第3話 『金を稼ぐよりも研究に情熱を燃やす』

 

 Dランクの昇格試験当日。


 指定の時間の前にギルドで指定された待ち合わせ場所に到着すると既に複数の人間が集っていた。


 Dランク昇格試験と言っても俺個人のために試験を開催するわけではなく、複数の受験者を対象とした試験だ。


 だから、ここに集っているのは試験官を含めたDランク試験を受ける俺と同じ現Eランクの冒険者達。


「集ったようだな」


 そして俺が到着すると同時に試験官と思わしき人物が発言を始める。


 早めに到着したつもりだったが俺が最後だったらしい。


「さて。私が今回のDランク昇格試験の試験官を務めるヨハン=クライマイアだ。今回の試験の内容は1週間の遠征となる」


 Dランク冒険者として1週間程度の依頼期間は珍しいことではない。


 それに適応出来る実力があるかどうかを審査する試験ということだろう。


 試験の内容としては特に何をしろという訳でもなく1週間を無事に過ごせれば合格となるのだが、勿論試験中の態度によっては無事に1週間を過ごしても不合格になる。


 今回、試験を受けるのは俺を含めて5名。


「アラドだ」


「……ニーダ」


「セリオンです」


「ラミニアですわ」


「……ニコラスだ」


 一応、名前だけで自己紹介するが、これから1週間を一緒に過ごすことになる訳だから直ぐに名前以外のことも分かるようになるだろう。


「それでは出発するぞ!」


 そうして試験官の掛け声と共に試験は開始された。






 今回の試験では当然のように馬車のような乗り物は用意されておらず全員が徒歩で歩き始める。


 とは言っても俺は例の【推進力場フォース・ドライブ】の応用であるスケートの如く地面を滑る方法で楽しているが。


 更に上空には【監視魔法サテライト】を浮かべて周囲の状況を監視している。


「……それ魔法か?」


 そんな俺に真っ先に声を掛けてきたのはアラドと名乗っていた赤髪赤目の少年。恐らく俺より1つか2つ歳上だと思うが、身長はそれほど変わりないので同い年くらいに見える。


「登録の時は魔法(仮)って自己紹介したけどな」


「ぶははっ! なんだ、そりゃ?」


 外見はちょっとヤンチャそうと思ったが、その外見に相違なく好奇心旺盛で短慮な少年だった。


「誰にも教わらず魔法を習得したんだが、世間一般の魔法とか違うみたいだから。だから自己紹介の時は魔法(仮)ってことにしてる」


「へぇ~。それって楽なのか?」


「慣れれば普通に歩くよりも楽になる……こともある」


「なんだ、そりゃ?」


「見ての通り滑るのにコツがいるからな。慣れない内は歩いた方が楽だし、慣れていても疲れることに変わりはない」


「ははっ。そらそうだ」


 とりあえず試験を受けるメンバーの内、最初に打ち解けたのはアラドだった。


「あなた達、お喋りも結構ですが周囲の警戒も忘れないでくださいませ」


 そんな俺達に注意を促したのはラミニアと名乗っていた少女。


 喋り方は貴族のようにも思えるが、格好は全く貴族らしくない。


 青色の髪と緑の瞳で、身長も低ければスタイルも貧弱。


 おまけに格好は皮製の鎧を着込んでいる。


 唯一武器だけはレイピアと貴族っぽかったが、それ以外は普通の冒険者だった。


「うっせぇなぁ。わ~ってるよ」


「今回の試験は連帯責任なのですから、余り不真面目な態度は感心しませんわ」


《マスター。10時の方角から接近警報です》


 唐突に始まった2人の言い合いを眺めているとコンから警報を報告された。


(詳細は?)


 コンとは声に出さなくても意思疎通出来るので、頭の中で考えて尋ねる。


《距離凡そ500、対象は約10体、恐らく狼系の魔物だと思われます》


「向こうの方角から魔物が近づいてくる。狼系の魔物10体だ」


「何ぃっ!」


「本当ですのっ?」


 俺が全員に警告を出すと、真っ先に言い争っていた2人が驚いて確認してくる。


「自慢じゃないが索敵範囲は広いと自負している。そして索敵精度にも自信がある」


「……各自警戒!」


 俺のことを少しは知っていたのか試験官が各員に警戒を促した。


 そうして待つこと数分。


「……来たっ!」


「本当に狼が10匹だ」


 俺の宣言通り10時方向から10体の狼系の魔物が接近してきた。


 フォーメーションとしては盾持ちのセリオンを中心に、剣持ちのアラドとラミニアをサイドに、そして神官と思わしきニーダが後方で援護するのが良いだろう。


(遠距離攻撃持ちがいないが、ここは俺が担当することになりそうだな)


