第50話 自慢の姉/Sorella orgogliosa

 マンションで作業すること3時間。

 ほとんどの荷物を運び出し、馬車に積み込んでいるとルージュが突然叫んだ。

「クロード!!魔物が来るわ!!」


 同時にヒカリも話しかけてきた。

玄人クロード、魔物です。全部で14匹。全てゴブリンです。2~3キロ先をウロウロしていたのですが、どうやら気づかれたようですね。真っ直ぐこちらに向かってきています』


「魔物? 14匹か・・・多いな。逃げるにはまだ積み込みが終わっていないし。武器はとりあえず護身用で持ってきた包丁が3本・・・素手でもなんとかなるとは思うけど・・・どうなんだろう?」


『強さは問題ありませんが、数が多いです。戦闘については、経験不足ですから素手だと不安要素が残ります』


「ゴブリン14匹くらいなら、私とアマリでやるから、クロードは休んでていいわよ」


「そうですね。前回はやられたところしかお見せしてませんし」


「え?うそ、やるって、二人で? 本当に大丈夫なの?」

 冗談とも本気ともつかない二人の言葉に、戸惑ってしまう。


「気になるなら、いつでも助けに来てくれて構わないわよ」

 ルージュの口ぶりには、余裕さえ感じられた。


「そりゃ、そうなんだけど」


『来ました』

 ヒカリがゴブリンの到着を知らせた。


「アマリ、行くわよ」


「はい、姉さん」

 アマリージョが返事と同時にルージュに風魔法を付与する。

 ルージュの走る速度が急激に上がる。


 ゴブリンたちは、ものすごい速さで向かってくるルージュに気づき、戦闘態勢に入る。


「ゴブリン全員、剣とかナイフとか持ってるけど大丈夫なの?」

 不安になりアマリージョに尋ねる。


「大丈夫です」

 アマリージョは自信たっぷりにそう言うと、風魔法をゴブリンの集団めがけて放った。

 風魔法は突風となり、ルージュの背中を押す。

 ゴブリンたちは、目の前から来る突風に一瞬、顔をそむけた。


「!?」

 気がつくと、先頭の2匹の頭にナイフが突き刺さっていた。

 倒れながら黒い霧に変わっていくゴブリン。

 霧が晴れると、小さな魔石が光りながら地面に落ちる。


 ゴブリンたちは、何が起きたか分からずに一瞬動きを止めた。次の瞬間、一番後ろにいたゴブリンが叫び声をあげた。

「グギャー!!」


 ゴブリンたちが後ろを振り返る。


 そこには、喉を切られて黒い霧に変わりつつあるゴブリンと、そのゴブリンの持っていた剣を持って立つルージュがいた。


「すげ・・、かっこいい・・・」

 驚きと感嘆で思わず声が出た。


「はい! 自慢の姉ですから!」

 アマリージョが嬉しそうに、今まで見た中で、一番最高の笑顔で応える。


「でも、ここからが本番ですよ」

 アマリージョが風魔法を発動させながら言う。

 発動された風魔法は、ルージュの身体を覆い、薄い空気の層を作り出しているようだった。


「あれは?」


「防御魔法です。攻撃の軌道を変えて致命傷を避けるんです」


「なるほど、そんな使い方もあるのか」

 その後のルージュは、圧巻だった。

 力強く華麗。

 その姿は息をのむほど美しかった。

 まるで踊っているかのような軽い足取りで、次々とゴブリンを倒していく。


 呼吸するのも忘れ、ただただ見とれた。


 気がつくと、ルージュが最後のゴブリンにとどめを刺していた。


「強い・・・し、綺麗」

 出てきた言葉がこれだけ。


「はい!」

 それでもアマリージョは嬉しそうだった。


「ねぇ、アマリ。ルージュってあんなに強かったの?」

 息をつき、まだ夢見心地のまま、聞いてみた。


「はい。そうですけど」

 アマリージョは誇らしそうに少し胸を反らしながら答える。


「あんなに強かったらオグルベアもなんとかなりそうなのに」


「はい、そうなんです。私がドジを踏まなければ、逃げるくらいは全然問題なかったんですけど・・・」


「え、そうなの? でもアマリって、しっかりしてるから、そういうミスとかしなさそうだけど」


「・・・くも・・・」


「ん?」


「くもです」


「何?」


「あの時、魔法を発動する寸前に、顔の上に大きい蜘蛛が落ちてきたんです。それでびっくりして・・・魔力も全部使っちゃって・・。気を失うまでじゃなかったので、走って逃げたんですけど、もう魔素もなくて、やられちゃったんです」


「そうだったんだ」


「でも姉さんは一人なら余裕で逃げられたんですよ。でも私のことかばってくれて。それで死にかけたのに・・・結局助かったんだし、そんなこと気にしなくていいからもう忘れなさいって・・・姉さん、いつも笑ってるんです」


「いいお姉さんだね」


「はい。最高の姉です!」

 アマリージョは、少し目を潤ませながら、輝くような笑顔で答えた。


「それにしても、アホだ、アホだと思っていたルージュがね・・・でも、何か秘めたるものがあるような気配があったのは確かだし、ちょっと見る目が変わったかも」


「だと、私も嬉しいです。せっかくだから、姉さんにも言ってあげてください。すごく喜びますから」


「そうか、あんまり褒められたりしなさそうだもんね」


「そうなんですよ」


 アマリージョにそう言われたので、2人で一緒にルージュを褒めようと思い、ルージュに近寄っていく。


「おーい、ルージュ! ごめん、俺、ルージュのこと勘違いしてたみたいで・・・本当は・・・すごく・・ん?」


 不審に思い、近づくとルージュが膝をついてがっくりとうなだれていた。


「どうした? 大丈夫か!? どこか怪我でもしたのか!」「姉さん!!」

 アマリージョと2人で慌てて駆け寄った。


「魔石、魔石、魔石・・・なんで? 一個足りないわ・・もう、どこに転がっちゃったのよ~!」


 ルージュは、地面にしゃがみこみ、必死に魔石を探し回っていた。

 呆れながらもホッとしつつ、アマリージョを見ると、

「こういうところが、姉のいいところなんです」

 と、優しく笑った。


「まぁ、俺もそう思う」


 その後、三人で魔石を探し、残っていた荷物を馬車に積み込み、村へと戻った。

 もちろん、ルージュの希望どおり、水を積めるだけ積んで・・・

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