第463話 空々しい言葉

「……残すところは後二人。……プリュイとマルティナだ。……とはいえ、この二人に関してもこれといった決定打は特にない。……感情を抜きにし、可能性が高い二人を残しただけに過ぎないことを予め伝えておく」


「それはもちろんッスよ。確たる証拠もなしに裏切り者だと決めつけるようなことはしたくないッスから」


「……ああ、それでいい。……で、プリュイについては先ほども言ったが、正体も実力も不明、逆に言えば怪しむべきところはそれらの点しかないとも言える。……過去に『義賊』に対して強い怒りを抱いていたようだが、そこは今更気にするようなことではないだろう」


 過去にプリュイが『義賊』に対して強い怒り・恨みを抱いていたことは周知の事実。しかしながら、それはあくまでも過去の話だ。

 共に活動するようになってからというもの、プリュイはそれまで抱いていた負の感情を綺麗さっぱり忘れたかのように『七賢人セブン・ウィザーズ』と仲睦まじくつるんでいる。我が儘が過ぎることは多々あるが、今ではそれもご愛嬌の内だと思えるほどに友好的な関係が築けていると二人は感じていた。


「あはは……言い方は悪いッスけど、プリュイさんは現金な人ッスからね。それにプリュイさんが私たちを罠に嵌めるとは私には到底思えないッス。そんな無駄なことをするんだったら、その力で私たちを捩じ伏せればいいだけッスから」


「……全くもってその通りだな。……不気味なほど強い力を持った者がわざわざ搦め手を使ってくるとは思えない。……それに何より、リーナたちは一度コースケ率いる『雫』に敗れたのだろう? ……私たちを潰したいと考えているのであれば、その時に潰せていたはずだ」


 プリュイが裏切り者である可能性は極端に低いと言えるだろう。なにせ、道理に合わない。

 敵対関係であったあの日の夜、カルロッタを除く『七賢人』は紅介率いる傭兵団『雫』に完敗したのだ。もしプリュイが裏切り者なのだとしたら、その時に潰した方が合理的で手間がない。

 そのような絶好の機会があったにもかかわらず、今更になってプリュイが『義賊』を潰しに動くとは到底考え難い話だった。加えて言うならば、プリュイの底知れぬ圧倒的な実力を考えれば、わざわざ『義賊』の情報を流出させ、罠に嵌めるなんて回りくどいことをする必要性がまるで感じられない。

 仮に『義賊』に多額の懸賞金がかけられていたり、情報を提供することで金銭を得られるのだとしても、どのみちプリュイが『義賊』を罠に嵌めようと画策する必要性は皆無だと言えよう。

 そもそものところ、プリュイがあまり金に興味を示さないことを二人は知っている。金に換えられる価値ある物を欲しているという意味では金好きと捉えることもできるかもしれないが、本質的にプリュイが求めている物は宝であり、浪漫なのだ。

 つまるところ、懸賞金や金銭の報酬でプリュイが靡くとは思えない。

 これらの点を踏まえると、外に情報を流せる存在であることこそ否定はできないが、動機は不十分。本線と考えるには無理があるとの結論に二人は至っていた。


「実行は可能。けれど動機もなければ、プリュイさんほどの力を持った人が搦め手を使うとも思えない。ざっくり纏めると、こんなところッスかね」


「……そうなるな。……こんなことを言えばリーナが怒るかもしれないが、プリュイが裏切り者であるよりも、まだ『七賢人』の中に裏切り者がいた方が救いがあると私は思っている。……もしプリュイが裏切り者なのだとしたら、コースケやディア、そしてフラムまでもが敵である可能性が高い。……下手をしたらラバール王国すらも疑わざるを得なくなってくるだろう。……私は直接彼らの実力を目の当たりにしたことはないが、話を訊いた限りでは最悪の敵になると言っても過言ではなさそうだ、違うか?」


 過激とも取れるカルロッタの発言に、カタリーナはやや困惑しながらも苦い笑みを溢すだけに留めた。

 カタリーナが怒りを覚えずにいられたのは、仲間内に裏切り者がいた方が救いがあるとの発言に共感してしまっていたからに他ならない。


 仲間は大切だ。家族よりも掛け替えのない存在だとすらカタリーナは考えている。

 しかし、紅介たちと仲間たち……どちらを敵に回したくないかと考えると、答えは明白。

 心苦しさを然程覚えることなく戦えるが、絶対に敵わない相手と、心苦しさに苛まれることこそあるが、十分に勝利が望める相手。もはや選択肢が一つしかないとさえ思えてくるほどにその差は歴然としている。気持ちはどうあれ、現実問題として勝負にすらならない相手と戦えるはずがない。

