第4話更に、続く

結局、私は心療内科に落ち着いたのですが、心療内科、今みたいに、一般に溶け込み、いや、まだ、精神科と同じと認識があるかも知れない、だが、もっと認識が無かったので、なんだか、みんなで手探りだった。

充分な休養を、なんて、会社を休むことを薦めたが、これだけでは、変わらないのだ。

ただ、薬を処方するだけの医師、的はずれな対応のカウンセラー、病院を、4回、変えまして、今、まだ、通っているのですが、三年過ぎました。安定です。

不安定なじきは、病院も変えるし、会社も変えるし、何がしたいんだか分からなくなっていました。

そんなとき、自暴自棄になった私は、そうだ、結婚してしまえ❗️養ってもらってしまえ❗️どうせ、私なんか生涯で稼げる額なんかたかが知れてる、と、まぁ、なんと、自分を粗末に扱ったのだろうか。

マッチングアプリ、今で言えば、それに、これは、一社にしましたね。そこで、誰でもいい❗️って探した基準が、大卒、安定した高収入。

何名かと三回くらいお会いしましたが、まぁ、これが、モラハラ、私は介護要員、家事もしっかりさせて、かつ、正社員でいろ、とか、そこまで、好きになれないよ、な、出会いだった。

そりゃそうだ、誰がただで飯を食わせたいか‼️個室の居酒屋で、体を触られたり、だったら、ホテル連れ込むくらいの覚悟が欲しいね‼️な、人物とか。

全部私が悪かったのです、安易な気持ちで、結婚、に、走ろうとしたから。

まぁ、自暴自棄になったときは、飲めないお酒で失敗して、運ばれかけたり、一気に薬を飲んでみたり、あわや、胃洗浄、なりかけて、もう、本当に、バカヤロウ‼️でした。

自分でも、焦りと不安しかなかったのです。このまま、治らないのではないか?家族の荷物になるのではないか?近所から変な目で見られていないか?などなど、そこに、私はこうしたい‼️は、一切ありませんでした。

この考え方こそが、治りにくくする、原因だったのです。

えーい、治らなくてもいい❗️今より状況が軽くなって、また、晴れた日に出掛けたり、細々ながら仕事が出来たりすればいい‼️と、割りきった、あきらめた、これだったのです。暴れて誰かと何かを傷つけていない、道で出会えば第三者と挨拶を交わせる、ならば、あら、平日昼間にあの人出歩いてるわ、なんて、思われても、あはは、と、笑えばいい‼️私の一番の味方は私だ‼️と、変えたのです、生き方を、そして、死にかたを。

本当に、言葉を見つけることが出来ないくらい、辛くて暗かった毎日でした。

今、こう考えて進んでいるのは、ある、会社に入社したのが、きっかけでした。結果は最悪でしたが、私に向き合わせてくれた、やはり、人生は全てに感謝だと思えることになったのです。

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