十六歳のわたし第9話
【注意】
津波による破壊の表現が入ります。
気分を害する恐れのある方は閲覧をお控えくださいますようお願いいたします。
*********
はっ、と目を覚ました。
地鳴りや悲鳴のようなもの。
豪風の音。
「え……」
頰を撫でていく風。
目の前には複数の竜巻。
ガラガラとものすごい音を立てながら、建物が根こそぎ空へと舞い上げられていく。
雷が鳴り響き、カッと光ったら大地をえぐり取る。
新しく、ゴゴゴ、という地鳴りの音。
遠くから黒く大きな壁が押し寄せてきた。
なに、あれ……津波?
「な……っ」
「ティナ、下がれ!」
「お、お父さん!?」
お父さんがわたしの腕を引く。
どうしてここに……いや、それよりも……ここは……これは!?
「?!」
白い……硬い大地?
ほんのりと温もりを感じる。
手で地面を撫でると、くすぐったそうな笑い声が聞こえた。
『うふふふふ。やめてちょうだい、くすぐったいわ』
「クリアレウス様!」
『さあ、身を下げて。ここからもう少し離れるわ。レンゲが黒い炎を使ったの。あの津波はここまで飲み込むわよ』
「え……?」
「ティナ」
とにかく言うことを聞くように、という眼差し。
わたしはただ、その通りにクリアレウス様の体にぴったり身を寄せた。
体が小さな振動を感じる。
でも、音はどんどん大きくなっていく。
ちらりと海の方を見ると、何十メートルかもわからない巨大津波に町……いえ、国だった場所が残らず飲み込まれていった。
言葉が出てこない。
な、なんていう光景なのか。
「……なにが、あったの」
絞り出すようにお父さんに問う。
お父さんも飲み込まれた国を眺めて言葉を失っていた。
わたしが見上げるとはっとしたように我に返り、神妙な面持ちになる。
「お前がいなくなったと聞いて……慌てて探しにきたんだ。お前をさらう理由のある国は多いが、本当に実行するのは一つしかないだろうと思ってな」
「…………」
『そうしたら貴女、本当にこの国に攫われて今にも殺されそうなんだもの。……肝を冷やしたわ。レンゲがまだ、冷静でよかった……』
「あ、あれで冷静か?」
『冷静よ。レンゲは元々理性の強い種族の血を引いているけれど、もしティナリスになにかあれば怒りに任せていたかもしれない。そうなれば人間の大陸は残っていなかったでしょうね』
「「そ、そんなことが……!?」」
思わずお父さんと同じことを聞き返してしまった。
だって人間大陸が!?
どういうことよ!?
『あれを見ればそれが可能とわかるでしょう? あの子の種族は黒い
「っ」
『天災を起こす時、場所と規模しか選べないそうよ。どんな天災が起こり、その場所をどの程度破壊するかはあの子にも決められない。命を奪うことをなによりも嫌うあの子が、この力を使う。この意味を人間たちはしっかり思い知らなければならない。さて、何人生き残るかしらね』
「そんな——」
壊すことしかできない。
レンゲくんが呟いていた、あの言葉の意味。
きっとこういうことなんだ。
なんて……なんでっ。
「!? なんだ!?」
『出てきたようね』
海水に飲み込まれた『エデサ・クーラ』。
その一箇所から、ゴポゴポと泡立ち始めた。
水がドーム状に持ち上がる。
ドーム状の水面から現れたのは……巨大な機械兵士!?
いえ、あれは……。
「え、あれって『エデサ・クーラ』のお城……」
「いや、違う!」
竜巻や雷が止み、国を呑み込んだ波が渦潮を巻く。
その中で、お城のあった場所の波が盛り上がる。
日曜日の朝に子どもが観る番組に出てくるロボみたいなものが……起き上がるように現れた!
な、なによあれ〜!?
『また、ぼくのじゃまをするのかぁ、レンゲェ……!』
しゃ、喋った!?
そのくぐもって響くような声は、フェレス・クーラ……『意思持つ
「あ……」
歪な形のお城。
コードや大きなホースのようなものがびっしり詰まった壁に埋まる、機械の体。
機械兵士や機械人形の開発に特化した錬金術師……。
まさか?