 だが即席パーティの為か想定していたフォーメーションは組まれずに各々がバラバラのまま狼を待ち受けようとしている。


(そういやリーダーとか決めていなかったか)


 このままでも狼くらいなら負けないと思うが――これは試験だからな。


「盾持ちのセリオンを中心に陣形を組むぞ! アラドはセリオンの右に、ラミニアはセリオンの左に回れ! ニーダは後方で援護だ!」


「わ、わかった」


「おう!」


「お任せください!」


「……了解」


 とりあえず俺が即席のリーダーとして指示を出し、4人も不満のないフォーメーションだったのか素直に従ってくれた。


「遠距離攻撃で最初に2~3匹沈めるぞ!」


 更に俺も【魔戦輪リング・スラッシャー】を出して狼が接近してくる前に数を減らすべく攻撃を開始する。


「ギャンッ!」


「キャゥンッ!」


 狙い通り2つの【魔戦輪リング・スラッシャー】が2匹の狼を切り裂いて絶命させる。


 ぶっちゃけ俺1人でも全滅させられるが後は他の4人に任せる。


「ナイス! 後は俺達に任せろっ!」


「来ますっ!」


 アラドの嬉々とした発言をセリオンの叫びが遮る。


 そして戦闘が開始された。






 セリオンが押さえて、側面からアラドとラミニアが攻撃、怪我をすればニーダが回復するという陣形は今のところ上手く作用している。


「アラドは前に出過ぎだ! セリオンの位置まで後退しろ! ニーダは今の内にラミニアを回復!」


 上空の【監視魔法サテライト】から送られてくる映像を頼りに俺は指示を更新していく。


 そして偶に攻撃して狼の数を減らす。


 結果として15分ほどの戦闘時間を経て狼は全滅した。






「お疲れ。負傷者がいたらニーダに頼んで治療を受けてくれ」


「おう。楽勝だったぜ!」


「ふふん。当然ですわ」


 戦闘終了後、労う俺に対して元気に返事を返してきたのはアラドとラミニアだけだった。


 セリオンとニーダは戦闘時の疲労というより緊張で疲労したのか肩で息をしているような状態だ。


「試験官、少し休憩を入れた方が良いと思うが構わないか?」


「……許可しよう」


 元々狼の処理などがあるから暫くはこの場に留まることになるだろうが、その前に2人を休ませた方が良いと思って提案してみた。


「なんというか本当に優秀だな。私が必要なのかどうか疑問に思える指揮だったぞ」


「……ども」


 ぶっちゃけ【監視魔法サテライト】があるので無理に戦闘に参加するよりも適当に指示を出していた方が楽だったりする。


「今の指揮に問題があるとか他にリーダーをどうしてもやりたいって奴がいるなら別だが、俺がこのまま指揮を出して構わないか?」


「おう。任せるぜ!」


「……異論なし」


「お任せします」


「よろしいと思いますわ」


 そういう訳で全体一致で俺がリーダーを務めることになった。


「……楽だ」


 試験官が何かを言っていたが聞こえなかったことにする。




 ◇◇◇




 初日に狼の襲撃なんて事件があったものの、その後の日程は順調そのものだった。


 勿論、夜は野営の為に順番に見張りに立つ必要があったし、散発的にではあるが魔物との戦闘もあった。


 だが最初の狼の襲撃が1番難易度の高い戦闘であったのは間違いなく、それ以降は大きな戦闘が起こることなく1週間が経過して試験は終わりを告げた。






「ご苦労だった。これにてDランク昇格試験を終了するが、試験の結果は後日伝える……というのが本来の行程なのだが、この分なら全員が合格だろう」


「マジでっ!」


 締めの試験官の挨拶にアラドだけが驚いているが、この1週間の成果は誰がどう見ても粗のない旅路であり、これが不合格なら何をやっても不合格になってしまうような様相だった。


 恐らくアラド以外は全員合格を確信していたと思う。






 そうして後日、俺はDランクへと昇格を果たしていた。


 冒険者カードは鉄製から銅製へと変更された。


 そして実はアラド達から一緒にパーティを組まないかと誘われたが、お断りしておいた。


 というか、恐らくだが試験を受けるに当たって、このバランスの良いメンバーが集められたのは現在パーティを組んでいない者達をギルド側から相性を考慮して組まれた構成なのだと思う。


