10-3 力不足

「あなたが気に病むことじゃないよ。世の中には、どうにもならないことの方が多い。これだって、そのひとつというだけなんだから。大きなうねりには抗いようがないってだけ」


 カキドは気だるげにそう言うと、テーブルの端にひじをついた。

 仕切り壁の半ばに開いた窓から差す光が、カキドの右半面を暗がりに浮かび上がらせている。穏やかではあるが、感情を感じさせない面持ちだった。


 死者ではなく、ジェラールを慰めるあたり、カキドにはわかっているのだろう――『とらわれ者』と聞いて、ジェラールが動揺するだろうことを。



 前火の都フラメリア支部長キースは、『とらわれ者』らの解放に尽くした。

 彼はいくらでも交渉材料を見つけ出し、あざやかなまでの手腕で同胞を自由にしていった。一般民と親しくしていたのも、その手段の一つだったのかもしれない。


 このままいけば、火の都フラメリアから『とらわれ者』がいなくなるのではないか。魔術師たちが期待を持ち始めた矢先、七年前の火の都フラメリア支部拠点襲撃事件が起きた。

 キースは殺され、火の都フラメリア支部も、『とらわれ者』らを救い出すどころではなくなってしまったのだった。



 まだ未熟なジェラールには、キースのような無尽蔵のアイデアもなければ、交渉の手腕もない。

 ジェラールが一般民に抱く怒りは、『とらわれ者』らを助けてやれない自身への憤りの裏返しだった。


「俺は、キースのようにはやれない。……今はまだ、な。いずれ、一人残さず火の都フラメリア支部で迎え入れてやる」


 そのためにも、十分な容量を持つ、安定したタンクが不可欠だ。ジェラールは、やりきれなさを飲み下し、『空の破片』に視線を戻す。



 浮遊カンテラの群れに開いた穴から差し込んでくる日光の帯に、神々しく白光りする偉容。見つめていると、意識ごと吸いこまれてしまいそうになる。

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