十歳のわたし第6話



 まあ、そんな話をしてる間に亜人の冒険者たちとミハエルさんがキャンプしていたところにたどり着く。

 リホデ湖へ通じる小さな川の一つのほとり

 人がテントを張れるスペースに、四人はいた。


「…………」


 お、おお〜!

 ほんとだ、亜人の人だ!

 初めて見た〜!


「ミハエル!」

「クノン!」


 …………え?


「遅くなってすまない!」

「遅くなんてないよ。……君が無事ならそれでいい」

「ミハエル……」


 …………え? お? え?


「え? あ、あの?」


 そこそこの重装備だと思うのだが、クノンさんがテントの前にいた赤い鎧の騎士を見るなり駆け出した。

 周囲を警戒し、寡黙な感じの彼女が兜を外して乙女の顔で……。

 彼の下まで行くとお互いに抱き締めあい、そして手を握り合い、見つめ合う。

 まさかと思って弟さんのベクター氏を振り返ると、にっこり微笑まれる。


「うん、姉の婚約者だよ、ミハエル先輩は」

「え、ええ……き、騎士団違うんじゃ……」

「『色』は違うけど同じ『ダ・マール』の騎士だからね?」

「へ、へえ〜……」


 青の騎士団と赤の騎士団は仲があまりよくないと思っていた。

 同じ重装備兵同士通じるものでもあるのかな?

 まあ、でも……『色』が違っても結ばれる……っていう姿を見るとほっこりするな。


「こほん!」

「「ハッ!」」


 リコさんの咳払いで仕事を思い出したイチャコラカップルさん。

 微笑ましいけど、そうね……今めちゃくちゃ仕事中よね……。

 わたしたちだけでなく亜人の方々もシラーっとした眼差し。

 ……そうか、わたしたちのところへクノンさんが来る前はカップルと一緒に仲間探ししてたんだもんね……この二人がイチャイチャするのを、彼らも嫌ってほど見てたんだろう。

 じょ、上司がいないからってあんたら……!!


「も、申し訳ありません、団長!」

「いや、いい。それよりも亜人の冒険者たち、君たちの事情はクノンから聞いた。それで、提案なのだが……」


 リコさんが立ち所に空気を『ピシ!』っと締める。

 そして亜人の三人に、わたしが最後の仲間探しを手伝う旨やどんな風に捜索するかなどを説明していく。

 ふむふむと聞いていたのはエルフ耳の少年と褐色の少年。

 コボルトの少年はわたしから見てもわかるくらい嫌そうな顔をしてる。


「ティナリスだ。行く予定だった宿屋の息女で、錬金薬師でもある。案内を申し出てくれたので同行してもらう」

「あ、初めまして」


 その流れでわたしのことが彼らに紹介された。

 頭を下げて挨拶をすると、一人が「ティナリス?」と声をかけてきたので、顔を上げる。


「え? はい?」

「ほう、ではお前があのクソジジイがべた褒めしていた才女か。ふむふむ、確かに悪くはないが……いやいや、まだまだ胸も尻もぺったんこではないか。幾つだ? お前」

「は、は?」


 …………な……なに言ってんのこいつ。

 なんか失礼なこと言い出したのはエルフ耳の少年だ。

 眼鏡をかけて、髪は緑がかった金髪、瞳は緑。

 裾が長くすぎて地面についているジャケット。

 袖も指先が少し見える程度……サイズが合ってないわよ、そのジャケット。

 そしてズボンは一定間隔に縫い目がある、不思議な形。

 片手には上半身隠れそうな大きな本。


「ああ、自己紹介が遅れたな。オレの名はシィダ。フォレストリア皇国の第三十七皇子。母が第十九姫、父親がハーフエルフの為皇位継承権はない。ここまで言えばオレが誰なのかはなんとなく察しがつくのではないか? 父が才女と認めるんだ、わかるだろう? なあ?」

「…………ま、まさかシリウスさんの……」

「ははははぁ! 当たりだ!」

「……………………」


 あ…………あの父親にしてこの子どもあり!

 え? でも待って。

 シリウスさんなら今でもたまーに泊まりに来るけど……。


「え、ええと、確か五十歳は過ぎているって聞いたような……?」


 皇子ってところも気になったけど、それよりも目の前の少年はわたしよりも少し幼く見える。

 いや、まあ、服のサイズは立派だけど?

