第63話 不穏の種


 宴席が終わり、ツツカワ西海太宰の部屋に近侍でもあり、オトの父親であるリューグ郡司アントが来ていた。

 アント郡司は訝し気に尋ねる。


「殿下……如何なるおつもりですか? 」


 渋い顔のアント郡司。

 色々と不可解な点があるからだ。


「昨今の中央は極めて危険です。悪戯に勢力を拡大しては叛意ありとみなされますぞ? 」


 郡司アントが忠言するのも仕方のないことで中央は政治が腐敗している。

 佞臣讒言は当たり前で、それで死罪になることもありうるのだ。


 お世辞に言っても安全な状態では無いのだ。


「事実、殿下は左遷された身の上ではありませんか? 」


 機内太宰以外は全て皇族と中央の貴族の左遷の場所である。

 だから国司も太宰もやる気が無いのだ。


 西海太宰のツツカワ親王の精力的な活動がむしろ異例ともいえる。


 ツツカワ親王は真剣な目でアント郡司を見て言った。


「それを答える前に確認したい。そなたは私の忠臣であるか? 」

「勿論にございます」

「誠か? 」

「間違いございませぬ。このアントはツツカワ親王殿下と神皇陛下に忠誠を捧げております」


 迷わずに答えるアント郡司。

 すると、ツツカワ親王は平然と言った。


「中央の政局が一変したらしい」

「……どうしたのですか? 」


 アント郡司が不安そうに尋ねるとツツカワ親王が耳元で囁く。


「父上の今上陛下が近々生前退位なされるそうだ」

「お父上がですが? 」


 はっとなるアント郡司。


 実は今のヨルノース皇国は重臣一族の専横が目立つのだ。

 その結果、神皇ですら、その者たちの都合でころころ退位させられている。


 南海太宰のやんごとなき人物もそう言った理由からだ。

 二人は小声で話し合う。


「しかし、退位となれば次期神皇はカンメイ様になるのでは? 」

「それがだ。兄上のエーエンに有力な貢献人が付いたらしくてな。その者によってエーエンがなるかもしれんのだよ」

「・・・・・・・・・」


 話の重さに凍り付くアント郡司。


 次期神皇カンメイはツツカワ親王の異母兄に当たる。

 聡明だが政敵に近いツツカワ親王が左遷されて西海太宰になった原因の一つである。


 だが、ここでエーエンが即位しかねない状態になったのだ。

 それが意味することは一つだ。


「同じ兄でもエーエンは母も一緒で血を分けた兄弟。エーエン兄上からは中央に呼び戻すとの連絡が来ている」

「それは……つまり……」


 冷や汗が止まらないアント。

 そんなアント郡司にツツカワ親王は続けて言った。


「恐らく、戦争になると兄上は睨んでいる。そのためにも私に手伝えを言ってきているのだ。そなたもこれに手伝うのだ」

「……御意……」


 力なく答えるアント郡司。

 ここまで聞いた以上、逃げ道は無いのだ。

 

(とはいえ、ツツカワ親王は非常に才覚溢れるお方……この方が中央で力を発揮されればこの現状も良くなることだろう)


 そう心の中で呟いて慰めるアント郡司。

 実際問題、中央の腐敗はそれほど酷いのだ。


(この方が来るまで散々だった……)


 地方は中央の搾取が酷すぎて、常に内乱が起きていた。

 それが、彼が来てからというもの、治安は加速度的に上がり、免税が増え、西海はアオウナバラで一番穏やかな地域に変わったのだ。


(今が命を賭けるときかもしれん! )


 アント郡司は心を決めた。

 ツツカワ親王についていくと!


「共にこの国を変えよう! 」

「御意にございまする……」


 アント郡司は深々と頭を下げた。


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