第30話 雷

 一通り、人々から寄せられる質問に答え終わった初は、背後の子墨たちを振り返った。


『どうだい、子墨さん。俺が作った水車は?』


 今度は、童の児戯とは言わせないぞ、と胸を張る初を、子墨はじろりと睨み据えた。


『あの水車、力は普通の水車と変わりないと言ったな。それは、本当か?』

『ああ、だいたい同じ大きさの縦型水車と、同じだけの出力が得られるはずさ。でも、鍜治場で使うなら、もっといいものがある』


 初は、持ってきた荷物の中から、水車の模型を取り出して見せた。


『これは、タービン水車って言ってな。普通の水車よりも、ずっと大きな動力を生み出せるんだ。こいつはペルトン型、これはフランシス型、でこっちがクロスフロー型だ』


 子墨たちの前に並べた模型を、一つ一つ手に取って見せる。


 ペルトン水車には、竹製の樋を使って高所から、フランシス型、クロスフロー型には、ピストン式の水鉄砲を使って水流を流し込む。


 それぞれの特性、利点、欠点。利用しやすい環境など、様々な要素を一つ一つ説明してく。


『設置の仕方とか、作業場の配置を工夫すれば、こいつ一台で、何台もの機械を動かせる。今までの水車よりも、はるかに高い出力が期待できるぞ』


 それに、と初は取っておきの仕掛けを、子墨たちに披露した。


『それは“もーたー”か?』

『いや、似てるけど違う。こいつは発電機。電池同じで、雷を作るための仕掛けさ』


 初が取り出した、一抱えほどの木箱の中には、U字型の鉄心と銅線、それから環状電気子が入っている。

 いわゆる、グラム発電機だ。この時代に再現できる発電機としては、一番安定して電力を取り出すことができる。


 雪に頼んで、発電機と螺旋型水車を、藁縄で繋いでもらう。

 さらに初は、懐から小瓶と、手のひらに収まるほどの大きさの紙包みを取り出した。


『この小瓶の中身は、砂鉄だ。で、こっちの紙包みの中には、銅線を巻いた鉄心が入ってる』


 まじまじと見つめる子墨たちの前で、初は小瓶に入った砂鉄をばら撒いた。


 発電機から伸びたこより電線を、紙包みの端から出た銅線に繋ぐ。


 紙包みを地面に近づけ、左右に動かして見せる。途端、砂鉄が紙包みの表面へと張り付いてく様に、工人たちは騒然とした。


『砂鉄が……浮いた?』

『電磁石っていうんだ。簡単に言えば、雷を使って、鉄心を磁石に変える装置だな。普通の磁石と違って、こいつは工夫次第で、いくらでも磁力を……鉄を引き付ける力を強めたり、弱めたりできる。それに、発電機を切れば』


 雪に手振りで、発電機を止めるよう指示する。


 給電が途切れると、砂鉄は紙包みの表面から、さらさらとこぼれ落ちていった。


『てな具合さ。こいつを使えば、今までよりも高品位な砂鉄を選別できる。まあ、限界はあるだろうけど、かなり不純物の少ない鉄が作れるようになって』


 顔を上げた初は、子墨との距離に驚いた。


 息がかかりそうなほどの位置に顔を寄せた子墨は、驚き、仰け反る初の手元を、一心に見つめていた。


『そ、そんなに気に入ってくれたのか?』

『貸せ』


 初の手から電磁石を引ったり、子墨は慎重な手つきで、紙包みを開いた。


 初が言った通り、中に鉄心と銅線しか入っていないことを確認すると、様々な角度から電磁石を眺め始める。


『このまま、地面に近づければいいのか』

『あ、ああ。それから電源を入れれば……待った! 素手で触ったら感電するから!』


 聞いているのかいないのか、子墨は電磁石を地面に近づけ、砂鉄をくっつけては離し、くっつけては離しを繰り返す。


 ひたすらに電磁石を動かし続ける姿に、まわりの工人たちも心配し始めた。


『あの、師匠?』

『うるさい』


 弟子の少年を一蹴し、子墨は電磁石を動かし続ける。


 どれほど経っただろうか。


 今度は、自分の身体に電磁石をくっつけて回っていた子墨は、おもむろに顔を上げると、


『この仕掛け、お前ひとりで考えたのか?』

『はえ?』


 暇潰しに河原の石を積んでいた初は、頓狂な声を上げる。


 察しの悪い初に苛立つでもなく『どうなんだ?』と、子墨は繰り返した。


『まあ、いろんな本を読んだりとか、人から話を聞いたりもしたけど、基本的には一人で考えたな』


 さすがに、未来の知識だと話すわけはいかないので、適当に誤魔化した。


『作ったのも、お前ひとりか?』

『いや。仕掛けを考えたのは俺だけど、作ったのは雪さんだよ』


 青海の屋敷に、海生寺から病人たちが運ばれてきた、あの日。


 漂流者の手を見て、鍛冶職人ではないかと指摘した青海の言葉が気になった初は、後日、漂流者が回復するのを待ってから、話を聞いた。

 雪と名乗った女は、


 明の工廠で働いていたが、女であることがばれたため、逃げ出した。

 どこか大きな街へ行こうと街道を歩いていたところを、人攫いにさらわれた。

 そのまま船に乗せられ、どこかへ運ばれていく途中で船が遭難し、日置浦に流れ着いた──


 まるで映画みたいな話だが、さらに驚いたのは、雪が相当に腕の立つ職人だったことだ。


 子墨たちを、あっと言わせるため、現代の品を再現しようとした初だが、ここは戦国時代だ。現代のような工作機械がない以上、必要なものは、すべて手作りするしかない。

 さすがに初も、鍛冶の技術は持ち合わせていないので、完成までには相当な時間が掛かる。


 どうしようかと悩んでいたところ、雪が働ける場所を紹介してほしいというので、ためしに螺旋型水車の試作を依頼してみた。すると一週間ほどで、現物を作り上げて見せたのだ。


