ムスメとムスコの父子関係 第2話
「はあ、はあ……」
「あ、よかったんだもんな! ナコナちゃん、無事だったんだもんよ!」
「ねえ、外の様子は!? まだ作業してる人がいるみたいなんだ。僕ら迎えに行きたいんだけど!? あと、敵が『エデサ・クーラ』の軍なら僕らも戦うよ! これでも『ダ・マール』の騎士だしね」
「俺たちにも手伝えることある!?」
「戦うんなら手を貸すよ!」
城の中に入ると、扉は堅く閉ざされた。
レヴィレウスとジリルさん、ミラージェさんの顔は青い。
あたしは最後に目にした光景が衝撃的で、きつく拳を握り締めた。
『エデサ・クーラ』の奴らが魔物を悪用する可能性は、聞いたことあるけど……まさか、まさか本当にやるなんて誰が思うのよ?
ギャガさんたちの護衛役として、ギャガさんたち一行の避難を優先させたリスたち『ダ・マール』の騎士たち。
従業員さんたちに声がけして、一緒に避難させていたアーロンたち。
恐る恐る振り返ると、あたしの知り合いはみんな無事のようだ。
でも……。
「あ、あいつら……魔物を……」
「え?」
「まさか!?」
不思議そうなアーロンたちとは違い、リスたち『ダ・マール』の騎士は『カラルス平原』のことを知っている。
だからあたしの呟きだけで事態を察したんだろう。
険しい顔を見合わせてから、悔しそうに俯く。
「……っ、……とにかく状況と戦力を確認して整理しよう。イギレ、部隊のメンバーは何人城にいる? あと、冒険者や戦闘経験のある者の確認を頼むよ。幻獣の人たちは当然頭数に入れていいんでしょ?」
「フン、生意気なニンゲンだな。……当たり前だ。こんな失態、レンゲ様に知られたら叱られる!」
「ねえ、レヴィレウス様、意地張らずに連絡して、聖女ちゃんに帰ってきてもらった方がいいんじゃなーぁいン?」
「ダ、ダメだ!」
「なんでよ!?」
思わず大声で聞いてしまった。
だって、目の前で人が魔物になったのよ!?
リスはすぐに部下へ指示を出し、城の中や外の状況の確認をしている。
でも、少なくとも外は魔物が殺されたことで散布されてしまった『
それを浄化できるのはティナだけ——!
ジリルさんの言う通り、意地なんて張ってる場合なんかじゃない!
「以前、母上に言われたことがある! 聖女が生まれ、『
「!」
「オ、オレ様たちは聖女を守る者だ! だから、多分、えーと、この場合は、聖女に頼るところ、ではないと思う! なんとなく!」
「な、なんとなくってん……」
顔を見合わせるジリルさんとミラージェさん。
その表情は『なに言ってんだこいつ』。
でも、あたしはハッとした。
あたしもみんなと同じように『
でも、それっておかしいわよね。
全部全部、ティナに押し付けてるみたいじゃない?
あの子は毎日頑張ってるのに?
会える時に、具合が悪いお世話になった人へ会いに行くのもダメなの?
そんなの、それは、違う!
ティナは普通の子だもん。
自由に行きたいところへ行ってもいいはずじゃない!
それをあたしたちの都合でココへ縛り付けるのは、間違ってる!
「そうだね」
「ええ!? ナコナ!? なに言ってんの! あたしたちじゃどーしょもないんでしょ!? 外は『
「でも、あの子に頼りきりじゃダメなんだよ!」
ミーナが肩を揺すってきた。
言いたいことはわかるし、もっともだと思う。
でも——。
「レヴィレウス様の言う通りですね。聖女一人に全てを背負わせる形は危険でしょう」
「シ、シリウス」
「レディ・ティナリスが戻られるまでここを守ればいいのです。なんとなく帰った彼女に文句言われそうですが、幸いにデイシュメールは元々が要塞。籠城にはもってこいの場所です。ま、数時間程度なんとかなるでしょう」
「簡単に言うな〜。……でもさ、大丈夫なの? 外は『
うっ、リスの言うことは確かにあたしもちょっと心配だった。
でも、そこはジリルさんが「あらン、あたくしたちの結界が信用できないのかしらン」と胸を張る。
で、でかい。
いや、違う。
そうか、デイシュメール城にはジリルさんたちが結界を張っているから『
「つまり、この城の中は安全ってことだな!」
「そうよん、冒険者の坊やん。壁に穴が開けられたとしても結界に穴が開かなきゃ『
「でもン、壁の穴から魔物が入ってきたらそれは結界でもどーにもできないわよン。魔物は物理だからン」
……ど、どういうことなの……。
「壁はまだ破壊されておらんようだし、物理結界も張っておけば数時間はしのげるだろう」
「そうねん。……でも、本当にいいのかしらん……? 聖女ちゃん、お知らせしなくて拗ねたりしないん?」
「それは、まあ、拗ねそうだけど……久しぶりの外出の邪魔はちょっとしたくないよね」
人差し指を頰にあてがい、首を傾げるミラージェさん。
おっぱい大きいし色っぽいのに、そういう仕草はなんか可愛いとかずるくない?
