第3話親不孝者?

親不孝かも知れないなぁ、コネで入社させてもらったのに、3年で辞めて、しかも、なんだか使えないってレッテル貼られて。

人員が足りないから来なよ、じゃなく、父が頭を下げて、何かしらの見返りを付けて、な、私だったのに、辞める理由が、うつになりました、はぁ?お前なぁ、ですよね。

と、今だから気付いたことなんです。

真っ只中は、とにかく、私は辛くて悲しい思いしかしていない、悲劇の女優、だったのですから。

確かに、私の世界では言葉にならないほど、辛かった、学生時代から、いや、幼い頃からずっと優等生してきて、その張り詰めた糸が、ぶちんと切れた、優等生で、期待の娘で無くなった。

休職、休めなかったですよ、何か家事をしなくてはと、焦るばかりで、なんだか、見かねた家族から、我が家に主婦は二人はいらないよ‼️と、怒鳴られ。

早く働かないと、と、焦るばかりで、ワケわからず、会社に応募して、恥ずかしいから、地域で履歴書ばらまかないで‼️とも、怒鳴られて。

いやぁ、地獄ってこれかな、でした、振り返ると。

下げたくもない頭を下げて、独立すべき娘はまるで、寄生虫。ニートでも、引きこもりでも、無かったのに、家族からは、そんなのどうでもいい❗️おんなじだ‼️と。

ごもっとも、期待になんて、無理っすよ、と、さっさと戦線離脱、これが、うつぬけの道だった、と、今、分かりました。

自爆型だから、横領だの使い込みだのそれがなかっただけで、働いたお金、まんま、食べては吐いたり、いらないものを衝動的に購入して、ビリビリに破いたり、手元に無いんですから、呆れますよ、家族でなくとも。

うつ状態って言われて、受け入れたくなくて、違う、違うと、どうしても心療内科だけは、避けたくて、頭が痛い、腰が痛いと言っては違う診療科に、思えば、一番痛かったのは心でした、ズタズタに裂いたのも心でした。

頭が痛い、腰が痛い、胃が痛い、これも真実、そりゃそうです、うつ状態だと、受け入れたくないから、必死に体を動かしたり、はしゃいでみせたり、本来の自分ではないことに、必死だったのですから。

うつになるなんて、怠けている、根性なし、会社になんか復帰できない、終わったよね、と、今よりずっとずっと言われていた時でしたから、その評価を打ち消したくて、必死になっていたのです。

今の、自分はなんとか障害ですから、それは無理です、と、何でも否定する、あれは、私は納得できません。無理を探すなら可能を見つけるのが、今後の人生ではないのか?自爆型が、なんだか、馬鹿馬鹿しく感じたのも現在です。

その話は次にすることにして、こうして私は、10年とか、長く一社に居ることなく、会社を変わっていたのです、がしかし、選び方が、わるかったのです。

私の特性を把握していなかった、そして、働き方、社風、一般企業なのか、官庁なのか、それすら、分かっていなかった。

なんとなく、名前で、なんとなく、緩そうだから、そんなことだけでした。

それこそが、転職を繰り返す原因でした。

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