11-8 火種潰し

 男は微動だにせずに、自身の前に突き出された娘を、あるいはワルターを見つめていた。

 やがて、その唇が、震えた声を放つ。


「――彼女から手をはなせ」


 男の言葉に、ワルターはきょとんとした。男が言ったことを、すぐには理解できなかったのだ。

 少しの間を置いて、ワルターは高々と笑う。


「はっはっは! おいおい、マジかよ。本部のエリート様は、紳士気取りのタマなしか? 冗談だろ?」


 ワルターの嘲りへの男の答えは、短いルーン列だった。ワルターの手元で光が弾け、女をワルターの手から引き離す。


「長を呼びたまえ。君と話すべきことは何もないと、よくわかった」


 選ぶ術、台詞ともに、ありきたりな牽制だ。

 とはいえ、詠唱の短さと、唱えたルーン列が言葉として聞き取れなかったことから、相手が手練れの上位魔術師であることはわかる。

 エントランスで感じた恐れは、気のせいではなかったらしい。



 この相手は、確かにワルター一人の手には余る。……が、ここには彼がいる。

 ワルターは、魔術を受けて軽くしびれた手をもみながら、さりげなくロデリオに目くばせをした。二人の精神が、水面下で『共鳴』する。


 先ほどまで客だった男は、今や、秘密の楽しみを共有するワルターら全員にとっての脅威だ。

 それに、売られた喧嘩を買わないのは、ワルターだけでなく、ロデリオの主義にも反するだろう。

 


 ワルターとロデリオの関係は、常にいいものであったとは言えないが、それなりに長かった。考えの方向性が似通っていることは、不本意にも互いによくわかっている。

 おそらく、今この状況においても、同じことを考えているはずだ。



 互いの視線が外れた瞬間。ワルターのもくろみ通り、ロデリオが魔術杖を抜く。


「第八の符! 杖先に宿りたる太陽エレナの名において――」


 ロデリオがルーン列を唱えはじめると、男も負けじとルーン列を唱えようとする。

 だが、ワルターがそれを許さない。大きく一歩、急激に距離を詰め、男のあごに拳をたたき込んだ。


「――捕らえるは邪なる歯牙!」


 男が頽れたところで、ロデリオの詠唱が完成し、『固定』魔術が男の動きを封じる。完璧な連携だった。

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