第450話 張り込み
緊急会議が開かれた次の日からマルティナは学院を休んだ。
月が替わって出席日数に余裕ができていたということもあり、疲弊しきっていた心身を休めるために学院を休むことに決めたのである。
そしてもう一つ、実家のフレーデン公爵領に急遽用事ができたこともマルティナが学院を欠席するに至った要因となっていた。
マルティナが欠け、代わりにカルロッタが『義賊』の活動に加わってから三日が経ったある日のこと。
オルバーとイクセル、そしてクリスタの三人は王都にある冒険者ギルドを訪れ、依頼書が張り出されている掲示板から少し離れた位置にあるテーブルに座りながら様子を窺っていた。
「ふぁ〜あ……眠っ。仕方ないとはいってもよ、冒険者ギルドで張り込みをするなんて、いくらなんでも効率が悪すぎねえか?」
大きな欠伸をし、目を擦りながらオルバーが退屈しのぎにイクセルに話し掛ける。
その背中には大剣を背負い、服装はレザーベストに鋼の肩当て。如何にも冒険者らしい格好をオルバーはしていた。
「気持ちは理解できるが、地道に当たっていくしかないんだ、諦めろ」
イクセルは白のロングコートとミスリル製の長杖を装備していた。普段イクセルは杖など使うことはないが、冒険者らしさを醸し出すためにわざわざ装備を用意したのである。
「そうそう♪ 急がば回れってね♪」
いつにも増してテンションが高いクリスタの格好は、動きやすさを重視した露出度の高いもの。手には手袋を着け、武道家に扮しているつもりだ。
この三人が冒険者ギルドに赴くことになった理由は単純なもの。時間的な余裕があり、かつ以前から冒険者登録をしていたからに過ぎない。
ただし冒険者ランクは三人が三人ともたったのCランク。これまであまり精力的に依頼をこなしてこなかったこともあり、実力に似つかわしくない低いランクで留まり続けていたのである。
そんな三人が冒険者ギルドで張り込みを開始してから今日で二日目。
掲示板にはそこそこの数の護衛依頼が貼られていたものの、未だに依頼を受けた者は現れていない。
だが、決して手応えがないわけではなかった。
護衛依頼に興味を示す冒険者は少なからずいるようで、掲示板を凝視し、依頼書に手を伸ばしかけては手を引っ込めた者たちを三人はこれまで何組も確認していた。
後一歩。だが、それが遠くもどかしく、じれったい。
イライラが募り、ただ時間だけが過ぎていく。
オルバーが愚痴を溢すのも無理はない状況だった。
「かーっ、惜しいっ。今、手を伸ばしかけてたよなー……」
護衛依頼書に手を伸ばし引っ込めた冒険者たちを横目に見たオルバーはガクッと項垂れてテーブルに突っ伏す。
『対義賊』政策が施行されたことはまだ公にはなっていないものの、耳の早い一部の冒険者たちは既にそのことを知りつつあった。だが、後一歩、後一押しが足りていない。
冒険者たちは慎重だった。
国の政策によって『義賊』が無力化されていると高を括り、安易に護衛依頼に手を伸ばすほど冒険者たちは馬鹿ではない。それはランクが高ければ高いほどそういった傾向にあった。
依頼を失敗し、ペナルティを受ける可能性を排除しきれない以上、今は様子見する他ない。蛮勇は己の身を滅ぼすと理解しているのだ。
故に冒険者たちは慎重になっていた。そして何より、生け贄を望んでいた。
イクセルはロングコートのポケットの中から黒い石が嵌め込まれた指輪を取り出すと、人差し指に装着。そして指輪に嵌め込まれた石に少量の魔力を注ぐ。
すると、途端に騒がしかった周囲の音が遮断され、静寂が訪れる。
「あっ、静かになった。ってか、どうしたの? 急に『遮音の指輪』なんて使ってさ。もしかして、聴かれちゃまずい話?」
カルロッタが作製した『遮音の指輪』は、注いだ魔力量に応じた遮音の結界を使用者の周囲に展開する魔道具である。
クリスタの問いに、魔道具を使用者した張本人であるイクセルは小さく頷き、口を開いた。
「冒険者たちの動きが活発になることを俺たちは望んではいない。冒険者同士が互いに牽制し合い、動きを鈍らせている現状はむしろ望ましいものだと言えるだろう」
「えっ? 何っ? 急に」
クリスタの戸惑いを余所に、イクセルは言葉を続ける。
「だが、それは一時のものに過ぎない。今の状況がいつまでも続くはずがない。『義賊』の動きが全く耳に入って来なくなれば、冒険者たちは次第に動き出す。そうなれば今の俺たちにその流れを止めることは難しいだろう」
「えーっと……結局のところイクセルくんは何が言いたいの?」
イクセルの言葉に耳を傾けていたクリスタが理解ができないと難しい顔をしながら問い掛ける。
「簡単な話だ。このまま時間だけが過ぎていくのを待っていても意味はない。いずれ冒険者たちは動き出してしまうのだからな。ならば逆に冒険者を焚き付け、それを狩る。そしてもう一度冒険者たちに恐怖心を植えつけるんだ」
冒険者が動き出すのは時間の問題であり、この流れはもはや止められはしない。それに加え、『対義賊』政策が公になる日も近い。未だに公表されていないのは自分たちを追い返すことには成功しているものの、捕らえられずに逃げられてしまっているため、国家の威信を損なうことを嫌って公表していないのだとイクセルは考えていた。
