第484話 棺

「……おい」


「ん? なんだ?」


 灰となって死に絶えたランナルの遺骸に目をやったプリュイが、どこか気まずそうにフラムに問い掛ける。


「そのだな……殺してしまった良かったのか?」


 竜殺しは種族間のトラブルになりかねない。

 フラムがランナルを殺したことによって、炎竜族と地竜族の仲に亀裂が入ってしまうことをプリュイは危惧していた。

 ちなみにプリュイが気まずそうにしていたのはフラムが自身のために手を汚したことに引け目を感じていたからに他ならない。


 そんな心配を余所に、フラムはあっけらかんとした態度で答える。


「別に問題ないんじゃないか? 奴は分不相応にお前と私に歯向かった。殺されても文句は言えないだろう。そ・れ・よ・り・も・だ」


 フラムの雰囲気が自身の望まぬ方向へと変わっていくことをプリュイは悟る。嫌でもわかる……それは説教の始まりだった。


「なっ、なんだというのだっ!?」


 抵抗とばかりにひとまず逆ギレしてみるが、効果はなし。

 怖いくらいの笑顔をしたフラムがプリュイの頭に拳骨を落とす。


 ――ゴンッ。


 鉄の塊を叩いたかのような鈍い音がプリュイの頭から奏でられる。


「――痛っ!? な、何をするのだ!?」


「馬鹿者が。痛っ、ではない。あの程度の雑魚に苦戦するなど、それでも次期水竜王なのか?」


「ぐぬぬぬぬ……。相性……そう! 相性が悪かったのだ! それに、人間を巻き込むわけにはいかなか――ぐへっ」


 二度目の拳骨が炸裂した。

 言い訳を断じて許さない暴君フラムの怒りは収まらない。


「相性と言ったか? ならば水を得意とするお前ならば、水との相性が悪い火を得意とする私に勝てると? 試してみるか?」


 ぐうの音も出ない正論……ではまるでなかったが、反論はできないし、ましてや許される雰囲気でもなかった。

 なので、プリュイは心の中で愚痴という愚痴をこれでもか、というほど吐き続けることで心の安定を図る。


(こんのっ脳筋クソババア! 自分の強さを笠に着おって上から目線でぬけぬけと! ばーか! ばーか!)


