第511話 白昼堂々
白銀の城への潜入は白昼堂々、決行されることになった。
夜ではなく、何故人の往来が激しい昼なのか。
その理由は単純だ。俺たちが探しているモノ、それが人であるからに他ならない。
もし人々が寝静まった夜の城に潜入したとしても、マルティナやアウグスト国王などを操っていた真犯人に出会える保証はどこにもない。それは人通りが少なければ少ないほど、その可能性が低くなってしまうことは火を見るより明らかだ。
白銀の城に設けられている数多ある部屋を一つ一つ探すのは流石に骨が折れるし、何より時間が足りるとは到底思えない。
であるならば、相応のリスクこそ伴うが、あえて人の往来が激しい昼間に潜入することで観察対象を一人でも増やそうという魂胆であった。
準備は既に万端だ。
着慣れていない『義賊』の装備を身に纏い、後は仮面を着けるだけの状態で、今回の参加メンバー六人とそれを見送るためにやってきたアリシアが俺の部屋に集っていた。
「どうかお気をつけて」
「ああ、行ってくるよ」
多くの言葉は必要ない。
アリシアも俺たちのことを信じてくれているからなのか、見送るその瞳には不安の色は一切見られなかった。
俺の肩に五人の手が乗せられ、そして俺たち六人は仮面を装着し、屋敷の外へ転移したのであった。
転移した先は屋敷から三百メートル近く離れた裏路地。
事前にロザリーさんからこの道は普段から人通りが少ないという情報をもらっていたため、転移先としてこの裏路地を選んだ。
俺は転移と共に即座に『気配完知』を発動。
周囲にポツポツと人の気配こそあるものの、ロザリーさんの情報通り、この路地は王都にしてかなり人の気配が少なかった。
念のため、フラムにも確認を取る。
急造のチームということもあり、ハンドシグナル等の合図は決められていない。顔を向け、フラムが頷き返すことで確認を取り終える。
その後、二回、三回と転移を複数回使用し、いよいよ俺たちは白銀の城までおよそ百メートルという距離まで到達した。
ここから先はより一層慎重さが求められる場面。
案の定というべきか、城の警備は厳重。正門だけに限っていえば、蟻一匹通さないほど厳重に固められている。
周囲に人の気配がないことを確認した俺は、アイテムボックスから地図を取り出し、リーナを手招きして呼ぶ。
俺が取り出したのは王都ならば何処でも買えるような観光客に向けた簡易的な地図。白銀の城周辺のガイドブック的な物であった。
当然、その地図には城内の詳細な図などは描かれていないが、大雑把ではあるが城の敷地面積とその境界線程度は描かれていた。
この安物の地図を頼りに、リーナに比較的安全そうな……警備が薄そうな場所を指で示してもらうことにしたのである。
俺の意図を汲み取ってくれたリーナは、少し悩みながらも指を差す。
リーナが指し示したのは正門とは遠く離れた地点。真逆の位置と言っても差し支えない場所だろう。
リーナ以外は城内の構造に疎いこともあり、俺は迷わずリーナが示した場所まで向かうことに決め、再度転移を行った。
転移能力を前に、高い城壁は何の障害にもなりはしない。
城の裏手に回った俺たちはついに敷地内に忍び込むことに成功していた。
俺たちが転移した先は、木々が生い茂る自然豊かな場所。冬であるにもかかわらず、木々が鮮やかな緑の葉を多くつけているのは王都全体に張られている結界のおかげなのだろう。
木々に紛れながら、慎重に足を進めていく。もちろん、周囲の警戒は怠らない。細心の注意を払い、人の気配を避けながら木々の間をすり抜けていく。
だが、すぐに限界が訪れる。
まるで森の中にでもいるのかと錯覚しかけていた頭が、ここに来て警鐘を鳴らし始めた。
徐々に木々の密度が減り、俺たちは足を止めざるを得ない状況に陥る。
俺の『気配完知』が大勢の人の気配を捉えたのだ。