 だから1週間で仲良くさせ、昇格試験が終わった後に自主的にパーティを組んでもらって、その後の冒険者活動を有利に運びなさいという無言のメッセージだ。


 俺は秘密が多すぎるのでお断りしておいたが、他にDランクの昇格試験を受ける者は試験後にパーティを結成するのは珍しくないらしい。


 俺みたいな魔法使い(仮)よりも普通の魔法使いの方がアラド達にはあっていると思う。


 誘ってくれたことはちょっとだけ嬉しかったんだけどな。




 ◇◇◇




 Dランクになった俺は――相変わらず【薬草採取】をしながら【ゴブリン狩り】を行っていた。


 いや。だって混雑する早朝の依頼合戦に勝てないと、まともな依頼を受けられないんだもん。


 あの混雑の中に飛び込みたくないし、どうしようもないというのが正直なところだ。


「ニコラスさん、もうDランクなんですから、もっと依頼を受けてくださいよぉ~」


「そんなこと言われてもなぁ~」


 受付嬢のライラさんに文句を言われるが早朝以外だとまともな依頼が残っていないのだから、そんなことを言われても困る。


「私の担当の中ではニコラスさんが1番の出世株なんですから、もっと頑張ってくれないと私のお給料が上がら……いえ、町の平和に貢献してください」


「……受付嬢って歩合制なのか」


「あはは……」


 詳しく聞いてみると、正確には担当冒険者が活躍することでボーナスが出る制度のようだ。


「というか、ライラさんの担当の中で俺が1番の出世株ってのが初耳なんですけど。俺ってDランクですよ?」


「ゴブリンの集落の事件の時のボーナス、凄く美味しかったです」


「……あれか」


 あれが俺の功績として評価され、ライラさんにも結構な額のボーナスが入っていたらしい。


「あの時貰った報酬で色々と買い揃えることは出来たんですが、お陰で荷物が増えて機動力が落ちて困っているんですよねぇ」


「ああ。だから【魔法の鞄マジック・バッグ】の話なんてしていたんですね」


「あったら便利そうですよね」


「……国宝級のお宝ですけどね」


「ですよねぇ~」


 あれから色々と調べてみたものの【魔法の鞄マジック・バッグ】のような超絶レアアイテムは大国と呼ばれる国で開催されるオークションで手に入るかどうかというレベルだった。


 ちなみに過去の落札額は白金貨で4000枚。


 日本円に換算して約4000億円だ。


 これからどんな幸運が舞い込んでこようと手が届くとは思えない金額だった。


「他に何か方法はないかな? 空間魔法とか」


「一応、空間魔法の魔法書なら書庫にあるはずですけど……誰も発動に成功したことのない欠陥魔法と言われていますよ」


「マジかぁ~」


 ギルドの書庫に空間魔法の魔法書があったこともそうだが、それが欠陥魔法と呼ばれていることに対しても眩暈を覚える。


「一応、探してみるよ」


「空間魔法の発動に成功したら私がお嫁さんになってあげますからね♪」


「……考えておくよ」


 ライラさんは確かに美人だが俺より7歳ほど歳上なんだよね。






 ギルドの書庫で利用料を払って空間魔法の魔法書を探す。


 目的のものは簡単に見つかった――というか埃を被っているような有様だった。


 どうやら誰も発動に成功したことがないというのは事実だったらしい。


 とりあえず魔法書を抜き出して早速読んでみるのだが……。


「……龍脈?」


 初っ端から意味不明な単語が並んでいて困惑した。


 ざっと読んでみると、空間魔法とは龍脈の流れを利用した魔法らしい。


 龍脈とは大地を流れる魔力の川のようなもので、大地を流れることから地脈とも呼ばれることがあるそうだ。


 で、その繋がった龍脈の端と端に転移陣を設置することにより空間を繋いで転移を可能にすると書いてあった。


 転移陣と書いてあるが、俺の解釈からすれば転移地点の目印とする為のマーカーのようなもので転移陣は簡易的な魔法陣だった。


 まぁ、空間魔法なのだから転移にも興味はあるといえばあるのだが、俺が優先すべきなのは空間庫の方だ。


 しかし、こちらの方も龍脈を利用して擬似空間を作り出し、そこに転移陣を設置して術者が龍脈を通して物を入れたり出したりする魔法だと書いてあった。


「この本の作者はどんだけ龍脈が好きなんだよ」


 というか龍脈ってなんだよ。


 大地に魔力なんて流れてんのかよ。






「あったよ」


 結論から言えば龍脈は確かに存在した。


 俺の【魔力感知】や【魔力視】の能力がなければ発見出来ないくらい微細な魔力が大地の中を流れていたのだ。


 しかも毛細血管の如き細く無数の管のように大地を流れているので、何処に居ても何処かの龍脈と繋がっているだろうと思われる。


(これなら確かに龍脈を把握出来れば、世界中の何処にでも転移出来るだろうが……正直どれがどれなのやら)


