第458話 答え無き

「情報交換、ですか……。いいでしょう、私が話せる範囲の情報であれば」


 意外なことに、カタリーナ王女は随分と簡単に頷いてくれた。

 こちらとしてはありがたい話だが、本来であれば彼女は俺たちが求める情報の中身を真っ先に確認しておくべきだ。


 そこまで頭が回らなかったのか、はたまたそれほどまでにフラムの話を訊きたかったのか。どちらにせよ、好都合であることには変わらない。


「では契約成立ですね。情報はこちらが先出しさせていただきす。なにせ、確度の低い情報ですから」


 昼休みの時間は限られている。

 どちらが先に情報を渡すかで揉めている時間はない。ならば信憑性が低く、あくまでもフラムの推測でしかないこちらの情報を先に出した方がいいだろう。揉め事の心配も無くなるし、心証も良く映るに違いない。


 話を促すために、フラムに視線で合図を送る。

 すると何故か視線が合った瞬間、微かにフラムの口元に笑みが浮かんでいた気がしたのだが、瞬きをした後にはその笑みは綺麗さっぱり消えていた。もしかしたら単なる見間違いだったのかもしれない。


「ようやく私の出番だな、心して聞くがよいぞ」


 わざわざ腕を組み、偉そうにふんぞり返ると、そこからは声を潜めて語り始めた。


「先に言っておくぞ。今から話す内容はあくまでも私の推測だ。間違っているかもしれないし、合っているかもしれない。そこは自分たちで判断するんだな」


 カタリーナ王女が神妙な面持ちで頷いたのを確認し、フラムは言葉を続ける。


「そうだな、まずは答え合わせをしようではないか。――お前たちは私たちの屋敷を監視していたな?」


「――っ!?」


 白銀の瞳が見開き、驚愕を露にする。


「答えずともよい。その表情だけで十分だ」


 カタリーナ王女の反応から察するに、どうやらフラムの言っていることに間違いはないらしい。

 しかし、どうにも俄には信じ難い話である。

 常時とはいかないが、俺は『気配完知』を度々使っては、屋敷の周囲はもちろんのこと、出歩く先々に怪しげな者がいないか、常に気を張っていたつもりだ。

 それはこの国に来てから今日までずっと続けてきた一種の習慣だった。だがその間、特段怪しげな気配を見つけたことはないし、ましてや監視されていただなんて俺には信じられない。


 どのようにして俺の目を掻い潜ったのだろうか。そのことばかりが気になってくる。


「やはりあの白い鳥もどきはお前たちの仕業だったか。ならば私の推測はあながち間違ってなさそうだな」


「話の続きをお訊きしたいところですが、まずは謝罪をさせて下さい。その件につきましては、誠に申し訳ございませんでした」


 場所が場所のため、深々と頭を下げることは難しい。そのためか、カタリーナ王女は誰にも気付かれぬ程度に小さく頭を下げた。


「なに、気にするな。大方、他国から来た余所者が気になった、そんなところだろう?」


「はい、仰る通りです。尋常ならざる強さを持ったラバール王国から来た留学生。開き直るようで申し訳ありませんが、気にならないはずがありません」


「ふむ、狙いはアリシアではなく私たちだったというわけか。ならば、尚更謝る必要はないぞ。監視したところで私たちから得られる情報など何もありはしないだろうしな」


 俺とディアを置き去りにして話は進んでいく。

 ここで横から口を挟んでも時間の無駄にしかならない。わからないことは後からフラムに聞けばいいだろうと俺は判断した。


「ありがとうございます。それで、どうやって私たちの監視にお気付きに?」


「いや、なに、気付いたのは偶然に近い。屋敷の庭で暇を潰していたときに、不自然なモノが屋敷にとまっているのがたまたま目に入ってきただけだ」


「……不自然? いえ、そのようなことはないはず。あれはマギア王国では季節を問わずよく見かけられる鳥なのですよ?」


「鳥の生態なんて興味もなければ知りもしないが、あれは姿形こそ鳥であっても鳥ではない。命の臭いがまるでしない紛い物だ。それにな、臭いを感じ取れなくても上位の探知系統スキルを持っている者であれば、よく観察すれば偽物だとすぐに気付けるはずだ。魔物だけが持つはずの魔石を、ただの鳥が持っているはずがないのだからな」


「……」


 フラムの説明を訊き終えたカタリーナ王女は瞳を揺らし、唖然としていた。返す言葉さえも見つからず、ただ沈黙を貫き続けている。いや、もしかしたら頭の中で色々と考えているのかもしれないが、俺にそれを知る術はない。


