閑話.アスカルド侯爵家

ヴィオル・アスカルドは仕事を終え、厄介な始末書もしっかりと提出してアスカルド侯爵家の屋敷に帰って来た。


『お帰りなさいませ!!ヴィオル様!!!』


屋敷に到着したら、ズラリと並んだアスカルド侯爵家の従者が総出でヴィオルを出迎える。思わず頬が引きつってしまうヴィオル。


「お帰りなさいませ。ヴィオル様」


ヴィオルの前に従者代表として前に出たのは、ヴィオルの幼少期から専属メイドを務めているナタリアだ。


「ナタリア……いい加減この総出の出迎えをやめてほしいんだけど……私一応ここでは養女の立場なんだし……」


「私も一応は言ってますが、貴方様の本当の立場を考えたらそれは難しいでしょうね」


ナタリアの言葉に思わず重たい溜息を漏らすヴィオル。ヴィオルはナタリアをつき従えて侯爵家の屋敷に入ると……


「お帰りなさいませ!ヴィオル様!良かった!ご無事で本当に良かったですぅ〜!?それと!貴方は一体何をしてくれてるんですか!!?」


1人の男性がヴィオルの肩をガシッと掴み、最初は泣いたかと思えば、すぐにお小言を言ってくる。ヴィオルは再び溜息を漏らす。


「……お義父様。泣くか、お小言を言うかどっちかにしてください。後、一応ここでは私は貴方の娘なんですから、様付けも敬語もやめてください」


ヴィオルは男性をジト目で睨んでそう言った。

この男性こそ、アスカルド侯爵家の当主クレイン・アスカルドである。一応、ヴィオルの養父という扱いになっている。


「いや……しかし……貴方の立場を考えると……」


「おぉ!ヴィオルよ!戻ったか!」


クレインが何やら言い淀んでいると、奥から初老の男性が顔を出し、ヴィオルに挨拶してきた。


「お祖父様!いらしてたんですね!」


ヴィオルは嬉しそうな表情を浮かべ、クレインを無視して初老の男性に近づく。

この初老の男性こそ、前侯爵家当主のダイン・アスカルドである。


「うむ。お前から直に報告が聞きたくてな。待っておったんじゃよ。土産話はもちろんあるんじゃろ?」


「はい!それはもちろん!」


「うむ。では、応接室で話を聞くとしようか」


「はい。お祖父様」


そして、ダインとヴィオルは応接室へと向かって行く。そんな2人を呆然と眺めていたクレインだったが……


「ちょっ!?一応私がここの当主なのに勝手に話を進めないでくださいよぉ〜!!?」


と、涙目になりながら2人の後を追った。



「で、どうじゃった?わざわざ他の職員の反対を押し切ってクラーケン退治の依頼をもぎ取ってきたんじゃ。さぞ面白い話があるんじゃろ?」


ダインがニヤリと笑ってヴィオルにそう尋ねる。

実は、魔法省は最初クラーケン退治にヴィオルを派遣するのは反対だったのである。理由は簡単。今回の結果になることが十分に分かっていたからである。しかし、ヴィオルの本来の立場に加え、かつては魔法省のトップにも君臨した事のあるダインの後押しまであって、反対出来ずにヴィオルのクラーケン退治派遣が決まったのである。


「えぇ。それはもう……」


ヴィオルは起きた事全てを話した。雷の魔法でクラーケンを退治して、海にいる無数の魚を感電死させた話を聞いたクレインは気絶しそうになったが、ダインは豪快に笑っていた。

そして、話はアリーがクラーケンが捕らわれてから救出されるまでの話になり、それを聞いたダインは顎に手を当てた。


「ふむ……それは妙じゃな……」


「えっ?どこが妙なんですか?クラーケンがヴィオル様の魔法にやられて、アンナ嬢がアリー嬢に人工呼吸の魔法を使ったってだけですよね?人工呼吸の魔法なら魔法を使える者なら誰でも使用出来ますし……」


クレインが不思議そうにそう言うと、ダインは軽く溜息をついた。


「問題はそこではない。クラーケンは死んでも獲物を離さないので有名な奴だ。足にはタコと同じような吸盤のような物が付いていて、奴自身の意思の力でない限り離せないようになっておる」