 不遜な態度はともかく、見るからに七歳か八歳くらいのような……。


「今年で六十一だ。……なぁに、エルフ族からすればまだまだ若輩者よ」

「…………」


 マ、マジか。

 …………。

 いや、まあなんにしてもシリウスさんのご子息の嫁入りはこの瞬間に『ない』な。

 ごめんなさいシリウスさん、丁重にお断りします、ガチで。


「えーと、じゃあおれっちも自己紹介するな! おれっちはドワーフ族のレド! 得意なのは色々作ること! よろしくなティナリス!」

「そしてそこでぷんむくれて拗ねている犬はコボルト族のスエアロだ。ナリはデカイがオレたちの中では最もガキで十三歳」

「うん、おれっちはこう見えて二十八歳!」

「ドワーフ族にしてはガキだな!」

「まあ、成人してるのシィダだけだよなー!」

「「あははははははは!」」


 ……うん、なるほど。

 人の話を割と聞かないタイプだな、コイツら。

 えーと、エルフ耳の尊大な態度がシィダさん。

 緑のオーバーオールがドワーフのレドさん。

 唯一まともな冒険者服の装備がコボルトのスエアロさん、ね。


「よろしくお願いします」

「ふん」


 頭を改めて下げるとスエアロさんは盛大に顔を背ける。

 うむむ、面倒くさそう。

 つーか思いの外面倒くさいのしかいないわよこの亜人のパーティー。


「捜索方法に関してなにか異論や疑問はありだろうか?」

「オレはないな。オレの探索魔法やスエアロの鼻が利かんとなると人海戦術しかあるまい」

「……けどさけどさー、シィダの魔法が使えないのは思いもよらなかったなー」

「オレもだ! 人間大陸ってのは『原始魔力エアー』の純度が低いと聞いていたが、よもや広範囲系が全滅とはな!」

「魔法……」


 そうか、亜人大陸は人間大陸よりも『原始魔力エアー』の純度が高いんだっけ。

 シリウスさんが言ってた。

 人間大陸は信仰する神をたくさん作ったから『原始魔力エアー』が澱んだって。

 ……魔法に影響が出るのね。


「あの、でもスエアロさんの鼻が利かないというのは……?」


 スエアロさんはコボルトさん。

 コボルトは犬の獣人のこと。

 因みに猫の獣人はネコボルト。

 ウサギの獣人はラビボルトというらしい。

 あとさらに言うと犬のコボルトも本来はイヌボルトと呼ぶそうだ。

 大型肉食系の獣人以外をそう呼ぶらしいのだが、正直違いはわたしにはよくわからない。

 中間の生き物とかどう呼ぶのかしら?

 ……まあ、そんな感じよ……前世の世界の『コボルト』とは、なんか違うのよ……。

 じゃなくて、そんなコボルトの中でもイヌボルトは勇敢で鼻がいいことで有名。

 スエアロさんの鼻があれば……そうね、いなくなった仲間の匂いを辿ればよかったのよね?

 あれ? なんで見つかってないの?


「ふむ、それがクウラは匂いがないらしい」

「は、は? 匂いがない?」

「普通の鳥族バードルトじゃないからかな? 空気と同じ匂いなんだってさー!」

「く、空気と同じ……?」


 ますますわけがわからないわね?

 というか、普通の鳥族じゃないってなによ。

 どうやって見つけたらいいの?


「ちなみに、いなくなったお仲間の特徴は? 鳥族以外にも、着ていた服の色や髪の色、翼の色など詳しく聞いておきたいのだが」

「いいよ。あのなー、クウラの翼は白! で、髪が雲みたいな青で目も青で服も雲みたいなんだ。あと頭の上に輪っかが浮いてる」

「…………」


 ガウェインさん、レドさんに質問したのはあなたでしょう……固まらないでくださいよ……!

 いや、まあ、気持ちはわかるものすごく。

 あ、頭に、え? 輪っかって言った? はあ?

