No.5-16
少女メグミ・トーゴーは装いをそのままに、副官であるアリア・クーベルタンを連れずに一人で男の執務室へと来た。
部屋は簡素で、一部の下士官上がりのような武器を陳列して並べるような男根主義的な装飾もなく、ただその男の座するであろう場所に三つの電話機。二つの無線が置かれているのだけがやたらと目立った。
「座り給え。どの椅子を使ってくれても構わない」
そう言われて少女は椅子を一つ持ち出し、座って腕を組み、脚を組んだ。
「で、話とはなんだ?」
男は例の、善意の向ける先を喪失した笑みを浮かべ、言った。
「まず、アルファ作戦の成功を祝おう。素晴らしい作戦であった」
「海岸に到達した部隊の補給を行ったのは貴方の部隊だったと聞く。ここに私は感謝の意を示したい」
「何。軍属の人間として当然のことをしたまでだ。あの場面で自らのメンツを優先するような愚か者は最前線送りにでもしてやった方がよほどためになる」
少女は笑った。
「違いない」
「……まぁ、もっとも。閣下の行いによって職を失うものも多いでしょうが、彼等は一体何処へ向かえばよいのであろうね。なぁ、閣下。考えたことはあるかね」
「ないね。無能の行く先など考えるだけ無駄だ」
「全く、君は相変わらずだね」
「変わる必要性が、ないからな」
「無論。私も軍に蔓延る無能共に対する配慮などというような非合理的な思慮をする程、暇ではない」
「気が合うではないか」
「ええ、その点においては閣下と私の共通するところでありましょう……さて、ここからが重要な話です」
「ほう」
「閣下はあのアルファ作戦以降、幾つかの規模感の違う作戦を立案実行した。そしてそれらは成功をこそ収めたものの、決定打に欠ける。無論、閣下の作戦に問題があるわけではない。問題なのは閣下、あなたが第一軍のみを用いて作戦を行っているというその一点にあります」
「拝聴しよう」
「現代における追撃戦或いは包囲下における敵軍の殲滅をもっとも効率的にそれを行うことが出来るのは、制空権下における航空戦力のみでありましょう」
「一理ある」
少女が言うと、男は微笑んだ。
「おお、理解が早くて大変助かります……つまり、私は閣下に一つ提案をしに来たのです。どうでしょう、第二軍の一部だけでも運用されてみては? その有用性を貴方は捨て切るには惜しいという感情がおありのはずだ」
少女は靴の先で何回か床を蹴り、音を立てた。その直後、少女は答える。
「却下だ」
「何故です?」
「無論、戦術的にそれが必要であるということについて一つ考察の余地はある。しかし私は……否。我々は"新しい戦争"をしなければならないのだ」
「……"新しい戦争"とは?」
男が質問すると、少女は尊大な、見るもの全てを睥睨するような笑みを浮かべ、言った。
「簡単だ。上司や上官、国家の大統領やら首相やら、或いは民衆などといった不確かで何の力を持っているでもないのに力を持っていると錯覚した連中。彼等の尻の穴を丹念に舐め解し自らのプライドを容易にまな板の上に載せてしまえるような男娼の如き腐った男どもを必要としない、合理的で新しい『我々と真に力ある者』のための軍隊。その活動。それこそが"新しい戦争"なのだ……もし仮に、貴君のような『男娼』の力を借りるのであれば、それは諸君らが真に我々に頭を垂れ、教えを乞うた時のみである」
一拍置いて、彼女は言った。
「慎み給え。"男娼閣下"。今の諸君らに出来ることは、我々の成功をその目に焼き付けること。それのみ、である」
男は笑っている。声も出さず、身体をゆすりながら、笑う。しかしその細い目は確かに少女を、メグミ・トーゴーを、強く睨みつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます