12-1 報せ

「次兄様、次兄様ぁ!」


 支部内を巡回中だったライナルトは、突然の悲痛な呼び声に、ぎょっとして振り返った。


 声の主は、いつもワルターの後をついて回っている気弱な青年、マーティンだ。

 普段のマーティンは、後ろめたいところがなくとも指導員とは目を合わせようとしないたちだったが、今日の彼は違っていた。

 空間を隔てる扉を乱暴に押し開け、廊下に飛びこんで来た彼は、ライナルトの姿を見つけるや、飛ぶような勢いで駆け寄ってくる。



 ライナルトは、勢い余って自らの胸に飛びこんできたマーティンを抱きとめてやってから、できる限り穏やかに問いかけた。


「自分から俺のところに来るなんて珍しいな、マーティン。どうした?」


 ライナルトの声かけで、マーティンは少し落ち着きを取り戻したらしい。何か言いかけた口を噤み、人目を気にするように、おどおどと周囲を見回す。



 幸か不幸か――日頃のライナルトであれば緊急時に備えて指導員を数人そばに置いているものだったが、今このときは誰も連れていなかった。

 指導員らはタンクの一件への対処に追われて、昨日今日と、とにかく人手が足りない状況が続いている。


 常にライナルトにぴったりはりついているルカですら、ライナルトに頼み込まれ、渋々ながら現場に出ていったほどだ。



 周囲に人影がないことを確かめたマーティンは、ようやく口を開く。


「よそから来た魔術師が、長兄様を出せとか言っていて……。本部からの紹介状を持った奴なんですが、それにしては妙な風体で。ワルターさんとロデリオさんが、その……人質に……」


 〈人質〉。不穏な言葉に、ライナルトは眉根を寄せた。



 外部の人間が火の都フラメリア支部の兄弟に危害を加えたかのように聞こえる話だが、これを敵襲と判断してもよいものだろうか。


 本部からの紹介状を持った――おそらくは魔術師連合属の――魔術師が、支部の者を人質に取る必要があるとは思えない。

 支部長であるジェラールに用があるのであれば、なぜ正当な手段で話を通さなかったのだろうか?


 それだけではない。受付係としてエントランスにいたワルターだけならまだしも、ロデリオやマーティンまでが関わっているのも妙だ。

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