第530話 配下からの朗報

 夕食後、プリュイからの突然の呼び出しを受け、俺の部屋にプリュイ以外のいつものメンバーが集まる。


 それから待つこと数分。

 遅刻をしてきたにもかかわらず、一切気にした様子がないどころか、何故か大層ご機嫌そうな様子のプリュイが扉の先から現れた。


「くくっ……ははっ……わっはっはっ!!」


 部屋に入ってくるや否や、プリュイは高笑いをしながら自慢気にふんぞり返り、優越感に浸り始める。

 フラムから冷たい視線が飛ぶが何のその。まるで自分が神にでもなったかのような全能感に満たされているであろうプリュイには微塵も効いていなかった。


「ったく……ほら、さっさと用件を話せ。お前に時間を割いてやるほど私は暇ではないぞ」


 怒りよりも呆れが上回ったのか、フラムは面倒臭そうに話を促す。

 ちなみにこれはあくまでも余談だが、フラムは夕食後、食堂でアリシアと雑談に花を咲かせていただけで特段忙しそうにしてはいなかったはず。なのだが……わざわざ言うほどのことではないだろう。


 フラムから雑な扱いを受けてもなお、プリュイの態度は変わらない。いや、それどころか、したり顔を浮かべ始めていた。


「ん? ん? 妾にそのような態度を取ると後々後悔するかもしれぬぞ? 『プリュイ様〜助けて下さい』とな」


 全く似ていないフラムの声真似を披露してきたあたり、相当調子づいているようだ。今でこそフラムは我慢しているようだが、その我慢がいつまで続くのか正直不安でしかない。


 雷が落ちるのも時間の問題……そう思われたが、そうはならなかった。

 プリュイが調子に乗ってしまうのも無理はないほどの特大のネタを彼女が用意していたからだ。


「――これを見よ!」


 テーブルが叩き割れるかと思うほどの大きな音を立て、プリュイがテーブルの上に叩きつけたのは、ぐしゃぐしゃになった手のひらサイズの小さな一枚の紙切れだった。


 顔を寄せ合わせ、プリュイ以外の六人が一斉に一枚の紙を覗き込む。

 すると、その紙には短くこう書かれていた。


 ――『怪しき存在を確認。現在、王都方向に向かって移動中』、と。


「これは……?」


 真っ先に反応を示したのはディアだった。

 普段よりトーンの低い神妙な声だったところから察するに、この手紙の内容に重大さを感じたのだろう。


「ふっふっふっ。これはだな……妾の配下からの届いた報告書だっ! どうだ、見たかっ! 妾の配下の優秀さをっ!」


 小さな胸を張って威張りつくすプリュイ。その優越感に浸った視線はフラムだけに向けられていた。


「ふむ、確かに優秀なようだな。よくやった、褒めて遣わすぞ」


「む? 何か妙に引っ掛かるような言い方だった気もしなくはないが、今は気分が良いからな、許してやろう。わっはっはっ!」


 フラムはプリュイのことは一切褒めていなかったし、何故か滅茶苦茶上から目線での言い草だったが、超が付くほど上機嫌のプリュイはあまり気にしていないようだ。


 何はともあれ、プリュイが入手した情報は俺たちの今後を左右するほどの貴重なもの。時間が残されていない今、是が非でもこの情報を有効活用しなければならない。


 俺はプリュイをおだてつつ、更なる情報を引き出しにかかる。


「本当にすごいよ、プリュイ。それで、他に何か情報はないかな?」


 我ながら、かなり雑な褒め方だ。

 だが、今のプリュイにはそれでも十分過ぎるほど効果的だったらしい。

 プリュイは自慢気に饒舌に語り始めた。


「……フッ、妾に掛かればこの程度のこと造作もない。そう言えば、この報告書を受け取る際に何か言ってきていた気がするな。えーっと、確か……テノール? いや違うな、テカーシル? 今はそんな響きの名の都市にいるだろうとのことだったはずだが……うむ、忘れてしまった」


「はぁ……これだから全く……。折角、優秀な配下が情報を持ってきてくれたというのに、これでは宝の持ち腐れではないか……」


 犯人と思しき人物が今どこにいるのか。

 これは非常に重要な情報だ。なのに、その肝心な部分が抜け落ちてしまっている。

 フラムは呆れているだけのようだが、俺はあまりのショックに口をぽっかりと開けたまま閉じることができなかった。


 だが、ここで新たな救世主が現れる。


「……テノール、テカーシル。……あっ! もしかしてそれってテアーテルじゃないッスか? 芸術都市テアーテル――王都ヴィンテルから東に馬車で一週間くらいのところにある都市なんスけど、この響きにピンと来ないッスか?」