あーあ、あたしもあのぐらいおっぱい大きければいいのになー。
いや、仕事の時邪魔そうだし動きづらそうだからこのぐらいでいいや。
「うふふ。優しいお姉ちゃんねン。好きよ、そういうの」
「あ、ありがと」
頭を撫でてきたのはジリルさん。
くっ、ジリルさんもおっぱい大きい!
テキダワ……。
「そっか、ティナリスちゃんはずっとデイシュメールで浄化のお仕事をしてたんだもんな……。城壁の外に出たりはできるけど……毎日魔物との戦いじゃあそりゃかわいそうなんだもんよ!」
「そうだね。たまの休みってことなら確かに邪魔はできないよ! うん! あたしもナコナに賛成だよ!」
「ありがとうギャガさん、ジーナ!」
「よーし! じゃあ……なにすればいいのかな?」
「ちょっと待ってよ、今色々確認してるから」
アーロンと、ちょっと仕方なさそうにだけどリスも賛成してくれた。
よーし、じゃあティナの外出時間くらいあたしが姉として! しっかり留守を守ってやろうじゃない!
……あれ、そういえば……。
「大変です、リステイン隊長! 怪我人がいました!」
「!?」
階段の上から赤い鎧の騎士が叫ぶ。
焦った表情で降りてきて、二階の右扉を指差した。
怪我人……!
「裏口の方から逃げてきた従業員が、地下から現れた魔物に足を喰われて……!」
「っ……、太陽のエルフがいたよね? 治癒魔法を頼めない? つーかあの亜人冒険者たちどこ行った? まさか外にいるんじゃないよね。……ギャガさん、治療薬手元にない?」
「えーと……」
「あ、あります! ちょうど整理をしていて……二年くらい前の在庫なんだけど……」
ドレークさんが持ってきたのはティナ印の『上級治療薬プラス5』。
リスはそれに首を傾げつつ、あるだけ持って「とにかく止血しよう」とその騎士に案内を頼む。
更にアーロンたちにも「悪いんだけど、君らにも情報収集頼みたいんだけど」と言ってきた。
それならあたしも手伝おう。
「なら、手分けして城の中に何人避難できてるか、いない人とか調べよう。シィダたちを見つけたらとりあえず医務室に来るよう伝えて! リス、あんたはその怪我人の止血が終わったら医務室に運んであげてね」
「了解。でも、医務室ってどこ?」
「あ、そっか。じゃああたしが一緒に行くよ。レヴィレウスたちはその、物理結界? ってやつをお願い!」
「任されたのだわン」
「ええ、いいわよん」
こうしてみんなで城の中に逃げ込めた人、逃げ込めなかった人の確認を始めた。
城の中に逃げられた人の中で、万が一の時戦える人も確保しておかなければならない。
調べてわかったが、裏手の方では地下からモグラの魔物が現れ、何人かが襲われていた。
それなりに凶悪な魔物らしく、一人足を食いちぎられてしまった人が出てしまったようだ。
騎士たちの応急処置で、止血は行われていたが膝から下がない。
ティナの『
医務室に運ばれてきた怪我人は、ベッドに横たえられるとぜいぜいと激しく息を吐き、泣きじゃくりながら「あしが、あしが」と繰り返す。
気絶してもおかしくない怪我だ。
……苦痛で呻く人を見ると、さっきのあたしはちょっとどうかしてた気がしてきた。
やっぱりティナに連絡して、帰ってきてもらった方がいい。
このままじゃこの人、死んじゃうかも……。
「さすがティナリス! 造血薬や麻酔薬、万能回復薬まで揃ってる! ドレークさん、例の上級治療薬……えーとプラス5? とりあえずそれ、彼に飲ませて!」
「ああ! ほら、治療薬だ」
「うっ、ぐっ……ううっ!」
リスの指示でドレークさんが蓋を開け、足をなくした怪我人へ治療薬を飲ませる。