「……おいおい、それはいくらなんでも危なっかしくねえか? もし失敗でもしたら本当に冒険者たちが勢い付いちまうぜ?」
「危険は承知の上だ。とはいえ、例え失敗に終わったとしても時期が早まるだけに過ぎん。被害はそこまで大きくないはずだ。それに……」
それまで神妙な面持ちで話していたイクセルだったが、そこで一度言葉を区切ると口元に小さな笑みを浮かべた。
「――危機管理は徹底的に行うつもりだ」
イクセルは自分の考えを二人に説明していく。
「まず始めに、標的になり得る冒険者パーティーを探す。ここで重要なのは弱すぎず、だからと言って強すぎないパーティーを選定することだ。弱すぎればそもそも護衛依頼を受けようとは思わないだろうからな」
「強いパーティーを避けるのは万が一を考えてってこと?」
「その通りだ。俺たちに如何なる問題が発生しようとも絶対に後れを取ることがない相手が望ましい。その辺りを考慮するとBランクかAランク冒険者が狙い目だろう」
「狙い目って……。そもそもさー、その条件? にあったパーティーを見つけられたとしてもだよ、どうやって依頼を引き受けさせるの? 誰も依頼を引き受けてくれないからワタシたちが困ってるわけで……」
イクセルの話にどこか胡散臭さを感じ始めたクリスタはジト目でイクセルを見つめ、正気かどうか窺う。
正気かどうか疑われているとは露知らず、イクセルは説明を続けていく。
「そこでクリスタ、お前の出番だ」
「……はい?」
いきなり出番と言われ、呆気に取られるクリスタを差し置き、イクセルは仕事を押し付ける。
「まずは標的を見つけるところからだな。そして標的が掲示板の前に立ったらその目の前であたかも護衛依頼を引き受けるかのような演技をしてきて欲しい。その際には『遮音の指輪』を使い、他の冒険者たちに声が聞こえないよう注意を払ってくれ。後は護衛依頼を引き受ける意欲があることを伝えるだけでいい。簡単な仕事だろう?」
「……ごめん、ちょっと待って。例えば……『この護衛依頼を受けよっかなー♪』みたいに演技してこいってこと?」
「もう少し押しを強くする必要があるが、大体そんなところだ」
ここ最近の失敗続きの影響で、いよいよイクセルの頭がおかしくなったのだとクリスタは確信し、本心を包み隠さず告げる。
「あのさ……イクセルくん、正気? そんなことしたって意味ないと思うんだけど。オルバーくんもそう思うよね!?」
自分一人では分が悪いと判断したクリスタは、先程から会話に一切加わろうとしないオルバーを無理矢理引き込む。
「俺を巻き込ま……俺に訊かないでくれ。まぁ、無駄かもしれねえが、やらないよりはマシなんじゃねえの?」
「ひどっ! 自分だけ逃げようとしてるし!」
オルバーにあっさりと見捨てられたクリスタはバタンとテーブルに両手をつき、勢いよく立ち上がる。
「クリスタ、少し騒ぎすぎだ。『遮音の指輪』は音しか遮断できない。行動には気を付けてくれ」
「あっ、うん、ごめん――じゃなくてさ! 本当にそんなのことしないといけないわけ? ワタシ、めっちゃ恥ずかしいんだけど!?」
「……恥ずかしい? 普段から似たようなことをしてるだろうに」
まるで『何を今更』といったような冷たい視線を向けられ、いよいよクリスタの怒りは頂点に達し、そして自暴自棄になった。
「わかったよっ! わーかーりーまーしーた! やればいいんでしょ!? やれば!」
イクセルの指から『遮音の指輪』を奪い取る。
それから暫くして、標的を見定めたイクセルのゴーサインを受け取り、クリスタは大きな足音を立てながら掲示板の前に向かっていった。
「あーあ、可哀想に。本当に行っちまったよ。つか、本当に成功すんのか? あんな作戦でよ」
オルバーはクリスタの後ろ姿を眺めながらイクセルに話し掛ける。
「一回で成功するとは限らないが、勝算は高いと踏んでいる」
「その根拠は?」
「護衛依頼に手を伸ばそうとしていた冒険者たちは周囲の出方を窺っていた。他の冒険者が受けるなら自分も、といった感じなのだろう。だが、その一人目が現れなかった」
「だからその一人目をクリスタにさせるってわけか。ぶっちゃけあんま意味ねえ気がするけどな」
「引き受けるフリをするだけだがな。それに人間は流されやすい生き物だ。護衛依頼を引き受ける者が一組でも現れれば自分も、と手を挙げる者が出てくるだろう。それに護衛依頼を引き受ける冒険者が一組でも現れればそれだけで『義賊』に狙われる可能性が必然的に低下すると考えてくれるはずだ」
「流されやすいってのは否定しねえけど、上手くいくかねえ……」
この時のオルバーはイクセルが立てた作戦が成功するとは微塵も考えていなかった。それは演技をさせられることになったクリスタも同じだ。
しかし二人の予想は裏切られることとなる。
一組目、二組目と失敗に終わり、そして三組目。
『これで最後だから!』と憤慨しながらも、見事な演技をこなして見せたクリスタに神様が微笑んだのか、クリスタの演技に釣られ、Aランク冒険者パーティーが護衛依頼を引き受けたのであった。
「嘘でしょ……」「マジか……」
二人は当然のように絶句したのだという。
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