ダインのクラーケンの生態の説明を聞いて驚くクレイン。ヴィオルはそれを聞いて流石と思い感心して頷き、ダインにある事を尋ねる


「お祖父様。クラーケンの生態通りなら、あの状況でアンナちゃんはどうやってアリーちゃんを助けたと思いますか?」


「ある程度お前も検討がついておるだろう」


「それでも、お祖父様の意見が聞きたいのです」


「おそらく……「魔法闘技マジックアーツ」じゃろうな。それしか考えられん」


ダインの言葉を聞いたクレインは驚いて思わず立ち上がる。


「ちょっ!?待ってください!?お父様!?いくらなんでもそれは……!?」


「じゃが、それ以外に状況を打破出来る手段が思えん。アリー嬢が無傷であった事も考えると、強力な魔法を使ったとも思えんしな」


「しかし……!?だからと言ってそれはありえ……」


「あり得ない話でもないだろう。アイリーン様から「魔法闘技マジックアーツ」を継承したマクバーン氏が、小さな女の子を弟子にした噂はあったろう」


ダインの言葉にクレインは驚いて目を見開いて驚く。


「まさか……お父様はアンナ・ステインローズ伯爵令嬢がその噂の弟子とお考えで……!?」


「……ワシはな……一度だけマクバーン氏に会った事がある。とても強烈なオーラを放つお人じゃった……そして、王子様の10歳を祝うパーティーでアンナ嬢を見かけたが……マクバーン氏と同様のオーラを放ってるように見えた……」


ダインの言葉にヴィオルもクレインも驚く。ダインがまさかマクバーンに会った事があるのも驚きだが、そのマクバーンと同様のオーラをアンナが放っているとは、流石のヴィオルでも思わなかったのである。


「ワシも最初は目を疑ったし、まさかとは思ったがのぉ〜……お前さんの話を聞いて、どうやらワシの目はまだ曇ってないと確信したわい」


ダインはヴィオルを見てニヤリと笑った。ヴィオルもつられてニッコリと笑う。


「やっぱり……アンナちゃんもアリーちゃんも欲しいわね〜……どうにか2人共手に入れる方法はないかしら?」


「ワシが2人を養女に貰いうけられたら手っ取り早いんじゃがのぉ〜……」


「それだけは絶対に止めてくださいッ!!!!」


クレインは立ち上がって涙目になってそう訴える。

というのも、実はクレインはアルフ・ステインローズと同い年で親友なので、彼の妻と娘の溺愛ぶりはよく知っている。そして、それを害された時、彼がどういう行動に出るかも……だから、ヴィオルがどんな立場であっても、自分をここまで育ててくれた偉大な父でも反対しない訳にはいかない。


「分かっておるわ。いくらワシでもあやつと事を構えてまで養女にしたいと思っておらんわ……」


軽く溜息をついてそう言うダインに、ホッと安堵の溜息をついてクレインは椅子に座る。

そのタイミングを見計らったかのように応接室の扉のノック音がし、ダインが入室の許可を出すと、ナタリアが一礼をして入室した。


「ご歓談中失礼します。ヴィオル様。王室より伝言が届いております」


「ん?もしかしてお父様とお母様から?」


ヴィオルがそう聞くと、ナタリアはコクリと首を縦に振った。


「一つは、先のクラーケンの件を報告せよと……」


ヴィオルはそれを聞いて思わず「うげぇ……」と言って顔を歪める。


「絶対にお叱りと小言のフルコースだわ……」


「ガッハッハッハハハ〜!!!まぁ、諦めろ!ヴィオル!あやつも母親としても王妃としても色々心配しとるんじゃろうて!!」


ダインは豪快に笑いながらそう言う。現王妃をあやつ呼ばわりして苦い顔をするクレイン。普通なら不敬罪に問われる問題だが、実はダインと現王妃は親子関係である。と言っても、実の親子関係という訳ではないが……。だから、ヴィオルがこの家に養女として扱われてるのそう言う縁がある


「それと……8月の終わりに行われる王家主催のパーティーでどっち側で出席するか尋ねてますが?」


「あっ……そっか……それがあったわね〜……そうね〜……」


ヴィオルは顎に手を当てて考える仕草をし、すぐにニッコリ笑って答えを返した。



どうやら、アンナとアリーの夏休みのイベントはまだまだ終わらないようである。

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