 どちらかを選べと問われれば、断腸の思いで『仲間たち』と答えるしかないのだ。そう考えてしまっている以上、カタリーナにはカルロッタを罵倒する資格はなかった。


「あはははは……意地悪な質問ッスね」


「……そうかもしれないが、相手を選んでの発言だ。……リーナが相手じゃなければ、流石の私でもこんなことは言わない」


 普段から空気が読めない……否、読もうとしないカルロッタでも、場と状況を弁える常識くらいは持っていた。

 もしここにいるのがカタリーナ以外の人物であれば、カルロッタはここまで過激な発言をすることはなかった。カタリーナが感情と思考を切り離せる人物だと知っていたからこその発言だったのである。


 二人は草臥れた笑みを浮かべ、突き合わせた。

 精神的な疲労が表情に色濃く出始めていることは互いに承知している。その上でカルロッタはついに切り出す。


「……許せ、リーナ。……今から私はより酷いことを言うつもりだ」


「……大丈夫、覚悟はできてるッスよ。――マルティナについてッスよね?」


 返事に一瞬の間こそあったが、カタリーナの表情には覚悟がはっきりと見て取れた。何を訊こうが動じないという強い意思を持ち、カルロッタの言葉に備える。


「……ああ、その通りだ。……ただし、裏切り者がいるという仮定の話であることを忘れないでほしい。……裏切り者がいなければただの杞憂で終わる。……とはいえ、疑いの目で見てしまったことを謝らなければならなくなるがな」


 そう前置きをし、カルロッタは言葉を続ける。


「……正直に言おう。……私はマルティナが怪しいと踏んでいる。……『籠ノ鳥』と『五感伝達』を併用した彼女の力をもってすれば、情報を他者に漏らすことは容易だ。……言葉で伝えるまでもなく、鳥の動きだけで私たちが標的にしている対象を伝えることも、先んじて襲撃予定地に兵士たちを誘導することもできるだろう。……そして何よりの根拠として、マルティナがいなくなってから私たちは上手くいくようになった。……マルティナの模倣に過ぎない私のぎこちない案内でも活動が上手くいっているのはただの偶然ではなく、裏切り者が……マルティナがいなくなったからだと私は考えている」


 あまりにも躊躇のないカルロッタの言い方に、カタリーナは胸が強く締め付けられる錯覚を覚える。

 いくら覚悟を決めていても、そう簡単に感情の起伏を抑えることは難しい。

 カタリーナは無表情を貫いていたつもりだったが、カルロッタから見た彼女の表情は明らかに強張っていた。

 しかし、それでもカルロッタは心を無にして語り続ける。


「……全ては憶測だ。……証拠もなければ根拠すら乏しいと言えるだろう。……何より、大きな疑問が残っている」


「動機……」


 カタリーナは呟くようにカルロッタの疑問に対する正解を口にする。


「……そうだ、動機が見当たらないんだ。……マルティナはリーナに心酔している。……友情や好意、それらを超えてもはや尊敬……いや、崇拝の域にすら達しているほどに、だ。……友人として、仲間として、王女として、それら全てを引っ括め、『七賢人』の誰よりもリーナを裏切るとは思えない」


 事実、マルティナとカタリーナの出会いは『七賢人』の誰よりも古い。

 公爵家の令嬢として生まれたマルティナは、幼少期に王女であるカタリーナの友人役として宛がわれた過去がある。

 公爵家の令嬢という地位に加え、性別、年齢共に同じだったことが二人を引き合わせたのだ。

 月に一度だけのほんの僅かな一時しか逢うことが許されていない二人だったが、それでも二人にとってはとても有意義で今でも忘れられない大切な思い出となっている。

 とりわけ、滅多に外出が許されず、屋敷に閉じ込められ籠の鳥のように育てられていたマルティナにとっては、カタリーナと逢えるその日だけを生き甲斐にしていたほどであった。


 マルティナに一時の自由を与えてくれた存在――それこそがカタリーナだったのだ。

 故にマルティナは誰よりもカタリーナを敬愛し、崇拝していた。


 そんな彼女がカタリーナを裏切るわけがない。

 カルロッタも、そして尊敬の眼差しを向けられ続けてきたカタリーナもそう考えていた。

 しかしそれらの背景を取り除くと、最も裏切り者の可能性が高いのは他の誰でもなくマルティナだった。カタリーナでも否定しきれないほどに条件や状況がマルティナが裏切り者だと指し示している。


「自分で言うのもおかしな話ッスけど、マルティナに裏切られるなんてどうしても思えないんスよね」


「……だろうな。……何者かに脅迫されて、などという線も追ったが、マルティナの性格からして全てを捨ててでもリーナを守ろうと考えそうだ。……例えそれが自分の命であってもな」


 つまらない冗談の類いではない。カルロッタはマルティナのことを確かにそう分析していた。そしてカタリーナもその言葉に対し、頷きもしなかったが、否定もしなかった。


「……いずれにせよ、今はまだ情報も証拠も何もない状況だ。……ひとまずはマルティナの復学を待ち、暫くは様子を見るべきだろうな」


「そう……ッスね。それに、まだ裏切り者がいるとは限らないッスから」


 そう最後にカタリーナは心にもない台詞を口にしたのだった。

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