第21話自称 一流ほど、比べたがる

世の中申告したもの勝ちである。

自称だから、なかなかのメンタルの強さに、爪の垢を煎じて飲みたいくらいです。

こう、自分をもっと受け止めていたら、うつ状態など、ならなかっただろう。


なんだか最近はSNSが発達したのも手伝って、機械を通してなら、過激になったりする。匿名だし、いざとなればアカウントを閉鎖して立ち去れば良いのだから。

無かったことに、出来る。

自称一流の方が、他人を三流だと格付けして憤慨なさっていた事件がありましたね。


実に見苦しい、私なら、私が一流だと自負しているなら、三流だと認定した人など、名前すら出したくありませんね。

それこそ、住む世界が違うのですから、数学の放物線のように、永遠に交わらないのですから、何も、一流自ら三流へ参らずとも良かろうに。


脅威なんでしょうね、気になるから叩いてみる、そして、反論されたら、相手を潰すか、自分が逃げる、一流で、本気で世界を変えたいと願っているなら、あらゆる考えをまずは受け止めて、自らの信念と擦り合わせて、改革に舵を切るのではないでしょうか?


私も、そりゃあ自分の考えを論破されたり、いきなり否定されたら気分が悪いです。

あいつはわがまま、とか、甘いとか言われたら、あながち外れではないけれど、腹は立ちます。

しかし、何故にそんな発言をされたのか?単なる嫉妬だけではない、私の鼻持ちならない態度に、相手の感情の糸が触れて切れたからではないかと、私は考えるようになりました。


関わられたくない方に絡まれると、私がまだまだ、人間として未熟だからだ、悔しい、と奮起している、そんな風に考える最近の私です。

なんだかんだと、毎日カッカして、全身魂込めて書いている、だから、熱を出すんだ倒れるんだ、などと一人で思いつつ、やっぱり、なんだか、真面目に人生とは、なんて考えるほどに、バカらしくも感じた。


周りに変わってもらうことばかり主張して、自らは何も変わらない、変わることが出来ないのは、そうさせた世間が悪いとそう話す。

何かあれば、差別だ、侮辱だとわめき散らして、仲間とつるむとか、したくないと集団から離脱するのに、SNSには熱心だ。なんだ、繋がりたいんじゃない、誰かと何かと。


寂しいんじゃない、だから、占いとか誰かに決めてもらいたくなるんじゃない、自己責任とか、カッコつけようとして、最終的には頼るじゃない、あ、私もそうでしたから。

なんか、カッコつかなくて言えなくて、それが苦しくさせていたのです。


ほんとは、私も寂しいー❗️認めて欲しいー❗️守って欲しいー❗️これが私の真実です。

そんな甘えた発言は、バカにされる、社会では、あ、会社社会では生きられない、だから、頑張るの❗️と、よくわからない、論理的ではない展開を繰り広げての防衛をしていました。


だから、同じ臭いがする、のが分かるのだと思います。

私も認めて、心の嘆き、幼い頃から手のかからない優等生でした。保つの大変でした。

優等生の私だから受け入れてくれていた、不良になんか、成り下がったら、誰からも見向きもされない、それが何よりも恐怖だったから、無理しました。


だから、元ヤンキーが更生して、カウンセラーしてます、とか、学校では成績落ちこぼれていたのに、今や輝いているという人物が、死ぬほど腹が立つ、に、なっていました。

元ヤンキーで、少年院いたんだよね?え?何、今はまともです、とか、社会の真ん中歩いてるの?そんな、怒りでした。

自らの犯罪歴をさも、英雄のごとく並べ、少年だから良いじゃない、のように処理する。過去ですからと、確かに過去です。しかし、金品だけを盗まれた被害ではないのです、体だけを傷つけられた被害だけではないのです。


気持ちまでも盗み、壊し、更に英雄のごとく語る姿を目にして、更に愕然とさせる。

犯罪者は息を潜めるように、など、語ってはいない、過ちを償い、未来に同じことをしない、戻るのはいつだって、この、社会なのですから、それが、伝えたい。だけなのに、何やら不快になる話があちこちで。


だから、電通の彼女の暴言、ああなったきっかけを、私なりに分析したり、してしまったのです。

最近は、親が悪いと刺し殺したり、見ず知らずを暴行したり、暴挙に出て、あれは、さすがに、分かろうとももはや、感じません。


しかし、誰かと社会の責任にし続けては、私が変わらないと、ようやく、ようやくに気づいて、遅ればせながらの修正作業。

うつ状態だと診断されて、人間関係のもつれ、が、引き起こした、それは事実。

誰とも関わりたくない、息を潜めるように余生を送りたい、それだけを思って、日々を消化していました。


生きる、でもなく、生かされる、でもなく

消化試合でした。無気力とかそんなものではない、一日が過ぎたら、カレンダーに❌を付けていく。

これ、うつ状態と診断されたきっかけの会社でしていて、上司に「出所待ちみたいだから止めろよ」と、言われたのをはっきり、覚えています。

決して悪いことだけではありませんでした。

悪いことが強烈すぎて、それしか記憶しなくなっただけでした。


確かに、人生ではなく、懲役ですから。

楽しそうに笑っている人が妬ましく、憎く、そんな毎日でした。しかし、周りからは「恵まれてるのにわがままだ」こう言われて、それ、正しい、しかし、全部ではない、だんだんと、無理をして優等生していたのが、馬鹿馬鹿しい❗️と、感じ始めたのです。


何をしても文句を言いたい人はいつだって言うし、親切にした、なんてこちらの自己満足で、相手からは更なる要求をされ、出来ないと恨まれ、なんだかもう、誰のために今があるの?私は、と、自分の今について、疑問が出たのです。


私の今までは、疫病神クラスの不幸だけだったか?いや、だけ、ではなかった。強烈な辛いことが重なって見えて、それだけを記憶してしまったから、だからだ、と、分析。

不幸過ぎて、仲間を探すことに熱心になり、見つけては安心して、だからか、「私ちゃんは、人の幸せを祝えないのね❗️」と、学生時代に一人の同級生に、言われたこと。

後にも先にもこの女性からだけでした。


あのときは、なんだこの人?変な人に関わった、そんな私を責めていました。ずっとでした。しかし、今、なんだか捉え方が少し変化しました。

私を認めて欲しいから、格下を見つけては、いちいちマウントする、一番ダサくてみっともないのは、私でした。


格下と、そう認定したなら、相手にすべきではないのに。

そうとばかりは、いかない出来事が、最近になり起こりました。

それは、冒頭でも話をした、自分が正しくて、反論されたら遮断する、このタイプに遭遇したからです。


バカ真面目でまっすぐな部分がある私は、どうも、その意見に関しては、偏りがある、と、反論してしまい、それが相手からは、自分を否定された、と、捉えられてしまい。

言うんじゃなかった、と、後悔しました。

人生に後悔なし、怖くないとか、決意したのに、これについては、後悔がありました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます