そして…カラスはなぜ鳴くのか…

さて、話はこうだ。


露天風呂に向かう途中、確かにやたら上空を舞ってはいた……というソレに、

まさか自分が狙われているなど思いもよらないリアは普通に大自然に囲まれて開放的な環境で入浴を楽しんでいた。


やがて長い髪を洗うために髪留めを外してソッと置いた瞬間、

斜め横から来たソレは、三段跳びの二段目のジャンプのように軽快に髪留めに足を引っ掛けて持ち去ったとの事である。


三段跳びなんて競技までこちらに…?



改めて見ると、やはりよほど慌てていたのだろう。

髪は濡れたままで衣服はほぼ羽織っただけ、

腰に至っては大きめの布を巻いただけでここまで走ってきたようだ。


例の鳥はその習性というか底意地の悪さで、その間もずっとリアの頭の上を飛び続けているらしかった。


ギリア「…取り敢えずリア君…彼奴等の巣は動きはしないから、身支度をした方が

    良い…。

    高い所に登る姿じゃないよ…。」


するとリアは羽織っている上着をひろげて…


リア「あら、見慣れているじゃないのよ。」


ギリア「見慣れてないよ!

    てか見たことなんてなかったよ!!

    しまいなさい!!!」


…どうか誰か…こいつらにモラルという文化を!!


見せたがりばっかりだ!



シュミカ「ん…、名前に『ギ』が付くのと付かないだけで…まったくもぉ…

     …リアはハシタナイ!」


俺「一番酷い奴が言うな。」


シュミカ「ん!心外!

     …僕は絶対に男に肌を見せたりなんかしない!


     …するとしても罠を仕掛ける時だけ!」


…一生見ないで済ませたいものだ…。



そんな事をしている間に…もう、カラスと言ってしまおう。

そいつは姿を消していた…。




身支度を整えた後、落下してしまった時等の重大事故に備えて王様付きの魔道士さんにバックアップをお願いしてからスタート地点に着いた。


俺「リア…本当に飛んだり出来ないのか?」


リア「…それくらいならできるわよ。

   …ただコントロールが全く出来ないから、そのまま何処に飛んでいくか

   わからないのよ…

   二人でこのまま何処かに飛んで行くのもいいと思うわぁ…♪」


俺「…無かったことにしてください。」



何かがあった時の為も含め集まってくれた、数人の野次馬の中にしれっと混ざり込んでいるシュミカを睨みつけはしたが…高さに苦手な俺としても下で大人しくしていてくれた方が助かるのも事実…と自分に言い聞かせて第一歩、つかみやすい岩に手を添える。


ロッククライミングなんて物に比べたら馬鹿にされてしまうような傾斜なのだろうが…

地面から数十センチ離れただけでも不安で仕方がない!!


俺「じゃあ、行ってきますので…皆さん何かあったら助けてくださいねぇ…」


魔道士「頂上から落ちてきても大丈夫ですから、頑張ってください!」


この世界に来てから一番の心強いお言葉をもらい、ふと前方を見ると既にかなり上まで這い登っているリアが!


普段飛び回っている彼女に高所恐怖症なんて概念は無いのだろう…。


俺「おーい、待ってくれよ~…。」


リア「何やってるのよ…こんなの時間がかかればかかるほど

   体力奪われちゃうのよ…。

   落ちても平気なんだから急ぎなさいよ…

   私は魔力使えないほうが不安で仕方ないのよ!」


俺「…俺はお前みたいにトカゲの遺伝子持ってないんだから大変がッ!」



リア「蹴り落とすわよっ!!!」


上空からの飛び蹴りで蹴り落とされた後に怒鳴られながらも、

柔らかい綿で包まれたような感覚で受け止めてくれた魔道士さんの対処に安心と信頼を覚え、恐怖心も多少は和らいだ。


魔道士「…アサヒさん…落ちてくるの、早い早い…。」


柔らかにツッコミをいただき、お礼を伝えてから再度挑む!


さっきよりも順調に進んでいる♪


しかし!

半分ほど登った足を滑らせてしまい…ヤバイ!と想った所で下から声が…


エイナ「ねぇ~!みんな何をやってるのさ?

何を見てるの~?」


魔道士「あぁ、姫様♪実は…」


そのあたりで俺は地面に叩きつけられた…。


魔道士「うわあああぁぁぁぁーーーー!!!!

    アサヒさんーーーーー!!!」


エイナ「え?アサヒ!?どうしたの!?ちょっと!」



打ち所は悪くなかったようだが…流石にシュミカも混ざってくれ、魔道士さんとの必死の治癒魔法で何とか事なきを得た…。


エイナ「ゴメンよみんな!ボクが急に声を掛けちゃったから…!」


エイナはかなりオロオロしている!

