シャングリラ
シャングリラ ~01~
シャルルに腕を引っ張られ、中央広場で待っていた馬車に乗せられた。相変わらずシャルルは尊大で、亜子が必死に決意したというのに「そうか」で終わってしまった。
(王子様ってなにを考えてるのかわかんないなー)
ぼんやりそう思っていたら、マーテットも乗り込んできた。助手にならなかった亜子を見て、
(わ、わざとらしい……)
「でも侍従ったって、良家のお嬢さんでもねーのに無理でしょうよ。オッスの旦那でも、説得ムリムリ」
ぱたぱたと手を振るマーテットの言葉に亜子はハッとする。そうだ。ここは階級社会なのだ。
「アガットには、余の護衛になってもらう」
「はあ!?」
仰天したマーテットの隣で、亜子も驚愕する。
「え? ええ? アトに護衛? それこそ無茶っスよぉ!」
「いつまでもデライエを余につかせておく意味もあるまい。余は余の騎士を持つべきだ」
「騎士なんてもん……古代のものじゃないかよ」
文句を言うマーテットの横で、亜子は小さく
「殿下、あたしに護衛ができるとは思えません」
「なぜ?」
「え、だ、だってあたし……訓練もされてないし……」
「なら訓練すればいいだけだ」
「ええっ!?」
マーテットと声が
「ファルシオンを呼び戻せ」
シャルルの命令に、マーテットは完全に
*
シャルルが滞在している屋敷へと連れて来られた亜子は、まず
そして新たな衣服が用意された。
「…………」
服を見て、亜子は不思議そうになる。軍服に似ているが、違う。短いズボンだし、色も黒と赤を基調にしたものだ。
下着はさすがに亜子の世界のものと同じものはないので、胸当てらしきものを胸元に巻く。その上に
(なんかちょっとかっこいいな。あたしには似合ってないかも)
照れたようにしながら脱衣所を出て、メイドたちに案内されるままにシャルルの待つ部屋に向かう。
しかし本当に広い。ここは王宮ではないというのだから、
続きの間で待っていると、許可が下りて亜子は部屋に入った。
長椅子に腰掛けて読書をしているシャルルがそこにはいる。
「殿下、お待たせしました」
恥ずかしくて、ちょっと大声で言ってしまうと彼はこちらをちらりと見て、すぐに興味を失ったように「ああ」と
(えっと……どうしたらいいのかな……)
室内を見回す。どこも
「ん」
いきなりの声にハッとしてそちらを向く、投げつけられたものを瞬時に片手で受け取る。
亜子は手の中のものを見下ろし、驚いた。それは細身の剣だった。
「で、殿下、あたしは剣は使えません」
「で、あろうな」
「どうして……」
「一応持っておけ。
とてもではないが、自分では扱えそうにない。
「ナイフのほうがいいかな……」
ぼそりと
「護身用だ。持っておけ」
「で、でも殿下。これは殿下の持ち物では……?」
「余のものを、余がどうしようが、余の自由だろう?」
「そ、それは……そうですが……」
彼の視線はずっと本に
「アガット」
「は、はい!」
なにか用事だろうか。気合いを入れなければ!
亜子が勢いよく返事をすると、シャルルはふいに珍しそうな表情になり、意地悪く笑った。
(ん?)
なにいまの笑顔。
「緊張せずともよい。おまえは余の
「え?」
「なにかしろとは言わぬ」
「いえ、それは、ちょ」
「なんだ? なにかしたいのか?」
「…………」
ぽかんとしていると、亜子はもじもじしてしまう。することがないというのは、少し……というか、かなり苦痛だ。
「ではそこに座れ」
言われるままに、一人掛け用の椅子に腰掛ける。ふわふわの座り心地で、亜子はびくっと身をすくめる。
その様子にシャルルは「ハハッ」と楽しそうに笑った。
「おまえの反応は面白い」
「で、殿下が座れと言ったんですよ?」
「ではそのまま休め」
「は?」
「休めと言ったのだ。本を読んでも良い。許す」
くっくっくと笑うシャルルに亜子は顔を赤くする。
「……からかってますか、殿下」
「からかっているように見えるか?」
ツンと
休めと言われてどうやって休めばいいのか……。亜子は軽く嘆息してから室内をもう一度見回す。
ここは彼の自室のようなものらしい。この屋敷ではおもにここに滞在しているということだ。
(護衛ってことは、警護する人なんだよね。よくわからないけど、そういう風に振る回らなくっちゃ)
いくらなんでも無茶だとは思うが、それでもやってみるしかない。6日間だけの護衛役なのだ。
あれこれ考えていると頭痛がしてきて、次第にうとうとしてしまう。そういえば……最近まともに寝ていなかった。
(まずい……寝ちゃいそう……)
何度か首を振ったり、足を踏んでみたり、指を引っ張ったりしてみたが、それでも眠気が襲ってくる。
亜子は必死に抵抗しながらも、眠りの世界へと誘われてしまった。
*
ようやく眠った亜子に、シャルルは目配せをして本を閉じる。
立ち上がり、メイドを呼んだ。
「毛布を持て」
「かしこまりました」
メイド長である女性は眠っている亜子の姿に険しい視線を送るが、すぐさま無表情に戻ってシャルルを見た。
「殿下、この娘をどうするおつもりですか」
「……余に意見するか」
冷たい声にメイド長のレラがぎくっとしたように身を
「失礼いたしました」
引き下がったメイド長を見遣り、シャルルは再び長椅子に腰掛けはせず、亜子に近づいて顔を
「ぷっ。間抜けな顔だな」
くうくうと寝息をたてている亜子から離れ、シャルルは真面目な表情で
「確かにトリッパーの護衛など、酔狂すぎる。だが余は決めたのだ」
彼の命を亜子は反射的に救った。彼女は鍛えればそれなりの戦士になる。
そのことが、きっと彼女にはいいはずだ。己の身を守れなくては、トリッパーは生きてはいけない。
「今は眠れ……アガット。目が覚めたら、おまえは余とともに歩かねばならん。その決断まで」
*
目を覚ました亜子は、長椅子で読書をしているシャルルに焦点を合わせ、毛布がかけられていることにぎょっとした。
(あ、あた、あたしっ……! 眠っちゃってた!)
なんたる失態!
亜子は慌てて立ち上がって、毛布を
「す、すみません……殿下」
「なにがだ」
ぱらり、とページを
「ね、眠っちゃって……その……」
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