92.1時間の地獄

「さて……残るは貴方だけになったわね……」


「く……!?来るなぁ……!?来るなぁ〜……!!?」


アンナはゆっくりとバルカス皇子に近づく。バルカス皇子は悲痛な叫びをあげながら必死にお尻を引きずって逃げようとするが、腰が完全に抜け立ち上がる事も出来ないその状態では逃げきれるはずもなく、アンナが放つ魔力弾をモロに受けてしまう。


が、バルカス皇子はアンナの魔力弾をモロに受けたはずなのに、全く痛みを感じなかった。むしろ、自分の中に力が入ってくるような感覚すらある。その状況にバルカス皇子は若干戸惑っていると


「貴方にハンデをあげるわ。まず、龍達には貴方に一切手出しはさせない。この子達は私の言う事はよく聞くのはさっき実証された通り。その上で、さっきの私の魔法で貴方は1時間の間何をされても死なないし、気を失う事もない身体にしてあげたわ。後、いくつかおまけも足してあるわ」


アンナは冷笑を浮かべてそう言った。それを聞いたバルカス皇子も、いやらしい笑みを浮かべ、腰が抜けていたのも忘れていたかのように立ち上がった。


バルカス皇子はこれで何とかなると思っていた。龍達が手を出してこないなら、相手はたかが女1人。自分でもどうにか出来ると……例え、相手が強い魔法を使ってこようが、自分は向こうのおかげで1時間は死なない身体だ。粘ればどうにでもなると……


しかし、龍達はアンナの言葉を正しく理解していた。正しく理解していたからこそ、『うわぁ〜……』と言って若干引いていた。


「女!覚悟しろよ!私を舐めた事を後悔するがいいッ!!」


バルカス皇子は腰にある護衛用に持たされた剣を抜き、アンナに斬りかかった。が、女の柔肌を傷つける以外にまともに振るった事のないその剣術が、アンナに通用するはずがなく……


「んなぁ!!?」


アンナは二本指だけでバルカス皇子の剣を受け止める。バルカス皇子は斬りかかろうと必死で体重を乗せようとするが……


バキンッ!!!!


「ななぁ……!?ななぁ……!!?」


まるでハサミで紙を切るような感覚で、アンナはバルカス皇子の剣を二本指だけで真っ二つにした。

バルカス皇子は剣の手入れはしていないが、お抱えの騎士がちゃんと毎日手入れはしている。おまけに剣の素材だって、皇族が使うのだから、決して悪いものではない。

にも関わらず、アンナはたった2本の指だけでその剣を破壊してしまったのだ。ここにきてようやく、バルカス皇子は目の前の女性が、相手にしてはいけないものだと悟った。


「まっ……!?待ってくれ……!!?君の妹に手を出そうとしたの悪かった……!?謝るから許し……!!?」


「まずは……妹の手の甲に何の断りもなくキスをした分……」


普通ならそう言って一発だけ殴るのだが、アンナは顔・ボディ・急所至る所に拳を何発も叩き込む。普通の人ならこれで良くて気を失ってるか、悪くて死んでるが、バルカス皇子は今1時間死ぬ事も気を失う事も出来ない。


「がはぁ……!?ぐふぅ……!?もう……!ゆるじでぇ〜……!!?」


「次に……私の妹を攫って自分の物にしようとした分……」


更にアンナの大量の拳がバルカス皇子に降り注ぐ。バルカス皇子はこんな苦痛を味わい続けるなら早く死にたいとさえ思ったが、しかし、バルカス皇子は1時間それが出来ない。


「次に……私の許可なく勝手に妹を自分の花嫁扱いした分……」


「まっで……!?ぢょっどまっでぐれぇ〜……!!?」


バルカス皇子がアンナに制止の言葉を投げかけるも当然無視。再びアンナの拳の雨がバルカスに降り注ぐ。


ここで、バルカス皇子は人間として最後の悪あがきの防衛本能が発揮されたのか、別の事を考える事にした。他の事を考える間は何となくだが痛みを忘れられる事がある。それに至ったバルカス皇子は、これまで散々自分が嬲ってきた女達を思い出そうとしたが……


(な……!?何故だ……!?何で思い出せない……!?痛い以外の考えが出てこないぞ……!!?)


バルカス皇子はこれまで嬲ってきた女の顔が思い出せずにいた。

そう。これこそアンナが言ったおまけの一つ。アンナに殴られてる間は、痛み以外の思考の停止である。これで、悪あがきの防衛本能すらバルカス皇子は出来なくなった。


バルカス皇子にアンナが与えたもの。それは、 バルカス皇子を有利にするものではない。バルカス皇子に1時間という地獄を味あわせるものだった。


「さぁ……今度は私の怒りの分よ……1時間まで時間はたっぷりあるのだから、最後まで楽しみましょう……!」


こうして、バルカス皇子は1時間もの間アンナの拳をひたすらに受け続けた……





これをずっと見ていた龍達は、長い間生きていた中で自分達が見た壮絶な光景の五本指に入るなぁ〜……と思った。

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