がる。


「ごほっ……一体……」

 

 煙にむせる瞬だが、暗かった牢屋に外の光が入り込んだことに気付く。

 むせながら牢屋の外に出る瞬。


「一体何が……」


 何とか土煙から出ようと泳ぐと一人の晶霊を目が合った。


『……シュン? 』

「……アカシ? 」


 二人は久しぶりにお互いの顔を間近に見た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る