 龍脈は1本1本が別々に大地の中を流れているが、その識別が【魔力視】を持つ俺でさえ困難だった。


 余りにも複雑に絡み合っているので1本の龍脈を辿ることも出来ないし、似た色の龍脈が無数に存在するので色で判別することも難しい。


 それは無限に近い数の絡み合った糸の端と端を見つけろと言われているようなものだ。


「空間魔法が誰も使えなかったことに納得だわ」


 俺のように【魔力感知】や【魔力視】を持っていても困難なのに、持っていない者が勘で転移陣を設置しても成功する可能性は天文学的に低い。


 逆に言えば俺ならば空間魔法を成功させることも不可能ではないと思うが……。


「時間が掛かりそうだな」


 流石に一朝一夕で上手くいくとは俺でも思えなかった。






 更に書庫で誰も成功したことのない魔法書第2弾を見つけてしまった。


「こっちは時空魔法か」


 時間を操る系統の魔法らしいのだが、これも空間魔法と同じく誰も成功したことのない魔法ということで書庫で埃を被っていた。


 で。こっちの魔法は空間魔法と同等か、それ以上の難易度の難解な内容が記されていた。


 でも、まぁ折角アイテムボックスみたいな魔法を開発しようというのだから、中に入れた物の時間が止められるものを作りたいと思うのが人情だろう。


 そうすれば食料を大量に入れても腐ったりしないだろうし。






 そんな甘い考えで俺は空間魔法と時空魔法に手を出してしまった。




 ◇◇◇




《この魔法を使用した場合、マスターの魔力処理領域に97%の空きが必要です》


 単純に【収納魔法アイテムボックス】を発動させた場合の負荷をコンに計算させてみたのだが、なんと俺の魔力処理領域の97%を使用するというとんでもない魔法だった。


 勿論、時空魔法抜きでの計算だ。


 もしも現実的に俺が使うことを前提に考えるならば、俺が使えるように極端に軽量化させる必要がある。


 それはつまり、この魔法を1から作り直すに等しい行為であり、更に時空魔法を組み合わせるという無理難題が難易度を跳ね上げる。


「……止めときゃ良かった」


 完全に不可能だと判断出来るなら俺だって挑戦しようとは思わなかった。


 例えば空間魔法と時空魔法が【属性変換】を必要とするような俺には絶対出来ない系統の魔法だったなら諦めていただろう。


 だが、この空間魔法と時空魔法は魔力の使用だけで可能になる系統の魔法であり、まさに【魔力感知】や【魔力視】を持つ俺の為に用意されていたような魔法だった。


 確かに難易度は馬鹿みたいに高いが……。


「……やるか」


 可能性があるというのなら、やらないわけにはいかない。




 ◇◇◇




「ニコラスさん、凄く顔色が悪いですけど……ちゃんと寝てます?」


「……一応」


 凄く後悔した。


 難易度がハードだと思っていたらルナティックでしたというような難解さだった。


 これでいやらしいのは、時間を掛ければ確実に進行していくという過程だった。


 時間を掛けてコツコツやっていけば確かに前に進むのだが、ある程度進むと全体の構図が見えてきて――新しい構成図が生まれてきてしまう。


 そうしてやり直していたら、また新しい発見が……。


 というような繰り返しで、俺は寝る暇もなく魔法の研究に時間を費やす羽目になっていた。


 ふふふ。コンに計算させたら97%だった負荷が91%まで軽減されていたよ。




 ◇◇◇




 そうして結論から言えば俺が空間魔法と時空魔法を組み合わせた【収納魔法アイテムボックス】を完成させるまで3年という年月が必要だった。


 これだけの難易度の高い魔法を3年で組み上げられたなら十分早く思えるが、実のところを言えば【実用出来るレベル】に達したというだけで、まだまだ完成には程遠い。


 一応、研究に研究を重ねて負荷は当初の4分の1ほどの24%まで軽減出来たので、使いながら改良を続けていけば良いだろう。






 ともあれ、やっとまともに冒険者活動を再開出来そうだった。




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