微動だにしない数多の人の気配。白銀の城をぐるりと隙間なく囲うその気配は明らかに警備兵のものだ。一定の間隔で配備された警備兵の数は如何なる侵入者も許さない雰囲気を醸し出している。
ここから先はリーナに頼る他ないだろう。
俺には『気配完知』があるとはいえ、万能ではない。安易に人の気配がない城内の何処かしらに転移したとして、そこが絶対に安全とは限らないからだ。
何かしらの魔道具で俺たちが侵入したことが露呈する可能性も捨てきれないし、何より城内の人の気配は外を守る警備兵とは違って縦横無尽に動き回る。例え無人の部屋に転移したとしても、見回りの兵や城内で働く者に偶然見つかってしまうことだってあるだろう。
そういったリスクを可能な限り排除するためにも、リーナの協力は必要不可欠。転移先を選ぶにしても、リーナの意見を取り入れるべき場面だ。
仮面の下のわかりにくいアイコンタクトを送ると、すぐにリーナから反応が返ってくる。
「ワタシノ、ヘヤ、ナラ」
聞き取りづらいノイズ混じりの小さな声でリーナがそう言いながら、木々の隙間からある窓を指差した。
仮面に搭載されている望遠機能を使わずとも肉眼で捕捉できる場所にある窓にはカーテンが掛けられており、中の様子は全く窺えないが、『気配完知』によるとその先には人の気配はゼロ。
それでも絶対に安全とはいかないだろうが、ここはリーナを信じて先に進むしかないだろう。
俺は自分の肩を叩き、皆に肩に触れるよう合図を送り、転移した。
視界が切り替わると、すぐに女性特有の甘い香りが鼻をかすめてくる。
日の光がほとんど遮断された部屋は不気味なほど薄暗いが……間違いない、ここはリーナの部屋だと誰しもが認識したに違いない。
部屋の広さや造りはもちろんのこと、家具や小物、装飾品など、どれを取っても贅の限りが尽くされた品々だったからだ。
かといって派手すぎるわけではない。やや女の子らしい部屋ではありつつも、華美になりすぎているわけではなく、そこはかとなく品が感じられる部屋だった。
「恥ずかしいんで、あまりジロジロと見ないで欲しいんスけど……」
いつの間に仮面を外していたのか、リーナはジトッとした眼差しを俺に向けて、そう言ってきた。
「ゴ、ゴメン……」
無意識のことだったとはいえ、確かに女性の部屋をまじまじと見つめるのはあまり誉められた行為ではない。ここは素直に謝るのが吉だと告げる本能に従い、焦りながらも謝罪する。
「ふふっ、ちょっとした冗談ッス。とりあえずこの部屋は大丈夫っぽいんで仮面は外していいッスよ」
本当に冗談だったのか? と疑いつつもリーナの言葉に従い、皆がそれぞれ仮面を外していく。
「外しちゃったけど、本当に大丈夫なの?」
同性だからなのか遠慮なく部屋を見渡しながらディアがリーナに問う。
「この部屋だけは私に都合が良いよう特別仕様にしたんで、たぶん大丈夫ッスよ。それに誰かがこの部屋を漁ったり弄くったりした形跡も今のところ見当たらないんで」
「特別仕様?」
「色々と人目を盗んで外出することが多かったんで、私の邪魔になりそうな魔道具は全部取っ払わせてもらったんスよ」
リーナが『大丈夫』と言ったのも納得だ。
とはいえリーナは王族の身。自身の自由のためにセキュリティの一切を取り外してしまうとは随分と大胆なこと仕出かす王女様なのだと改めて驚かされる。
しかしそのおかげで俺たちにとって良い方向に転んだのはラッキーだ。ひとまずはここを仮の拠点とし、この後の行動を決めるのも悪くはないだろう。
無論、そこまで悠長にしていられるほどの余裕がないことは百も承知。手早く方針を定めなければならない。
「侵入には成功したけど、勝負はここからだ。気を引き締めていこう」
「そうッスね。地道に一人一人潰していくとしましょうか」
こうして俺たち六人は犯人を、そして敵を特定するため、城内を奔走していく――。
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