 翼と服は白、髪と目は青、で、頭に輪っか……。

 シンプルなのにものすごい特徴が一つあるわね。


「えーと、あの、リコさん……鳥族って頭に輪っかなんてあるんですか?」

「私が亜人大陸で出会った鳥族にはない特徴だ」

「奇妙なやつなんだ。どこから来たのかも覚えていないらしくてな。特徴が鳥族に似ている以外、名前しか覚えていなかった。妙な奴よ」

「ええ? 記憶喪失ということですか? ……フォレストリア皇国の皇子がそんな怪しげなものを同行者に入れるとは……」

「ははははは! 下心に決まっているだろう! なかなかに見目の良い可愛い系だったからつまみ食いでもさせてもらおうと思ったら口調からして男だったのでやめただけだ!」

「……………………」


 ……シィダさんも結構幼くて可愛い系に区分されると思うんだけど、とりあえず最低だということは把握したわ。

 エルフって見た目で判断しちゃいけないのね、ものすごく。

 兜の下のリコさんの表情も今のわたしと同じ感じになっている気配を感じる。


「よ、よし、ともかくその特徴の者を探すぞ。二人一組で五メートル四方を探しながらまず直進。ティナリスの指示でUターンする形で宿の方へ戻る。昼食後、この森の北東部を同じ方法で捜索する」

「了解」


 騎士たちが仕事の顔になり、わたしとリコさんを中心に二人一組にして四方にばらける。

 わたしが守られてるみたいだけど、わたしは森の中を案内する『軸』。

 ワルプルギス香草は見つかればラッキー、というものなので、まずはそのクウラという鳥のコボルトを探そう。

 声を出してクウラさんというお仲間を呼ぶのだが、反応はない。

 魔物にやられたり、事故に遭っていなければいいんだけど……。


「クウラさーん」

「クウラー」

「クウラさーん」


 みんなが名前を呼ぶ。

 険しい森の中を進むが、生い茂る草や蔓に足を取られそうになるばかりであまり探索に集中できない。

 くっ、もう少し体が大きくなれば膝丈の雑草に転けそうになることもないのに!


「…………! なんか聴こえる!」

「なに? クウラか?」

「待って、静かに!」


 垂れ耳を持ち上げて前方左側のスエアロさんとシィダさんが立ち止まる。

 その声にわたしは後方の騎士先輩後輩コンビに手を振ったりジャンプして合図した。

 リコさんが停止のサインをすると、四人は声を出すのをやめて耳を澄ませる。

 前方右側のレドさんとリスさんも立ち止まってスエアロさんたちの方へと近づく。


「…………、これは、悲鳴だ。近づいてくる」

「悲鳴だと?」

「う、うん。悲鳴と………なにか悪いものの気配!」

「む! 下がるぞスエアロ! 『原始罪カスラ』の気配だ!」

「!」

「!?」


 シィダさんが大きな本を開く。

 レドさんは弓矢を構えると草の中へ潜るように隠れ、スエアロさんは腰の剣を抜く。

 その姿にリスさんも腕の『原始魔力銃エアー・ガン』を構え、リコさんも前衛四人をすぐに私たちより前に出す。

 足場の悪い森の中。

 空気は一変した。


「あ、あの、まさか」

「恐らくそのまさかだ。……亜人族は我々以上に魔物の存在に敏感。ティナリスはわたしから離れるな」

「は、はい」


 どんな魔物かわからないから、わたしはポシェットの蓋を外しておく。

 上級治療薬や解毒薬、その他の異常状態も回復させる回復薬も持ってきてある。

 戦いには参加できないけど、手助けくらいなら……。


「! いかん! 回り込まれた! 後ろだ司令官!」

「!?」


 ガササ。

 と不穏な音を真後ろに感じたわたしが見たのは右側へと吹き飛ばされる黒い塊。

 シィダさんが本を光らせると、わたしの目の前で爆発が起きる。

 ……これ、魔法?

 ううん、それよりも……!


「リコさん!?」

「問題ない! くっ!」


 飛ばされたのはリコさん、だが……鎧の左側は皹が入って砕けている。

 なんて威力……!

 こんなことができるのは魔物だ。

 でも、わたしは姿が見えなかった。

 草の中にまた身を潜めたに違いない。

 ……や、やだ、どうしよう……わたしには見ることも叶わなかった魔物が辺りにいるなんて……!


「団長、我々の後ろへ!」

「くそ、今のは一体……」


 重装備のクノンさんがわたしの前に回り込み、後ろにミハエルさんが盾を構えてくれた。

 すぐにリコさんが立ち上がって二人の後ろ、わたしの隣へと戻ってくる。

 がさ、がささ、となにかが草の中を動く気配。

 昼間でも薄暗い森の中はより張りつめるような緊張感に包まれる。


「リコさん、治療薬を……」

「まだだ」

「で、でも」

「怪我は軽い。今は、魔物の位置を特定し討伐する! それは元々の任務」


 リコさん……。

 ……っ、ああ……わたし、守られるばかりでなにもできないの?

