第59話 初めまして、お兄ちゃん?

鈴木「(明彩は、トイレから戻ってくると、何事もなかったように静かに座った。腕には先ほどの獏を抱えている。まるでひとつの仕事を成し遂げたかのように、どこか爽やかな表情をしている。やはり妖魔で何かをしたのだな? 内容を教えて欲しい――。)」


明彩「あぁあお腹空いちゃった。さてケーキの続き! これ美味しいよね〜!!! 鈴木も、ほらいっぱい食べなさいよ!」


鈴木「いや、そうじゃなくて……。何か報告あるだろ?」


明彩「うん?」


鈴木「獏が動いて……、」


明彩「あぁそれ……! 恩着せがましいのもヤダから、お金とはいらないよ!」


鈴木「はあ!? そんなもん、請求するつもりだったのか?」


明彩「だからしないって! でも、どんなことでも、ひとつ願いを聞いてくれる。そうだったよね? それだけは覚えておいてよ!」


鈴木「(俺はとんでもない約束をしてしまったのかもしれない。妖魔で記憶を消す。そんな現実離れしたことが出来るなんて思ってもみなかったのだ。そこまで思考したところで……ガチャ。と、扉が開いて穂香があくびをしながら眠そうに入ってきた。手には契約書を持っていない! よし! やはり記憶の消去は成功しているのだろう……。)」


穂香「私、部屋で寝てたみたいぃです。」


鈴木「(穂香は、そこまで言うと俺と目が合い、――動きを止めた。いつもと様子が違うのは、すぐに察しがついた。まず立ち方違う、内股が――可愛い。上目遣いをするような女の子でもなかった――。なんだこの感じは???)」


穂香「この男の人、誰ですかぁ?!」


――――――

――――――――――――

――――――――――――――――――!!!!!!!


鈴木「?」

明彩「!!!」


穂香「知らない人……。」


鈴木「おい、穂香何言ってんだ?」


穂香「私のこと知ってる人?」


鈴木「(明彩に視線を向けると、冷や汗が流れていた……。俺の妹に何をした?」


涼葉「……獏が、鈴木との記憶を全部食べた………………。」


鈴木「………………そんな……。」


明彩「ってなんでよおおおおお!!! 穂香ちゃん、この人はあなたのお兄ちゃん!!! ほらっよーく見て? 思い出した?」


鈴木「(明彩のやつもテンパってんな……。責任を感じているのだろう。俺は、この世の終わりのような契約書が白紙に戻ったのは嬉しいのだが、しかし! しかしだ! 俺の存在を忘れるなんて、そんなこと……。明彩をせめる訳にもいかないだろうし。どうすればいいのか分からん。)」


明彩「穂香ちゃんは、本当に変態な、このお兄ちゃんを覚えてないの?」


鈴木「(バカ、余計なこと言うな!)」


穂香「は、はぃ。私には、お兄ちゃんはいませんから。でも……私は、お兄ちゃんを、ずっと欲しいと願ってました。だから、両親の事情でもし、私にお兄ちゃんが出来たのだとしたら、それは、本当に嬉しいことです。」


………………

――――――――――――!!!!!!!


鈴木「(おおおおおお――――――――――――俺の妹、キャラ変わってんぞ! 体をくねくねさせて、なんかおしとやかで、可愛い。妹を育てたくなるような、そんな感覚! ――って俺バカなの。何考えてんだよ。)」


穂香「あのっ、お兄ちゃん、って呼んでもいいですかぁ?」


鈴木「(ごくり。唾を飲む音が響いてしまった。そうして、ゆっくりと頷いた。)」


穂香「良かったっ。嬉しいです。初めまして、――お兄ちゃんっ。」

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