十六歳のわたし第8話
『ジェラのくに……じゅれいびとのくにのことか? なんでそんなことをしりたがるの?』
「わたしの、お父さんがその国を守って死んだからよ」
嘘は言っていないわ。
そして、それだけでは多分わたしが珠霊人だとはバレないはず。
睨みつけていると、髑髏のような顔が傾いた。
『…………』
「…………」
まるでわたしを観察するかのような沈黙。
それとも、やっぱり……わたしが珠霊人だということは、バレて……?
『いいだろう、めいどのみやげにおしえてあげる。あのくにで『あかつきのきせき』をとるためだ』
「!」
あかつきのきせき……。
それを聞いた時になにもかもが一つの線で繋がったようだった。
なんでも願いを叶える、奇跡の石。
やはり、こんな悪魔を呼び寄せるほどの、魔石だったんだ。
『あれは、じゅれいびとがかんじょうをたかぶらせないととれなくてね。ごうもんしながら、ゆっくりころさなきゃいけなくてたいへんだったよ』
「…………っ」
『ようへいをやとってたし、とちゅうで『ダ・マール』のきしたちがじゃましてくるし、ほんとうにたいへんなしごとだった。まあ、でもしゅうかくはあった。おかげでかんたんに『
「……………………」
——こいつは、この世界にいていい存在じゃない。
それは、本当に、心の底から、理解した。
恐怖でもなく体が震えて、悲しいわけでもなく涙が溢れる。
歯を食いしばって叫びたい衝動を耐えた。
死んでしまえ、なんて……前世の『お父さん』っぽい人みたいなこと、叫んだらわたしまであいつみたいになる気がして。
本当の『お父さん』と『お母さん』のことを、ほとんど覚えていなかったおかげで、耐え抜けた。
それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。
自分が一秒でも長く生きるために、こいつをわざわざ挑発してはいけないと思った。
余計なことを言ったりしたりすれば、それはこいつに『わたしを殺す正当な理由』を与えてしまうことになる。
だってこいつは『エデサ・クーラ』の女王、フェレス・クーラということになってるんだもの。
だから、ごめんなさい、お父さんお母さん。
あなたたちのために、わたしはこいつを糾弾できない。
でも、あなたたちが助けてくれた命だから……わたしはわたしを守るためにこの方法をとります……!
生きるために……!
『…………。でもきみ、いま『あかつきのきせき』のことをきかなかったね?』
「!」
『……もしかしてしっているの? 『あかつきのきせき』のことを……へえ? だれにきいたんだい? おしえてよ……』
「……っ、レ……レンゲくんが、言ってたのよ……『
『レンゲか……そうか、あいつなら、まあ、そうか。ふーん……』
「…………」
顔が、ちょっと伸びた?
バリアのギリギリに近づいてくる。
銀の髑髏のような顔が気持ち悪い。
顔を背けながら答えた。
レンゲくんの名前に、顔は離れていったけど……近くで見ると髑髏のような顔に直接髪の毛が生えているようで本当に気色が悪いわ……。
『それはそれでおもしろい』
「?」
『ぼくがほろぼしたジェラのくにをまもろうとしたもののむすめ。それが『
「…………」
ええ、そうね。
お前が滅ぼした、わたしの故郷。
お前が殺した、わたしの同族たち。
その生き残りが、わたし。
そんなわたしが『
その通りだわ。
ゆっくり離れていく『意思持つ
この国の女王の体。
元の場所へと、見るからにすごい重量の腕を引きずりながら戻っていく。
ずすず、とあの太いコードの壁の中に足を埋め、腰を埋め、胸まで埋まる。
腕を収め、首から下は飲み込まれるようにまた壁と一体化した。
『きょうみがわいたから、こんやはいっしょにいようね。あした、きみはどんなふうにころされるんだろう。にんげんはころしにかんしてとてもざんこくだから、たのしみだね』
「…………」
顔を背けた。
体は相変わらず動かせないけど、それくらいならできたから。
言っていることが、支離滅裂。
なにが永遠だ。
なにが全てを一つにする、だ。
こいつはやはり滅ぶべきだわ。
「…………」
悔しい。
悔しい。
『
自分が無力なのはいつも、いつも感じてたけど……こんなに無力なのがつらいと感じたのは初めてだ。
『くすくす、くすくす』
わたしが悔しくて泣いているのを、壁の中から眺めて笑い続ける。
こんな醜悪なものが、この世に存在しているという現実が悲しい。
そして、これが多分……きっと『憎い』という感情なんだろうな。
拘束されてから涙も拭えない。
そうして、一晩中観察されて、嗤われた。
きっとこの先もわたしの人生でこんなに虚しい夜はないだろう。
****
翌朝、機械兵士が動き出した。
ああ……そういえばずっと後ろに転がっていたっけ。
扉が開き、壁に埋もれていたフェレス・クーラが『さようなら』と告げる。
こちらこそ清々するわ、二度とお前の顔を見なくて済む。
……そう言い返す元気も、なかったけれど。
「………『壺の中の小人』、お前に一つだけ、言っておくわ」
『……』
にゅう、と顔を出すフェレス・クーラの機械髑髏の顔。
フェレス・クーラ。
彼女も可哀想。
あの脚……残された部分だけ見ると、十四、五歳くらいの少女の脚だった。
わたしと、年が変わらなさそうな。
それを乗っ取ってあんな姿に変えた。
こいつはお綺麗な御託を並べていたけれど、要するに自分さえよければ誰がどうなろうと関係ない。
自分の目的のためなら人間は全て道具のように扱って、そして必要ならいくら殺してもいいと思ってる!
