15‐8 従者

「――ああ、くそっ!」


 ライナルトが短い悪態をついたとき。ちょうど、扉を開けて飛び込んだ先の廊下空間に、見慣れた長身の人影が現れる。

 すっかり疲弊しきっていたライナルトは、たまらず彼に駆け寄った。


「ルカ!」


 ライナルトの呼びかけに、ルカの表情がわずかに緩む。彼の服は血に染まっていたが、本人が平然としているところをみると、大きな怪我を負っているわけではないらしい。

 ルカはちらりとウィリアムの方を見やり、いつも通りの無表情に戻ってから、ライナルトに言葉をかける。


「ライナルト様、ご無事で……いえ、お怪我を?」


「かすり傷だ。状況はどうなっている?」


「指導員を動かしていますが、人手が足りません。一時的に敵を撃退できたとして、居所が割れている以上、逃げ場がない状況です。

 ひとところに皆を集めるのは危険と考え、ある程度の大きさの空間に、上位魔術師を含めて十人前後程度で固まるよう伝えてあります。ただ、停止した転移魔術の魔力供給路が限定されていたことがあだになり、そのように集まることも困難かと」


「そうか。やはり、優先すべきはタンクの復旧だな。……俺が戻るまで、持ちこたえられそうか?」


「お望みとあれば、保たせましょう」


 ルカは、できないことをできるとは言わず、無茶をする必要があることはできないことと判断する男だ。ライナルトは、ルカのそういう所に信頼を置いていた。

 そんな彼がこう言ってくれると、ライナルトの荷も少し軽くなる。



 荷といえば、もうひとつ――。ルカの視線が、ウィリアムのほうに向けられる。


「こちらで預かりましょうか」


 ライナルトは逡巡した。

 ウィリアムを連れてきたのは、エントランスに置いておくよりは、ともに行動するほうが安全だろうと考えてのことだった。だが、この先、安全にタンクにたどり着けるかもわからない。


「僕、足手まといですか?」


 ウィリアムが、不安そうに尋ねる。

 心苦しい場面を何度も目撃したはずだが、ウィリアムは今のところ、文句の一つも言わず、よくついてきてくれていた。今、ルカの仕事を増やすのも、得策でないように思われる。

 

「ウィリアムは俺が見る。ルカ、ここを頼む」


 ルカは黙ってうなずく。二人の間に、それ以上の言葉は必要なかった。

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