 一分、二分と沈黙が続き、ようやくカタリーナ王女の意識は現実世界へと戻ってくる。


「……貴重なお話、ありがとうございます。今の話は持ち帰って検討させていただくつもりです」


「感謝など必要ないぞ。これは主が提案した取引なのだからな。ついでに、一つ忠告をしておいてやろう。――あの紛い物の鳥だけが『義賊』を追い詰めた原因ではないはずだ。まあ、その辺りのことは自分たちで考えることだな。私からは以上だ」


「……原因は一つではない? なら……」


 フラムの忠告はしっかりとカタリーナ王女に刺さったようだ。

 俺たちには聞こえないほどの小さな声でぶつくさと呟きながら何やら考えている様子からして、原因の究明には未だに至っていないみたいだが、それでもフラムの言った通り、後のことは彼女たちの問題であって、求められない限りは俺たちがこれ以上、口を出すことではないだろう。


 それに何より、昼休みは残り僅か。

 一方的に情報を与えておしまいとなってしまっては情報交換を提案した意味がない。


 悪いとは思いながらも、考え込んでいるカタリーナ王女に声を掛けさせてもらう。


「では、こちらも一つ、情報をいただいても?」


 そう俺が声を掛けると、それまで自分の世界に閉じ籠っていたカタリーナ王女はハッと顔を上げ、姿勢を正した。


「はい、もちろんです。話せる範囲であれば、ですが」


 この牽制の言葉は国家の機密などは話せないという意思表示なのだろうが、何はともあれ一つでも質問をしてみなければ、彼女が言うところの話せる範囲が掴めない。だからといって複数にも渡る情報を求めるわけにもいかないので、的確な質問を投げ掛ける必要があるだろう。とはいえ、もし断られたのならまた次の質問を投げ掛けるだけだが。


 表情、姿勢を整え、真面目な雰囲気を纏い、俺は質問を投げ掛ける。


「気付いた範囲で構いません。ここ最近、この国に何か変化や異常を感じたことはありますか?」


「随分と抽象的なご質問ですね。ここ最近と言うのはどの程度の期間のことを指しているのでしょう?」


 難しい質問を返されてしまった。

 アーテの言葉を鵜呑みにするのであれば、春に騒動を起こすとのことだが、騒動を起こすための準備期間をいつから設けていたのか俺には全く見当がついていないのが現状だ。

 まだ準備すらしてないのか、一ヶ月、はたまた一年、いや、それ以上の期間を費やしているのか全くわからない以上、ここは期間を一年以内に絞るべきだろう。もし十年や、それ以上の長い歳月を費やしているのだとしたら、もはやお手上げと言わざるを得ない。それだけの歳月を費やし、入念な準備をしているのだとしたら、俺たちが付け入る隙などないに違いないのだから。


「一年……一年以内の出来事でお願いします」


「期間については承知しました。ですが、変化や異常というのもあまりにも抽象的過ぎて、何をどうお答えすればいいのか……」


 何を変化や異常と捉えるかは人次第。


「……」


 彼女なりに必死に考えてくれているようだが、やはり俺の質問は具体性に欠けている。欠けすぎていた。答えが出てこないのも無理はない。


 手掛かりやピース、情報、それら全てが足りていないことを改めて再認識させられてしまう。


 だからといって具体性のある質問を投げ掛けることは難しい。ともなれば、このまま後手後手に回るしかないのか。

 そう思っていたのも束の間、思わぬ情報がカタリーナ王女の口から俺の耳に飛び込んできた。


「お父様がおかしくなったのは、確かちょうどその頃……」


 それは耳を研ぎ澄ましていなければ聞き取れないほどの小さな声。

 思わず声に出してしまったのであろうその一言に、俺は食いつかずにはいられなかった。


「今、なんて?」


「――えっ? 今、私……。い、いえ……お気になさらないで下さい。ただの独り言ですので……」


 明らかに彼女は動揺していた。

 視線を逸らし、俺からの追及から逃れようとしているその様子は、きっと何かを隠しているに違いない。


「独り言でも構いません。今の話の続きを――」


 形振り構わず追及しようとしたその時、昼休みの終わりを告げる鐘の音が響き渡った。


「お昼休みが終わってしまいましたね。では、授業に遅れてしまってはいけませんので、これで失礼させていただきます……」


 そう言いながら席を立ち、去っていってしまったカタリーナ王女の横顔には、時間切れになったことに対する安堵と、俺たちに対する罪悪感が見え隠れしているように感じた。


「わたしたちは一歩、前に進めたのかもしれない……」


 確証などどこにもありはしない。だが、ディアの言葉には不思議と頷ける何かがあった。


「……ああ、そうだね」


 ――『お父様がおかしくなった』。


 この言葉が俺の脳にこびりついて離れなくなっていた。

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