そんなの……。
「お前は、お前がこの世界と一つになれば全ての生き物は『完璧』で『永遠』になる、とか、そう勘違いしてるみたいだけど……それは間違ってる」
『…………』
「だってお前のその考えには……続きがないんだから!」
機械兵士が二体、左右からわたしを覆うバリアへ手を添えて持ち上げる。
『意思持つ
わたしの言葉など聞く価値すらなかったと言わんばかり!
機械兵士に抱えられたわたしは元来た道を戻り、階段を下ると玄関ホールにはレイデンさんがスゴールと一緒に佇んでいた。
今のわたしを見てどう思ったのか、ゆっくり目を逸らす。
まるでわたしを抱える機械兵士達を誘導するように、レイデンさんが進み始める。
長い廊下を進み、あの大きな穴のような門を潜った。
すると、昨日とは別な道に連れて行かれる。
その先にはたくさんの人間が集まった広場。
木で土台が組まれ、わたしはその上に配置された。
一番前には『ダ・マール』の騎士の装いを脱いで『エデサ・クーラ』の軍服を纏ったルゾンさんやギブソンさんたち。
そしてメディルがいた。
メディルはにやりと笑みを浮かべる。
でも、その笑みから視線を逸らすと広場に集まった大勢の人々の憎しみに満ちた眼差しを目の当たりにして、愕然としてしまう。
この国に、こんなに人がいたのか……と思うと同時に、その眼差しは蔑むようなものであり、憎悪を含むものであり、一切の興味を持たないものだった。
ああ、なんだか似ているな。
この感覚、わたし覚えてる。
前世、学生時代……ちょっと浮いていたから、わたし。
『お父さん』っぽい人が病気になった頃から、家の手伝いで友達だと思ってた子たちとも遊べなくなった。
あの頃から浮いた感じになって、孤立して、空気のようになったんだ。
ここまで憎々しいと見られたことはないけれど、その時の感じに似ている。
そう……『異質』なのだ、わたしは。
自分では普通だと思っていたんだけどな。
人から見ると、わたしはどうやら『異質』らしい。
それは生まれ変わった今も同じ、なのね。
それはそうだ。
わたしは『珠霊人』。
あなたたち『人間』とは、違う。
同じだと思ってたけど違うんだ、こんなにも。
——同じだと思ってたのは、わたしだけだったのだ。
「………………」
そうか、わたしもう、人間じゃないんだ。
亜人、なんだもんね。
亜人だって『人』の一種だと思ってたけど……『普通の人』から見ると違うんだな。
普通の人じゃ作れない薬も作れるんだもんね。
わたしはきっとそこをきちんと理解しなきゃいけなかった。
だからバレて、こんなことになったんだろうな。
「それではこれより魔女の処刑を始める!」
「各自石は持ってきたな。では前列から順に投げていけ。しっかり狙えよ」
兵士が二人、前に出てきて民衆に告げる。
このバリアがあるから届かないんじゃ……と思ったけど、メディルがいるんだ。
メディルがこの魔法を解いて、それから石を投げ……石かぁ、石を投げつけられるのは痛いだろうなぁ。
治療薬も持ってきてないから治癒魔法でも、この人数に投げ続けられたら——死ぬ、かな。
「魔女を直に殺す機会をお与えくださった『クーラの神』に感謝を!」
「「「感謝を!」」」
広場の人々が口々に告げる。
渦巻く狂気に、ようやく恐怖が滲んできた。
さっきまでは『意思持つ
機会兵士や人間の兵士が周りを塞いでるから、逃げ場などない。
唯一逃がしてくれそうなのはレイデンさんだけど、わたしの方を見ようともしていないから多分助けてくれはしないだろう。
この人はこの国の国家錬金術師だものね。
変な期待はしてはいけないわ。
……ああ、こんなところで死ぬのなら、やっぱりレンゲくんに告白すればよかったかなぁ。
例え『暁の輝石』を生んでしまうことになっても……。
目を閉じた。
そういえば昔、この世界に生まれたばかりの頃……わたしを拾った盗賊たちを獣たちが襲って、その獣たちと目が合った時もこんな気持ちだっだかもしれない。
あの時よりも悲しみの方が強いけど……『あ、死んだ』というこの感覚。
でもあの時は——。
「メディル、解除を」
「ええ。…………!? なんだいお前!」
「?」
突然、メディルが慌てた声を出す。
いえ、広場中からどよめきが……。
目を開けると薄い暗がりに黒い髪の三つ編みが。
首には真っ白な長いマフラー。
なにこれ、幻覚?
「…………人は忘れる生き物だから、ある程度は許容するんだけど……もう一度思い出してもらうことも、時には必要だろう」
「あ……」
「さて」
「ひゃあ!」
レンゲくんが指先でバリアの帯に触れた瞬間、バリアが壊れる。
浮いた状態だったわたしを抱き留めて、耳元で「ごめんね遅くなって。この国匂いがひどくて鼻が利かなかったんだ」と説明してくれた。
なるほど、確かに煙はもくもく、変な匂いが充満してるものね……いや、そ、そうじゃなくて。
「……レンゲくん……」
「うん」
「…………レンゲくん……っ」
「うん」
冷え切ったものが、ほんのりと暖かくなる感じ。
張り詰めていたものが、緩まり、溶けるような。
なにも考えたくない。
なにも……。
この人に抱き締められていたい。
ただ、それだけでいい。
「…………」
頭を撫でられて、涙が溢れた。
レンゲくん。
レンゲくん……。
頭の中が、この名前でいっぱい。
夢じゃないよね?
夢じゃないよね……!?
安心感から急に眠気が襲ってきた。
あったかくて……心地よくて……。
これがレンゲくんの睡眠魔法だとは気づかないまま、その心地よさに身を委ねる。
だって、とても……とても、眠いんだもの……。
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