 魔物……そうだ、わたしにも魔物を探すくらい……!


「……………………」


 がささ、がささ……。

 うん、いる、近くに。

 動きがリコさんと出会った時の魔物に似ている気がする。

 草の中を移動してもよくわからないところを見ると、例の……大蛇の魔物が復活したのかもしれない。

 いや、でも、リコさんは“吹き飛ばされた”。

 大蛇の魔物は自分の武器が『毒牙』であることをわかっている。

 人が多いから警戒してるのかしら。


「スエアロ、クウラの姿は?」

「数メートル先で悲鳴が止まってる。確認に行きたいけど……無理だ! 囲まれてる!」

「ふむ……」

「囲まれている? どういうことですか!?」


 ベクターさんがシィダさんとスエアロさんへ叫ぶ。

 わたしたちは、それなりに近くへ固まりつつあるけれどそれでも騎士たちは陣形を組んでいる。

 剣を構えたままスエアロさんたちも動かない。

 ……割と距離があるように思うけど……それでも“囲まれている”?


「我々は今、巨大な『原始罪カスラ』に囲まれている。……恐ろしいな人の大陸よ。……貴様らはこれほどの『原始罪カスラ』を蓄えていたというのか……」

「シィダ、種類は!?」

「うむ! 分別は『魔物』、危険度は『A』! 種類は『センティピート』……つまりムカデだ!」


 ム……ッ!


「ついでに地下にもいるぞ! こっちも分別『魔物』、危険度は『B』! 種類は『アースワーム』……ミミズ!」

「二匹!」

「ど、同時だと……っ」

「ははははぁ! 獲物が多いからなぁ、こちらは! 獲物の奪い合いというわけだ」

「わ、笑いごとかよ!」


 ガウェインさんとベクターさんがここからでも苦虫を噛んだ顔なのがわかる。

 スエアロさんの言う通り、シィダさんは笑ってる場合じゃないわ。

 ……魔物の種類まで特定するなんてすごいけど……それも魔法なのかしら。

 どちらにしても二匹同時……片方は地中。

 ……冗談抜きでヤバいんじゃないの、これ!?


「同士討ちとかしてくれないんでしょうか」

「せんな! 魔物は『生き物』にしか興味を示さん。だが、少々デカすぎやしないか? 人間大陸の魔物はみんなこの大きさなのか? ……む? いや、待て、奴ら動きが……」


 シィダさんよく喋るなこんな状況で……。

 ベクターさんの小言をダシにして目一杯喋りたいだけ喋ってない?

 と、あまりの緊張感のなさに少し睨みつけたくなる。

 でも魔物の動きがおかしいらしい。

 先程までの不遜な笑みは、少し焦ったように顰められた。


「……おい、騎士ども……東になにかあるのか? 人の集まるような町や村、施設かなにか……」

「え? ええ、東方向にはロフォーラの麓で旅人をもてなす宿が……」

「宿だと……!? しまった! オレたちが引き寄せてしまったか!? 司令官、すぐに宿屋へ案内しろ! クウラのことは後回しだ! 奴らは人の多いところへ向かう習性がある!」

「っ! 全員宿へ急行! ベクター、ガウェイン、リス! 先行しろ! なんとしても宿屋に泊まる客たちへ危険を知らせるのだ!」

「!!」

「了解!」


 わたしが……状況を正しく理解する頃、すでに三人の騎士たちは駆け出していた。

 体が震える。

 待って。

 待って、待ってよ……。

 今、なんて言ってたの……?


“人の多いところへ向かう習性がある”ですって?


「リ、リコさん……っ!」

「我々も急いで戻るぞ」

「はい!」

「了解!」

「シィダ殿、レド殿、スエアロ殿、すまないがこの子を頼む!」

「む……」

「待ってくださいリコさん! わたしも——」

「ダメだ! 彼らと待っていろ!」


 先行した三人の後を追う重装備のリコさんたち。

 わたしも行く。

『ロフォーラのやどり木』に戻る!

 だって、魔物たちは宿へと向かった。

 宿にいる人たちを襲うためだ!

 そんなの!


「……っ」


 ……そんなの、でも……っ、わたしになにができるのよ?

 わたしは戦闘能力ゼロの、ただの十歳の小娘。

 ううん、成人してても戦い方も知らない。

 わたしが行っても邪魔になるだけ。


 でも、でも……っ。



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