No.5-33
「さて、そうしてつまり、おめおめと逃げ帰ってきたわけでありますか」
イレーヌはそう言いながらサリー・レーンの肩に包帯を巻く。彼女の肩に埋まった弾丸は既に摘出がなされている。
「弾丸くらった時ってそんなに痛みを感じないんすけど、治療の段になると途端に痛むんすよねぇ」
サリー・レーンは何処を見るでもなくそうぼんやりと中空に向かって言葉を投げる。
「あなた達のような敗北主義者の治療をせねばならない私の身にもなって欲しいですね」
イレーヌ女史もまた誰に言うでもなく、そう文句を言うので、私は我慢出来ずに一言。
「サリーさんとイレーヌさん、会話噛み合ってないですよ」
と言ってしまった。それを聞いてサリー・レーンはくすくすと笑う。
「もういつものことだから私も気にしやしないんですよ……それにこんな傷、私達の身体なら一日としないうちに治ります。君達トイ・ソルジャーは治療甲斐がない。弾丸抜いてほっぽっとけば治るんですよ。それでも消毒をして包帯を巻くのは全くもって私の善意をもってのものです。感謝しなさい」
「ありがとっす!」
「……はあ」
イレーヌは一つため息をつく。包帯を巻き終わり、それを固定し、一言。
「さっさと帰って」
と言った。サリー・レーンはすぐにその場を去ったが、私はそこに居残った。
「何、自称少将閣下も何処かに傷があるんですか」
「……いえ、そうじゃないんですけれど。いくつか聞きたいことがあって」
「私はこれから忙しいんですけどね」
言いながら、イレーヌは机上に置かれたラジオらしきもののツマミを弄くり回す。
「それ、なんですか?」
「それが質問?」
「……いえ。そうではなかったんですが」
「いいですよ。答えてあげます……これはね、前にウチの連隊に居た機械に強い奴が遊びで作ったもので、元は廃棄品のラジオに余計な機能をとっつけたものなんです」
そう言いながらイレーヌはつまみを回す。初めはノイズだけが流れていたが、徐々に声らしきものが交じるようになる。
「これはね、軍用無線をキャッチすることが出来るんです」
「それ、軍事機密ですよ?」
「んなことは分かってます……でね、私はエダ軍曹が使う無線をたまに拾っては次の作戦行動を大まかに知ることで先回りで物資を集めるわけです……このへんかな。ほら」
『ザ……ザザ……我々の防衛地点は既に突破されました』
「はい、ビンゴ。まあ聞いてみればいいんじゃないですか。その方が早い」
『既に、撤退方向を策定しております。許可さえあれば後方で再度陣地構築を図りたいと思っております』
再度ノイズが入り、次は男性の声がラジオから流れ出す。
『撤退の許可は出していない。そして今後も出す予定はない』
『ならなんでしょう。閣下はつまり、現在の地点を死守せよと仰るのですか?』
『その通りだ』
「イレーヌさん。これ」
「黙りなさい新兵。明らかに大事な話ですよ、これは!」
『その通りだ。ペリリューや硫黄島のような徹底した遅滞戦を我々は諸君らに期待する』
『閣下。その例においてはどちらも旧日本軍は敗退しております……朝鮮戦争におけるマギーヒルでも米軍は撤退したのです』
『小隊が損耗して残り四人になるまで戦ったという事実があるではないか』
『……残念ですが閣下。そのような損耗を強いられれば、我々の連隊はこの世から消失することになりますが』
『そうせよ、と言っている』
この脳の腐った無能め。私はそう罵りたい気持ちになった。しかし、エダ軍曹の次の言葉が、それを止めさせた。
『前回のアルファ作戦においても我々の連隊は損耗を強いられております……繰り返しますが、第二十七歩兵連隊の損失は上層部の戦略のうちなのでしょうか』
『その通りだ。残念ながら、欠員補充も増援も航空支援も現状では難しい……諸君らの健闘を神に祈る』
『閣下』
そう言って、エダ軍曹は笑った。
『我々トイ・ソルジャーに、神はおりません』
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