仲間らしい男の人も数人、入り口で様子を伺う。
意識があったおかげで治療薬はぐいぐいと飲んでくれるけど……上級治療薬でも欠損部位は治らない。
とりあえず止血は終わってるし、傷口はこれで塞がるはずだからあとは造血薬を飲ませて安静にさせるしかないわね。
「え?」
「あ……?」
「⁉︎」
そう思って包帯とお湯、消毒液を用意していたら、怪我人の足が光に包まれながら生えていく。
リスもドレークさんも、あたしも、入り口の男たちも医務室に彼を運んだ騎士たちも目撃した。
破れたズボンから、綺麗な足が指を動かす。
今の今まで泣きじゃくっていた怪我人が、生えてきた足を見てぽかんとしている。
あたしたちもだ。
「え? え? ……え? ちょ、ちょっと待ってよ……? そ、それ上級治療薬だよね? 万能治療薬じゃないよね!?」
「あ、ああ! 鑑定しても、間違いなく上級治療薬だ! ……効果プラス5、にはなってるけど……」
「た、確かに……。……でも、欠損部位が再生した……まさか、治癒効果プラス5で万能治療薬級の効果になる……? いや、でも、う、うん、そうとしか……」
ドレークさんの手から在庫四本をそれぞれ手にしつつ、鑑定していくリス。
あたしも、大した鑑定魔法は使えないけど確認した。
う、うん、間違いなく『上級治療薬』になってる。
それなのに欠損部位が再生……。
ティ、ティナのやつ、またとんでもないものを〜!
「な、治った? 俺の足……薬で……?」
「あ、ああ、ああ! 治ったな! さすがティナリスちゃん製の薬だ!」
「ティナ、リス……聖女様の……?」
「ああ、これはティナリスちゃんが作った治療薬だ! あんた運がいいぜ! これは二年前、ティナリスちゃんが作った薬だったんだ! すげえ! すげえよティナリスちゃん! 万能治療薬級のモン作ったんだ!」
「聖女様が……! 聖女様が作った薬だったんですか! あ、あ、あああ……! 聖女様! 聖女様……!」
「お、おおお! 聖女様のお薬! す、すげー!」
「さすが聖女様だ!」
最初こそ信じられない光景に、どこかぼんやりしていた面々も、ドレークさんの言葉をきっかけに両手を挙げて「聖女様万歳!」と騒ぎ出す。
リスの部下の騎士たちもだ。
頭を抱えたい気持ちにもなったけど、これは無理ないわ。
「あーもーはいはい! すごいけど、他にも何人か怪我人はいたんだろう!? 医務室にある治療薬をその怪我人たちへ運んでやるよ! 歩けない人にはもったいないけど、このプラス5の上級治療薬を半分くらい飲ませよう。ほらみんなお仕事お仕事!」
「は、はい!」
リスが手を叩いて騎士たちに指示を飛ばす。
あ、あたしも手伝わないとね……。
「……ありがとうございます、聖女様……!」
「…………」
手を組み、ベッドの上の男は感謝を捧げていた。
神ではなく、ティナに。
それを見た時、なんとなく……今更ながらあの子は本当に『選ばれた人間』なんだな、と思った。
「…………」
あたしはそれを誇らなければ。
うん、そうだよね。
例えいろんな人が、大勢あんたを『聖女』と崇めてもあたしはあたし、あんたはあんた。
ずっと可愛いいもうと!
大事な家族!
伯父さんが命を懸けて守った……うん、大丈夫、忘れてない。
「ねえ、それ」
「は、はい?」
「あの子が帰ってきたら、直接言いなさいよね」
満面の笑みで言ってやる。
すると男も、先程泣きじゃくっていた男と同一人物とは思えない笑みで「はい!」と答えた。
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