7-6 別れ
マントから引き抜かれた彼女の手には、一通の手紙があった。見慣れた、宛名のない生成りの封筒だ。
執務机の前までやってきたカキドは、手紙を複雑な面持ちで見やってから、ジェラールに差し出す。
「いつもの手紙。たぶん、最後の一通だ」
「〈最後〉だって? どうして……」
手紙を受け取ったジェラールは、含みのあるカキドの言いように、思わず問い返す。
カキドは〈何も言えない〉と言う代わりに、ただ寂しげに微笑んだ。
彼女の態度は、手紙の主がそれを書けなくなった理由として考えられるもののうち、最悪のものを暗示しているように思われた。
〈死んだのか〉――ジェラールは、口にしかけた言葉を飲み込む。
これを口にして、カキドが肯定したとしてしまったとき、平静を保っていられる自信がなかった。
「詳しいことは言えないけど、それを書いた人……最後まで、あなたに会いたがってたよ」
カキドは、ジェラールを哀れむように眉尻を下げる。
どこの誰だったのか、なぜ自分と会うことができなかったのか――何一つ知らない、一方的に届く手紙を通してのみ繋がっていた誰かの気配を、しかし、ジェラールは確かに愛していた。
いつか会うことができればと、密かに望んでもいた。
いつもより分厚い封筒は、書き手もまた、これが最後になると悟っていたことを思わせる。
ジェラールは、何も書かれていない封筒の表面を指先でなでてから、封を切ることなく、手紙をいつもの引き出しにしまった。
「読まないんだ?」
「いや……。今はいい」
カキドの問いに、ジェラールはあいまいな答えを返す。
手紙の内容に興味はある。だが、これを読むことで、この七年間――手紙を通じて得た思いの全てが終わってしまうような気がしていた。
片や、七年間配達人を勤めたカキドは、内容が聞けないとわかるや、手紙への興味を失ったようだった。
「じゃあ、僕、もう行くね。人を待たせるのは、相手がこちらを恋しく思いはじめる程度にしておく主義なんだ。おやすみ、ジェラール」
「ああ。気をつけろよ」
カキドは、甘ったるい煙の向こうで、ひらひらと手を振って応じる。
彼女がジェラールのことを愛称でなく〈ジェラール〉と呼ぶのは、ずいぶん久しぶりだ――ジェラールがそれに気づいたのは、カキドが執務室を立ち去った後のことだった。
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