死王事件⑦


 満月の皓々と明るい夜。

 いまだ気温が下がりきらぬ蒸し暑さのなか、つどった顔ぶれを延明は厳しい顔で見まわした。


 人数はきのうより減って四人。

 しかも、うち三人はいかにも強引に押しつけられてきたのだとわかる、気弱げな女たちだった。


 だがぬかりはない。

 こうなることは予想していたので、連れてくる人数も増やしてある。


 ――しかしやはりというか、豪胆だな。


 延明は、目を潤ませながら月をながめている女へと目をやった。

 昨晩も夜警に参加していた、姫桃花だ。

 可憐なその姿はまさに月に焦がれる仙女のようだが、昨晩の彼女を見ていた延明はわかる。あれはきっとあくびをかみ殺しているだけだ。


 ――見た目はよいが、だいぶ頭のおかしな娘だ。


 いもしない幽鬼に大騒ぎをしないところは評価できるが、さすがにここまでくると珍妙な女だと思わざるを得ない。


 いくら豪胆であるにしても、昨夜は死体まで見たのだ。

 そればかりか、遺体検分のさいには間近で灯ろうを掲げる手伝いまでさせられた。


  結局、遺体には小指にほぼ治った状態の些細な傷があった以外、毒や他殺を疑うようなものは何も見つからず、当然ながら死王の呪いを裏つけるような証拠も見つからなかったわけだが、なんにしてもあの形相の遺体をじっくりと目の当たりにして平気だなど、本当にどうかしている。


 だがまあ好都合ではある。

 さすがに延明の部下たちですら、昨夜、侍女の遺体がみつかった三区には及び腰になっている。これ以上騒動は広げたくない。


 延明は迷わず桃花を一区、三区の担当と決めた。



***



「昨夜のあれに居あわせて、それでも恐れず夜警に加わるとは思いませんでしたよ」 


 歩きながら、延明は隣を歩く女官に声をかけた。

 三区担当は彼女と延明のふたりだ。


「……え、あ、はい……ええと?」

「……起きてましたか? 昨夜のことは怖くなかったのか、ときいたのです」

「? なにも恐れるようなことは、起こらなかったかと」


 ふしぎそうに首をかしげて見せるので笑うよりほかなかった。


 珍妙ではあるが、後宮中の女たちがこうであったならどんなに楽だろう。

 常に眠そうにしているのは困るが、ある意味、非常にのんびりと静かな毎日が過ごせそうだと延明は思う。


「あのう、わたくし、なにかおかしなことを?」

「いえ、もっともです。ただ、李美人は謀殺であった、後宮を怨んで死王を産み落としたなどといううわさが立ち、そのさなか李美人の侍女が死にましたでしょう。それを関連づけない者のほうが少数というのが現状なのです」

「そうでしょうか」


 桃花は困惑とともに、まなざしにピリリとしたものをにじませた。

 その変化に延明はおや? と思う。


「そもそも、謀殺というのがおかしな話ではないでしょうか。主上にはすでに御年二十二になられる立派な太子さまがいらっしゃいます。さらに下にも二人の皇子がいらっしゃる。後継争いに参加するには、李美人のご懐妊は遅すぎます。李美人がたとえ皇子をご出産されたとしても、後宮でだれも損をしません。寵を競っての争いにしても疑問が残ります。わざわざ謀殺する必要などあったでしょうか?」


 延明はわずかばかり驚いた。

 眠たげでおっとりとした容貌から、頭の回転もゆっくりしたものかと勝手に思いこんでいたが、そうでもないらしいと印象をあらためる。


 彼女の言うことは正しい。

 桃花ははっきりとした言いかたを避けたが、寵を競っての争いという部分でも李美人は寵妃たちのなかで格下なのだ。懐妊はたまたま得た半年ぶりのお渡りによる僥倖だった。

 殺害されねばならないほど疎まれていたとは思えない。


 桃花はさらに言葉をつづけた。それはなにかに憤慨しているような様子にも見えた。


「なにより、発見された胎児を呪いの権化あつかいするのは大きな誤りなのです。あれは『棺内分娩かんないぶんべん』という自然現象なのですから」


 延明は眉をひそめた。

 そういえば、昨夜も自然現象だと言っていた。くわしく訊き返すまえに高莉莉こうりりの悲鳴が聞こえてきたのだった。


「棺内、なんですって……?」

「『棺内分娩』です。文字どおり死後、棺のなかで分娩することを言います」

「あれは本当に死者が分娩したと? それのどこが自然なのです」

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