「おおっ! そうそう、それだそれ。テアーテルで間違いない。今も妾の配下の数人が尾行を続けているはずだ。何か動きがあれば、また新たに報告が来る手筈となっている」


 流石はこの国の王女だ。

 リーナがいてくれたお陰でプリュイの曖昧な記憶から何とか情報を取り出すことができた。


 芸術都市テアーテル。

 リーナの言葉通りなら、王都ヴィンテルから東へ馬車で一週間の距離にその都市がある。

 俺たちの足ならば、飛ばせば三日程度で辿り着ける場所に犯人がいるかもしれない。

 今からすぐにでも向かうべきか、それともこのまま王都で待ち続けるか、選択肢は二つに一つだ。


「皆、どうするべきだと思う?」


 この一言だけで俺の言葉の意味するところは十分に伝わっていた。

 ディア、フラム、リーナの順に、それぞれ意見を口にする。


「出逢える保証はないし、わたしは王都で待った方がいいと思う」


「私もディアとほぼ同意見だ。そもそもテアーテルとやらにいる者が犯人だとまだ決まったわけではない。無駄足になるだけなら別に構わないが、私たちがテアーテルに向かっている間に真犯人とすれ違ったなんてことになれば目も当てられないからな」


「私は二人とは違う理由ッスけど、結論は同じ。待ち一択ッスね。絶対に逃げられないよう万全の状態を整え、迎え討つ方が確実性が高いッスから」


 三人の意見を訊いた俺は、アリシアとロザリーさんにも視線を送る。すると二人は『異論はない』とばかりに力強く一つ頷き返すだけで沈黙を貫いた。


 そして最後に忘れてはならないのはプリュイだ。

 今回の件で最も功績を上げたのは紛れもなく彼女だ。流れ的には待機でほぼ決まったようなものだが、念のために(機嫌を損ねないためにも)意見を訊いておいた方がいいだろう。


「プリュイはどうしたい?」


「ん? 妾か? そんなものは決まっている――」


 それまで頬を緩め、上機嫌にはしゃいでいたプリュイだったが、一瞬の内に表情が一変する。

 外見相応の無邪気な笑みは完全に消え去り、蒼い瞳に復讐の炎を灯した。


「――確実に殺せる方だ」


 幼女のような外見からは想像もつかない禍々しい殺気が放たれた。


 プリュイの正体はこの場にいる全員が知っている。

 しかし、いくら知っているとはいえども殺気に当てられ耐えられるかどうかは全くの別問題だった。

 アリシア、リーナ、そしてロザリーさんの身体がプリュイの殺気に当てられ、震え出す。


 一向に殺気を抑えようとしないプリュイに対し、フラムが落ち着くよう説得を行う。


「私たちに殺気を向けるな、馬鹿者が」


「……ぬ? ああ、無意識の内に漏れ出ていたようだ、許せ」


 その一言で我を取り戻したのか、瞬く間に殺気が抑えられていく。


「……全く、仕方のない奴め。話を戻すぞ。主よ、王都で待ち伏せるということでいいのだな?」


「ああ、俺からは特に異論はないよ。問題は俺たちを監視してくる騎士たちの存在だけど……」


 一人二人ならまだしも、全員が探知系統スキル所持者の目を掻い潜ることはまずもって不可能だろう。例え転移を使ったところで屋敷の中から人の気配の数が減ってしまう以上、どうしても気付かれてしまう。


 ならば、俺たちに出来ることは強行突破のみ。

 多少強引にでも監視の騎士を振り切らなければならない。


 俺の悩ましげな声に誰よりも早く応じたのはアリシア。

 姿勢を正し、真っ直ぐな瞳でこう宣言した。


「その問題に関しては私にお任せ下さい。決行日当日、ラバール王国第一王女アリシア・ド・ラバールとして、マギア王国に不当な扱いを受けて続けていると徹底的に抗議を行います。……私にできることはこれくらいしかありませんから」


 自分では戦力にならないとアリシアは理解しているのだろう。

 アリシアは悔しそうに、それでいてどこか寂しそうに微笑んだ。


「主よ、私は当日アリシアに付くぞ。エドガーと約束を交わしたからな」


「わかってる。アリシアのこと、それとこの屋敷にいる皆のことを守ってあげてほしい」


「うむ、任されよう」




 こうして俺たちの方針が定まる。

 一週間後に控えるその日に備え、準備を整えることに決まった。


 しかし一週間が経っても、報告にあった人物が王都に姿を見せることはなかった――。

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