まさかでしょう?
そんなバカな……そこまでする!?
お城を一つ丸ごと、自分の『体』にしたなんて!
『ぼくはこのせかいに、えいえんをもたらすそんざいになるんだ。えいえんのそんざいに、なるんだぁぁ! じゃまをするなあぁ!』
振り上げた巨大な腕。
その腕が掴んだのは空中……?
「レンゲ!」
「お父さん見えるんですか!?」
『……見届けましょう』
「!」
なん、か、急に目が……。
クリアレウス様の魔法?
あ、見える。
すごい、望遠鏡を覗き込んだみたいな魔法ね。
って、感動してる場合じゃないわ!
巨大な腕が捕まえたのはレンゲくんじゃない!?
いつも通りマフラーで顔の半分を覆っている。
でも、目がいつもと違う……なんて、冷たい。
「永遠……ね。なにを言ってもお前の存在は虚無だ。とても虚しい。ここまでなにもないと哀れにさえ感じる。叔父さんを理由に据えたところで、お前のそれは理由であって信念じゃない。どれほどなにかに縋っても、お前が奪った命の数は数え切れない。だから償いも兼ねて、永遠に焼滅しろ。……僕がお前の欲しかった『永遠』をあげるよ」
『ざれごとを! ぼくは“おとうさん”ののぞみをかなえるんだ! えいえんを! そのためにうまれたんだからなぁ! こんなふかんぜんなせかいではなく! だれもしなない、かんぺきなせかい! ぼくが……』
なにを言ってるの?
……『おとうさん』?
——もしかして、ケリア・ヴェルジュ……?
偶然とはいえ、『意思持つ
ケリア様は、姉のアカリ様を救うべく生命薬を作った。
でもアカリ様は、レンゲくんに『命には終わりがあることを教える』と、その薬を拒んだ。
きっとその意味を理解してケリア様は、井戸に生命薬を投げ捨てたのだと思う。
そして『意思持つ
……そうね、そう考えると、ケリア様は『意思持つ
わたしは……ケリア様は、アカリ様の言葉を受けて納得して生命薬を捨てたのだと“勝手に”思っていたけれど……『意思持つ
ケリア様はアカリ様に『拒絶されて』、『絶望して』生命薬を捨てたのだと解釈していたんだとしたら……。
いえ、だとしても……だからって世界を呑み込んでしまえばいいなんて考えは……わたしには理解出来ない。
そんな悲しい世界は、嫌だもの。
錬金術は、魔法の使えない人間が生活を豊かにするために編み出したとある。
その『始まり』と言われるケリア様が、そんな事を望むはずがない!
「————」
……ああ、なるほど。
本当だ。
レンゲくんにの言う通り……なんて虚しい存在なのだろう。
アレは望まれて生まれてきたわけではない。
偶然生まれてきた。
だから、きっと探し続けていたんだ。
自分の生まれた意味を。
そして、盛大に間違えた。
『ぐっ!?』
ボッ、と鈍い音がして、レンゲくんを捕まえていた手が溶ける。
高音で溶けた城の一部。
国を呑み込んだ海の水に流れ落ち、その場で冷やされて固まっていく。
もう片方の腕で、再びレンゲくんを捕らえようとするが、それも一瞬で溶かされた。
視力が魔法で跳ね上がっているとはいえ、なにが起きてそうなっているのかはわからない。
次第に半透明な球体が『意思持つ
あれは恐らく結界だ。
『意思持つ
「…………さようなら」
なぜか口を突いて出た。
別に別れの言葉なんて、わたしとあいつには必要ないはずなのに。
少なくともケリア様がこの場にいたら悲しいと思うだろう。
偶然とはいえ、生み出してしまった者として……。
わたしなら——悲しいから。
「
『っ!?』
「『お前』という『概念』を焼失させる。それで『お前』は二度と生まれない。じゃあね」
『ッア————、ああああぁぁ!』
燃える。
黒い炎がそれを燃やし尽くす。
燃やして、なにもかも、塵も残さず、存在すら残さず……。
あれがレンゲくんの力。
ああ、なんて……なんて辛そうに力を使うんだろう……。
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