 愚痴というより悪口を吐きまくるプリュイだったか、その心の奥底ではフラムに感謝をしていた。

 ランナルという強敵を相手に苦戦を強いられ、あわや敗北寸前まで追い込まれた自分を救ってくれたのは他でもないフラムなのだ。

 性格上、素直に感謝こそできないものの、フラムが助けに来てくれた時には安堵を覚えた。

 無論、口にはしない。けれども、フラムの顔を見て安堵してしまう自分がいることにプリュイはこの日、改めて気付かされたのであった。




 それから永遠に続くのではないかというほどの説教を受け続けたプリュイだったが、暫くして救世主が現れる。


「やっぱりというか、俺たちが来るまでもなかったか」


「お待たせ、二人とも大丈夫?」


 プリュイの救世主とは『七賢人セブン・ウィザーズ』を救出し、そして脱出させた紅介とディアだった。


「うむ、余裕だったぞ。で、そっちはどうなった?」


 終わることのないと思われた説教地獄から解放されたことにプリュイは安堵しつつも、一時的とはいえ仲間になった『七賢人』たちのその後についての話に耳を傾ける。


「転移で都市の外まで逃がしたし、大丈夫なんじゃないかな。兵士たちも未だにディアが造った氷壁を壊すことに熱中してるみたいだったし」


「たぶん数時間くらいは時間が稼げると思う。結構頑丈に造ったから」


 紅介たちがここに来るまでの途中、身を隠してそっと兵士たちの様子を見てきていたのだが、ディアの氷壁はまだまだ健在であったことから、二人は作戦の成功を確信していた。


「ふむ、状況はあまりわからないが、とりあえずはこれで一件落着といった感じなのか?」


「まあ、そうなるかな」


「なら私たちもそろそろ帰るとするか。ではな、プリュイ」


 与えられた仕事をこなし終えた『紅』は家路につこうと踵を返す。が、それに待ったを掛けたのはプリュイだった。


「うぉい! ちょっと待てぇ! 妾も帰るから一緒に送れ!」


「……送って、だろう?」


 フラムの冷たい眼差しを受け、プリュイはあっさりと言葉遣いを変える。


「……ちっ。送って下さいお願いします」


「誠意が足らん。歩いて帰れ」


「ははは……まあまあ。それじゃあ宿屋に行こうか」


 喧嘩が勃発しそうな二人を宥めた紅介は、小都市クヴァルテールで借りた宿屋へと皆を連れて戻り、ゲートを介して王都ヴィンテルへと帰ったのであった。


 ――『七賢人』に悲劇が襲うことになるとも知らずに。


――――――


 むせかえるような血臭が漂う。

 カタリーナの足元で止まったマルティナの胸部からは止めどなく鮮血が流れていた。


「……い……ゃ……イヤああああああー!!」


 カタリーナの絶叫がこだまする。


 雪の上を転がった衝撃で外套のフードは外れ、マルティナの気品ある美しい顔を隠していた仮面も何処かへいってしまった。

 仮面が外れたマルティナの顔は蒼白しており、生気が完全に失われてしまっている。


「「……」」


 取り乱すカタリーナとは対照的に、目を覆いたくなるマルティナの姿を目の当たりにした他の『七賢人』は仮面を外し、ただただ絶句して、マルティナの顔を肉眼で見つめていた。

 現実感がなく、そして何より今目の前にある現実が受け入れられていなかったからである。


「――イヤイヤイヤァァァ!! マルティナ! 返事をして!!」


 カタリーナは膝から崩れ落ちるかのようにマルティナに寄り添うと、激しくその肩を揺らす。

 だが、反応は返って来ない。脱力したマルティナの頭が虚しく揺れ動くだけ。


「――イ、イクセル! 治癒魔法を!! 早く!!」


 まだ助かる。

 そう信じてやまないカタリーナはイクセルに治癒魔法を要求。

 呆然と立ち尽くしていたイクセルはその声で我に返り、伝説級レジェンドスキル『祝福の光ブレッシング』を発動。効果範囲をマルティナの胸部だけに絞り、全魔力を注ぎ込み、最高効率で治療に当たる。


 すると、如実にその効果は現れた。

 ぽっかりと孔が空いたマルティナの胸部の傷が、みるみるうちに塞がっていったのだ。


 魔力が欠乏していき、激しい目眩に襲われるが、お構いなしにイクセルは魔力を注ぎ続ける。

 その様子を見ていたクリスタも伝説級スキル『瘴気創出マイアズマ』を発動させ、ただの毒ではなく鎮痛作用のある麻酔に似た毒を生成。呼吸をしているのかさえ定かではなかったが、それをマルティナに吸わせようと試みる。


 感情の起伏を滅多に見せないカルロッタも、この時は平常心を保ってはいられなかった。

 周りが動き始めてからようやくアイテムボックスから様々な魔道具を取り出し、マルティナの命を繋ぎ止めるためにありとあらゆる魔道具を使用し、ただひたすらに快復を願った。


 そしてマルティナの快復を祈ることしかできないアクセルとオルバーは、己が使命を果たす。


「――アクセル! お前はあの鳥を! 俺はあの馬車に乗り込む!」


「ああ、わかってるさ!」


 オルバーは未だ街道にポツリと停車する馬車を目掛けて駆けていく。


 そしてアクセルはマルティナの心臓を抉った鳥を捕獲するために動いた。

 アクセルはマルティナの鮮血で赤くその身を染めた鳥に向かって伝説級スキル『凍結世界フローズン・ワールド』を展開。領域内のありとあらゆるエネルギーを減速させ、鮮血で染まった鳥を捕らえることに成功した……が、アクセルが捕らえると同時にその鳥はピクリとも動かない鳥の模型へと変わっていた。


 オルバーは大剣を抜き、馬車に襲い掛かる。

 人の気配は感じられない。だが、オルバーに油断はなかった。

 勢いそのままに馬車のドアを蹴破り、馬車の中へと乗り込む。だがそこには……。


「誰もいねぇ、だと……」


 静まり返った車内には人の姿どころか、人が乗っていた痕跡すら見当たらなかったのである。

 他にもこの馬車にはおかしな点があった。


「……どういうこった、座席すらねぇなんて。ん? なんだ、こりゃ……」


 座席が一つもない広い車内には一際おかしな物が置かれていた。それは……。


「……棺、だと? くそがぁっ! ふざけんじゃねぇぞ!!」


 黒い棺が馬車の中央に置かれていたのである。

 怒りに任せ、乱暴に蓋を開け、中を確かめてみるが当然中身は空。


 まるでその馬車はマルティナのために用意された棺のようであった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る