第66話 株式会社/CO., LTD

「そう言えば、クロードは元いた世界では、どこかの組織やチームに入ってたの?」

 スマホ選びも終わり、使い方を一通り説明した後、不意にルージュが聞いてきた。


「組織? 会社のこと? 会社には入ってたけど・・・」


「かいしゃ・・・ってなに?」

 ルージュがきょとんした顔でこちらを見る。


「あ、えーと商会みたいな感じかな。個人で経営するんじゃなくて、なんて言えばいいのかな。株を発行して、うーん・・説明が難しい・・・」

 何も知らない人に、一からわかりやすく説明するのは至難の業だった。


「つまり共同経営の商会にいたのね。でもカブって・・・あまり儲かりそうな商会じゃないわね」


「カブって、食べるカブじゃなくて、お金を出し合って買う、なんていうか商会の経営権みたいなもんかな。株式会社って言うんだよ」


「ふーん、なんだか知らない仕組みがいろいろあるのね。でも出し合うっていうのはいい考えよね」

 ルージュはわかっているのかいないのか、でも自分なりの解釈をしているようだった。


「まあ、そうなのかな。でも俺は雇われてただけで、お金は出してないし。その辺はよくわかんないけど・・・」

 何となく曖昧に、お茶を濁す。


「私、いろいろ考えたんだけど・・・4人のチームの名前を決めない?」

 ルージュが目を輝かせながら提案してくる。


「何を唐突に・・・」

「姉さんは、そういうのいつも突然ね」


「私たち、いつかはギルドでチームとして登録するわけでしょ?それに、今はこの立派な作戦室まであるし。お金は出せないけど・・食料とかいろいろ、みんなで取って、みんなで稼いで、みんなで分けるのよ。その為のチームとチーム名。それで私たちがこの家に住んだら完璧にここはチームの家ってこと。どう? ほらアマリも賛成よね。だってゲームとかやり放題よ!!」

 ルージュは、最高に良い考えをひらめいたという表情で全身から「ドヤ!!」があふれ出していた。


「・・・」

「・・・姉さん」


「コホン。まあ、ここに住むかどうかは別にして、チーム名くらいはいいんじゃないの。なんかカッコイイし」

 このままでは、完全にルージュのペースに巻き込まれてしまいそうだったので、話を仕切り直す。


「実は私・・すでに名前考えてあるんだよね」

 得意げなルージュと対照的に、アマリージョは横でうなだれていた。


「へぇ、そうなんだ。それで会社の話を聞いたのか」


「ま、そんなところね」

 ルージュがいたずらっ子のように笑う。


「で、名前は?」

 変な名前だったらどうしよう・・・。期待半分、不安半分で聞いてみる。


「エンハンブレよ!」


「エンハンブレ?」


「エンハンブレは、細かい星、星屑、流れ星という意味です。姉さんは昔から魔物とか木の置物とか流木とか、ちょっと変なものが好きなんですけど、星とかも好きな乙女な一面もあるんですよ」

 アマリージョが言葉の意味と、ルージュの新たな生態についても解説してくれる。


「星か・・・俺も星は好きだよ。大きい星も元々は小さい星屑が集まって出来たって言うし。大きく成長して行きそうな・・・いい名前だと思うよ」

 思いがけず良い意味、響きの名前を提案されて素直に賛同する。


「はい。私も賛成です」

 アマリージョもなんだか嬉しそうだ。


「ヒカリは?」


『私も異存ありません』


「じゃ決定ね。わたし達は今日から株式会社エンハンブレよ!!」

 ルージュが満を持してという感じで、高らかに宣言した。


『「「え?」」』


「え、って、だって食料だってお金だって、出し合って暮らすんだから。出し合うってことは株式会社ってことよ」


「・・・なんか違う気がするけど」


「さっきは賛成してたのに!」

 ルージュが憮然とした表情で口をとがらせる。


玄人クロード。もう、それでいいんじゃないですか。他に意見がある訳でもありませんし』


「そうですね・・すみません、姉さんは一度言い出すと、人の意見は聞かないところがありますから」

 なぜかアマリージョが申し訳なさそうに謝ってくる。


「渋々って感じが気に入らないけど、まあ、いいなら気にしないでおくわ。後は、リーダーだけど、やっぱりクロード?」


「え? 俺? でも俺とヒカリじゃ、ヒカリの方が立場が上だよ」

 ルージュの話は目まぐるしい速さで展開していくため、ついていくのが精一杯だ。


「じゃあ、ヒカリがリーダーね。その株式会社ではリーダーのことはなんて呼ぶの?」


「え? あぁ、会社の長で、社長・・・かな」


「決まりね。株式会社エンハンブレの社長はヒカリと言うことで。私達姉妹のこと、これからもよろしくね!」

 ルージュがにっこりと笑う。

 まるで花が咲いたかのような笑顔だった。


『・・・わかりました』

 ヒカリまでも自分のペースに巻き込むとは・・やはりルージュ、恐ろしい子!


「やったわ! じゃあ私ゲームにやるから、ご飯出来たら呼んでね、クロード」

 ルージュはバタバタと足音を立てながら一目散に走って行く。


「・・・」

『・・・』

「あの・・ヒカリさん、クロードさん。本当に・・・すみません。後で姉にはよく言って聞かせますので・・」

 アマリージョが消え入りそうな小さな声で謝ってくる。


「あ・・いや。いいよ、大丈夫。まあ、一緒に暮らす話はいったん保留にするとしても、チームの話は、それはそれで良かったしね」

 小さくなっているアマリージョを気の毒に思い、全然気にしてない風を装う。


「そう言ってもらえると助かります。でも、あの姉さんが人と暮らそうと言い出すなんて・・・正直、驚きました」

 アマリージョはホッとしたように微笑むと、ふと呟いた。


「へぇ、そうなの? 社交的っぽいから、いつもあんな感じなのかと思ってたよ」


「いえ、姉さんは人との距離は近く、よく無理矢理押しかけて泊まったりしてますからそう思われがちですが、なんでも自分一人で抱え込むタイプなので・・・特に人を頼ったり、協力するなんてことを聞いたのは初めてです」

 アマリージョが内緒話をするような小声で教えてくれた。


「そうか・・・。そう言われれば、確かにそういう所あるもんね」

 妙に納得しながら、今までのルージュの言動を思い返してみる。


「はい。だからちょっと驚いてます。だからこそ・・・迷惑じゃなければ、私もここに住んでもいいですか? 姉さんがそうしたいと言うなら、たぶんそれはいい事だと思うので・・・」

アマリージョが控えめに、でも意志の強そうな瞳で真っ直ぐに俺の顔を見つめてくる。


「それは・・・俺は・・かまわないけど。でも、あれ・・・だよ。ルージュはどこからどう見ても・・・ゲームがやりたいだけにしか見えないんだけど・・・」

 可愛い女の子に真っ直ぐ見つめられてお願いされて、断れるはずがなかった。

 まあ断る理由もないのだが。


「照れ隠しです・・・たぶん」


「そういうものかな?」


「・・・そういうものです」

 ゲームに夢中になる子供のようなルージュを見ながら、俺とアマリージョは2人でくすくす笑いあった。


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