第10話経理部員の私

以前勤務していたカルチャースクールでも、経理を行っていたから、好きだった。

入社が決まってから、経理部ですと言われて。

その前の最終面談で、経理部部長とも面談しましたが。

入った直後から、あと、一週間で辞める派遣の女性がいて、どうやら、彼女の後釜が、私であったらしい。

辞める事に集中していたのか、急いで説明してくれただけで、あと、宜しく、と、去ってしまった。

起業するからとかいう話だったが、真相は定かではない。実際に表参道で洋服屋を開いているとかいないとか。


何故こんな細かい話をするかって?

この会社、こんな噂話と憶測が蔓延して、振り回され、まさに、「会社社会」だったからなのだ。

居なくなった人の悪口をいう、これはある話、だが、あまりにもありすぎる会社は要注意。

やたらと、細かく経費削減を迫るのも要注意。


ブラック企業ではなかった、だが、ブラック企業から、来たという課長が、それはそれは、偏屈で、私も契約打ちきりの原因は、この課長からの「社内販売の部署とりまとめ」を、私が、拒否したということから、「業務拒否」と、取られた。

ただ、拒否したのではなく、今まで、二人で行っていたのを、一人でましてや、金銭を扱う、それは、あらぬ疑いをかけられるのも嫌だから一人は嫌だと話したのが、こうだった。

他にも、後に話すが、私は辞める前に「障害者」では、なくなったのです。

「健常者」に、戻ったので、今までは甘やかしたが、そうはいかない、だから、何でもしろよ、出来ないなら要らない、辞めろ、という流れが出来ていたのです。


確かに、障害者ってやっぱり、嬉しくない不名誉な称号、たかが、うつだし、身体障害者とか、精神障害者といっても、統合失調とか、発達障害、自閉症と、違うし、私はまともだ、という私の中の「差別」が存在していたから、私が私に許せなかったのです。


ただ、後に直属の課長から「お前、会社の組織図ではまだ、障害者だからな」と、調子に乗るなよ❗️に、聞こえて、私はあのときは、頭を殴られたような覚める感じがした。

この課長も数ヵ月前に入社したばかりで、初めは嫌な感じの人、だったが、話をしたら、仕事人としては、楽しかった、一緒に仕事をしたいと感じた。

が、契約打ちきりの時には、課長も

「これが、出来ないならうちに、要らないから」と、今となると、捨ててくれたことを感謝ですが、かなり、あのときは、憎みました。


障害者枠での勤務、ただただ、時間短縮勤務が欲しかっただけだった、これが、リハビリになり、症状が良くなると、私の最後の賭けだった。

だが、間違っていました。

入社してからの、人事部の女性からの「私も障害者だから」と、声をかけられたこと、また、別の障害者枠での人事部の女性からは「こんな給料でやっていけてるの?障害者年金もらってる?」聞かれて、は?な、不快感しかなかった。


そりゃあ人事部ですから、私の給料なんて、閲覧自由でしょう、ちなみに、障害者に対しての雇用マニュアルが、無かったのです、後に私が、先程の直属の課長に相談して、一緒に作成する、予定だったのだが、頓挫した。

天使でもないくせに、私は何を奉仕の精神でいたのだろうか?


答えは一つ、今まで出会った会社や学校、社会の中で、いじめにあったり、私も加担したり、様々ありました。しかし、嫌なことだけではなかった、特にカルチャースクールに居たときは、本当に私が笑顔だった。

周りも笑顔だった。

みなさんのお陰で、私がいる、送別もしていただいた、今までの人生を振り返り、この会社では、私が恩返しの場所だから、飲み会、歓送迎会社、イベントには全て参加して、恩返ししなくてはいけない、そんな時間だ、と、またこれ、私を私で追い詰めていた。


だから、天使のような奉仕が出来ていたのです。

個性的すぎる、いや、その派遣の女性が辞めてから、私の指導係のような、男性社員と、馬が合わなくて、それに、助け船を出してくれたのが、同期入社のだいぶ年上の女性だったのだが、みんなみんな、くせ者でした。


私なんて本当にあまちゃん、海千山千、そんな周りに太刀打ちなど出来ない。

おとなしく障害者していたら良かったのを、私の意見、など出したばっかりに、しかも、健常者に戻ったので、ますます、要らない、に、なったのです。


経理部とはいえ、課に別れていた、いつもいつもそうだが、私は直属に恵まれない、辞めるまでにバッテリーを組めたのは、直属ではない課だった。

所属と実際の仕事内容がちぐはぐで、私は何者なんだろうかと悩んでいた。


これも、辞める前に、直属の課長に話したが、異動させるから、と、結論は異動させるから=私を退職させるからだったのだなと。

全てにおいて甘すぎた私が、やっぱりバカでした。


大量に退職が出た、私が慕っていた先輩もいた、あの人の仕事だから手伝った、いや、勉強になるし、楽しかった。

あの人だから、したんで、あなたのは嫌です、という、派閥カラーとでも、言えば適切なのか、出してしまったから、私はますます、面倒なやつに、なったのだと、今だから、考えられた。


仕事は、楽しかった、極めたかった。

だが、人間関係が、上手く乗りきれなかった。

やっぱり障害者だから?私はおかしいの?気違い?

私を責めました。あらゆる暴言が頭に浮かび、私ではない、誰かのようでした。

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