 雪の手先の器用さは折り紙付きで、おかげで、電池、モーター、発電機と、必要なものを、これほど短期間で揃えることができたのだから、人助けはするものである。


 河原の石に腰かけた雪は、初と子墨のやりとりを、じっと見つめていた。


 電磁石を弟子の少年に預けた子墨は、ふらりと立ち上がると、


『女、名は?』

『……柳雪リュウシュエ

『柳?』


 子墨は、笠の下を覗き込むように顔を近づけた。


 二人の間に、不穏な気配が漂う。


 何事かと眉を顰め始める初に、子墨は振り返ると、


『……何が望みだ?』


 唐突な質問に、初は首を傾げた。


『望み?』

『雷を生み出す仕掛けに、ひとりでに動く羽根車、それに、この水車だ。お前は作りたいから作ったと言ったが、それならばなぜ、わしらを集めた? なぜ、わしらにこの仕掛けを見せた? 何か、望みがあったのではないか?』

『別に? ただ、一緒に仕事しませんか。何を作りませんかっていう誘いだよ』


 初は、正面から子墨を見上げた。


 十歳児の身体では、子墨の胸にかかるほどの背丈しかない。だが初は、まるで対等な相手であるかのように、話しかけた。


『正直、俺の力だけじゃ、必要なものを用意できないんだよね。今回は雪さんに助けてもらったけど、もっと大掛かりな物を作ろうと思ったら、人手も技術も足りない。だからさ、俺たち協力し合わないか?』


 無言で佇む子墨の瞳を、初は覗き込んだ。


『俺は、知識と知恵を提供する。その代わり子墨さんたちには、俺が欲しいものを作ってもらう。俺は必要なものが手に入るし、子墨さんたちは、知識を使って好きなものを作ればいいさ。きっと、世の中をあっと言わせるものが、この鍜治場から生まれるぜ?』


 予言ではない。初が未来を知っている以上、この言葉は、絶対に現実になる。


 挑むような眼差しを注ぐ初を、子墨は見下ろした。


 周囲の工人たちが、固唾を飲んで二人を見つめる。亀次郎は気楽に、六郎ははらはらと、雪は笠の下で表情をうかがわせない。


 気遣わし気な顔をする青涯の後ろで、青海は一人、薄っすらと微笑みを浮かべていた。


『……天恵か』


 疑問符を浮かべる初に、子墨は片方の唇を震わせて見せた。

 それが微笑みだとわかるのは、ずっと後の話である。


『いいだろう。ちょうど退屈していたところだ』


 子墨は、初の頭を掴むと、ゴツゴツとした指で、乱雑に髪を掻きまわした。


『この中に、どれほどのものが詰まっているか。ひとつ、試してやろうではないか』


 偏屈じじいめ、と初は立ち去っていく子墨の背中を睨んだ。

 子供の首を、あんなに振り回す奴があるか。まだ、くらくらする頭を抱えて、初は呻いた。


「……なあ、結局これって、どうなったんだ?」

「さあ? 私は、姫様の命に従っただけですし」


 亀次郎と六郎が、揃って顔を見合わせる。

 この二人、散々こき使われた割に、今回の事情については、何一つとして知らされていなかった。


「お見事でしたな、姫様」


 青海は、今回の一件について、手放しで初を褒めたたえた。


「これで、あの工人たちにも、姫様の偉大さが伝わったことでしょう。熊野権現も、さぞお喜びになっておられるはず」

「ああ、まあ……そうかな?」


 そういえば、自分の知識は神様の加護だ、という話になっているのだったか。


(これって訂正しても、聞いてもらえないパターンだろうなぁ……)


 青海の熱っぽい眼差しに、初は真顔になった。


 まあ、後はなるようになるだろう。諦めた初は、皆の後ろで佇む青涯のもとに駆け寄った。


「どうでしたか、先生!? この水車は、かなり画期的だと思うんですよね。他にも、先生の役に立ちそうなものがあったら、俺、何でも作りますから!」


 子墨たちの協力があれば、かなりのものが再現できる。時間はかかるだろうが、近代並みの設備だって実現できるかもしれない。


 胸を躍らせる初に、青涯はどこかぼうっとした様子で、未だ興奮冷めやらぬ群衆を見つめていた。


「肥料とか、農薬とか。あとトラクターなんかも、蒸気機関が完成すれば、再現出来て」

「やめられないよ」

「え?」


 青涯は、霞がかった瞳で、初を見つめた。

 その瞳の中に、一瞬、不思議な光が宿る。


 青涯は、何か言おうと口を開きかけて、しかし、何も言わないまま、首を振った。そして踵を返すと、


「いずれ、わかる」


 とだけ言い残して、行ってしまった。

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