これはダメだ!

これ以上この子の心にダメージを与える訳にはいかないのだ!


まだ痛みは残るが、ムチを打ってスクっと立ち上がる。


俺「大丈夫だよエイナ!

  ほら、この通り♪

  ここの人達の魔法は凄いよ!もうなんとも無いよ!」


エイナ「本当に大丈夫…?」


俺「もちろん!」


エイナ「…良かったよ!本当にゴメンね!」


と、精一杯の笑顔をみせてくれてやる気も出てくる!


シュミカ「…ん…僕も頑張った…少しは労うのが道義……。」


ぶつぶつ言いながら足をゴツゴツと蹴り続けているシュミカにもキチンとお礼を伝えながらも、

自分が声を掛けてしまったせいで起きた事を魔道士さん達に必死に謝るエイナの姿を横目で見ながら…ああ、この国はきっと大丈夫なんだ…と、確信した。



リア「ちょっとーーーッ!

   上から見てたからわかるけど…何か忘れてるでしょう!」


はい、忘れてました!


俺「上の状態はどうなんだ?

  鳥の巣は見つかりそうか~?」


リア「…危険は無いわぁ~!

   …でもあんたはコレを見ておいた方が良いと思うから…

   ロープを降ろしてあげるから上がってらっしゃい!

   

   …ついでにお姫ちゃんも見たほうが良いと思うわぁ…

   上がって来なさ~ぃ。」

   


ポ~ンと投げ落とされるロープを見ながら、

なんで一度目に落ちた時にこの可能性を見落としたのか!?と自問する。


…まぁ、俺を鍛える為の事だから楽をしても仕方が無いのだが…。


既に日も暮れ始めている事だ…。

降ろされたロープに掴まって引き上げてもらう俺と、引力を無視したように軽快に斜面を駆け上がるエイナ。


やがて頂上に着いた俺達の目に写ったものは…





まだ命を失って間もないであろう小さな竜の死体だった。



…そうだ。 

元の世界でもカラスはとても賢いらしいと聞いたこともある。


こちらのデタラメ世界では尚更なのかもしれない。


リア「…私が近い種族だと感じて…出来れば助けてあげて欲しかったんで

   しょうね…。

   お姫ちゃん…この子が何者かわかる?」


エイナは少し戸惑いながらも…やがて覚悟を決めて答える。


エイナ「…あいつの…子供だね…。」


それにリアはとても優しい表情をつくってかえしてやる。

   

リア「…そうね。そうだと思うわぁ…。

   怖かったでしょうね…産まれたばかりで…いきなり光をあてられて…。

   たくさんの見たことも無い小さな生き物が大勢で自分を殺そうと

   群がって来るのよ…。

   必死に逃げたんでしょうね…。地中でしか生きられないなんて…

   何も教えて貰えないまま親を殺されて…

   

   …こんな所に出ちゃったのね…。」   


…そうだ。

あまりにも人の姿に近すぎるので忘れていた…(さっきは普通にトカゲとか言って茶化してしまったが…)。

  

あの戦いを見ている時も複雑な気持ちだったに違いない。


昨日の『非情になったほうが良い』…と言うのは、俺が想った以上のメッセージが込められていたのだろう。

少しだけ本当の彼女が見えたのかも知れない…少し見る目を変えなくてはいけないかもしれない…。



エイナ「でもぉ!」


そこでリアがギュッとエイナを抱きしめる。


リア「ダメよ!

   気持ちはわかるわ!でも仕方がないの!

   世界は残酷よ!

   

   …話は聞いたわぁ…。

   最後のメッセージだけでも届けて貰えたんでしょう?

   

   それで納得しなさぃ…。

   そして、前に進みなさぃ…。

   

   恨み続けては…ダメよ…。

   辛い事も多いけど…

   世界への感謝と優しさだけは忘れてはダメ!」


…一応リアにも色々あったんだろう。



エイナ「…お…母…さん…?」


…確かに、ポイっ事言ってるな。


とても優しく少し微笑んだ後、最高の真顔に戻ってリアが言う。


リア「…違うわよ!」



それに対して、最高の笑顔をリアに向けて…


エイナ「だよね♪」


とエイナが答えると、例のカラスが何かを咥えてヒョコヒョコとリアの側にやってくる。

その顔を見つめてリアは…


リア「…すぐに気づいてあげられなくて…間に合わなくて…ゴメンね…。

   この子の事を助けようとしてくれてたのね…本当にありがとう…。

   ちゃんと私達で弔わせてもらうわぁ…。」



そして…リアが差し出した手に咥えていた髪留めを落とし、少しだけ見つめ合った後…


その鳥は一度だけ『ワン!』と鳴いて飛び去っていった。


…もぉ…すべて台無しである。

           

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