No.5-17
最高司令部中央作戦室にてメグミ・トーゴー少将は次の作戦案を『一人で』思案していた。
目の前のモニタにはここに至るまでの作戦で得られたであろう戦果とその実態、出るであろうと思われた損失と実際の損失の差。火薬等補給物資の消費量。第二軍も含めた海空軍戦力の現在位置……データの量は膨大であり、普通の人間であればそれらを直視することをせず、目線がふわふわとあらぬ方向へ泳いでいくであろうと思われた。
しかし少女はじっとそれらの情報を見続ける。データを反復、反芻し、次の作戦を組み立てていく。一般の人間が一人で組みうる作戦図を積み木だとするなら、メグミ・トーゴーの考える作戦図はビルの設計図のようなものであり、その思考過程自体は一般の人間が行うものの発展型でしかないが、その進歩・発展の度合いが常人には追いつかない領域にあるというだけのことである。
敵の考えることを予想するのも、その延長線でしかない。
『仮に過去の自分達であったなら』である。それを考察する前のインプット、照らされる情報量がただただ多い。莫大な量であるという、ただそれだけ。
敵は今、分かりやすくドツボにハマっている。以前のある段階までは、物量でこそ多国籍軍が勝るものの、戦術的には敵軍が優位に立っていた。その差も単純に敵軍の指揮系統が統一されているというだけのことである。現在の彼等はその戦術的優位の差を詰められ、大規模な損害を出した。無論それはこの一人の少女によって、である。
そもそも、開戦の段階で国連議決権を持つ複数の国家を味方につけられなかった時点で、それ以前に、それらの国家を相手取って戦争を始めた時点で敵は政治的に敗北している。これを覆すにはフリードリヒ大王もナポレオンも目を剥くような軍事的成功をもって我が軍の上層部に戦争終結の政治的決断を取らせるより他に手はない。
それも、戦術的勝利はあっても決定的勝利を導き出せなかった時点で彼等は明確に"詰み"に近付いているわけだが、無論軍を飛び越える上層に位置する天上人達がそれを根本的に理解しているわけではない。もし仮に理解していたとしても、その事実が自らの所属にとって都合が悪いのであれば彼等はそれを無視する。政治情勢に目を向ければ撤退・停戦派の数も少なくはなかった。
だが、それも過去の話だ。
今の彼等は賭けに負けて、自分が手をつけてはいけない銭に手をつけ始めたどうしようもないギャンブラーである。それを念頭に置けば次の作戦も自ずと姿を現し始める。
彼等は次に乾坤一擲の一大作戦を行い、その勝利をもってして妥協を引きずり出そうとするだろう。過去の歴史を考えればその想定は容易である。劣勢に陥った国家勢力が幾度となくそれを考え、実行し、そして破れ、時に勝利した。概ね分が悪いことは彼等も理解しているが、端から不利な戦いを始めようなどという連中はそういう手を取りがちである。
故に、我々が取る作戦は単純明快。敵勢力の攻勢に合わせて軍を秩序だった戦術的撤退をもって敵軍の戦線を広げ、そうして敵軍の後方に入り込み、包囲する。俗に言う『後手からの一撃<バックハンドブロウ>』である。
「閣下。報告したいことがあります」
扉を開いたのは少女の副官。アリア・クーベルタンである。
「ふむ。今日もご苦労……何かあったようだな?」
「ええ、重要なお話です……幸い、部屋には他に誰も居ません」
「居るだけ邪魔だからな」
「でしょうね。さて……先日、男性士官と会談したことはお覚えですか?」
「忘れた……と言いたいところだが、不愉快ながら記憶の片隅にまだ残っている。私にとってみれば、起きた出来事を忘れるということの方が余程難しいからな。で、あの不愉快な人物が関係しているのか?」
「その通りです。あの男は不愉快で品性下劣な人間ですが、残念ながら有能な分類に入ります」
「で、あろうな」
「そしてあの男はその腐り果てた感情に端を発する心の動作から、我々第一軍を妨害し始めたのです。細かいところでは補給関係の書類の改ざん。大きなところでは第二軍による第一軍への誤爆まで……無論、外から見れば自然な範囲ですが、内部から見れば一目瞭然です」
「成程。君が彼を私が思う以上に悪し様に言う理由がよく理解できた」
「……閣下。これは個人的な意見であり、正式な立場をもって発せられる言葉ではないということをご理解頂きたく思います」
「何を改まって……言い給え」
「第二軍と、ではなく。彼と和解をするという選択は有り得ないのでしょうか」
今に至るまでじっと資料を見続けていた少女は、ようやく彼女を目に入れた。
「……ふむ。有り得ないわけではないな」
「しかし。そう、仰有りたいのですね」
「その通りだ。私達の求められた役割は軍事改革であり、そして彼のような政治家と軍人の間を行くような人間はいの一番に排除しなければならない。何故なら彼のような人間は真に軍を見るのではなく、上位の人間を見ている。そしていずれは自らがそう『成る』ことを夢見ている……これこそが腐敗の根源だ。いずれ彼は夢見た末に大統領か。或いは人生を大いにしくじったとしても民間軍事会社の社長にでも座り込んで、その腹についた脂肪をさらに厚くすることであろう……無論、彼が大統領になろうが宇宙の支配者になろうが私にとっては至極、どうでもいいことであるが、それは我々に望まれた軍事改革の逆を往くものである」
一拍置いて、彼女は言葉を繋げた。
「ひどく不愉快な話だ。あの男を『最終的解決』してやればいい話だ。そうでなければ第二軍をその手元から奪ってやればいいのに、私はそれをすることを許されていない。彼の悪意がやがて私の元に辿り着くその前に、次の作戦を実行、成功させ、この戦争を早々に終結させなければならない」
「ええ。ですが……お気をつけ下さい。あの男の手は非常に長いのです」
彼女がそう言ったこの時点で、既に彼のその長い手は、少女のすぐ近くまで来ていたのであった。
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