8-7 隔たり
記録簿を受け取ったジェラールは、すぐにリストの下部に目を走らせる。
カキドが帰ってきているとすれば、記名も一対になっているはずだ。
しかし、ワルターのいったとおり、記録簿の最後には、カキドが出ていく際に記した名があった。対になるべき、戻ってきたときの記名は見当たらない。
ジェラールは、縋るように記録簿のさらに下へと視線を移し――そこに描かれたワルターの〈落書き〉を見て、ぎょっとした。
円形に近い、ひしゃげた図形が六つ。それぞれの内部には、半端に塗りつぶそうとしたかのように、歪んだ線が絡み合っている。
「ルーン語の詠唱だけよりも、魔法陣を描いた方が、術を制御しやすいって聞いて。ちょっと練習を……。ど、どうですか?」
魔法陣? ――問い返す代わりに、ジェラールは目を眇めて〈落書き〉を眺めた。
幼子が描いた絵のようで、とても、魔法陣には見えない。それどころか、何か意図があって描かれたものであることさえ、人目にはわからないだろう。
「……どれが、何の魔法陣なんだ」
「はい! ええっとですね、この左上のが『探索』の魔術のもので、その隣が『固定』で……。これが一番よく描けた気がするんです。この線とこの線を、平行に描くのが難しかったんですけど。それから――」
描いた魔法陣について説明するワルターは、これまで見たことがないほどに生き生きとしている。ジェラールから否定的な反応が出なかったことが、心底嬉しかったらしい。
一方のジェラールは、そんなワルターの話を聞きながら、哀れみと、後ろめたさのようなものがわき上がってくるのを感じていた。
彼と我との間に横たわる、いかに修練を積もうと、決して越えられない溝。他の下位魔術師の魔術指南をする時に感じる以上の隔たりが、ワルターとの間にはあった。
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