第440話 吹雪の中

「ここに駐屯地が見つかった。標的がいる村との距離はおよそ十キロ、残念ながら兵の数は不明だ。だが、最低でも百はいると思ってくれて構わない」


 現在進行形でマルティナに駐屯地を見張らせているが、その全貌は未だに掴みきれていなかった。

 わかっていることといえば、広い土地にいくつもの仮設住居が建てられており、幾人もの兵士が昼夜問わずに出入りを繰り返しているということ。イクセルが『最低でも百』と言ったのは駐屯地の規模から概算した憶測に過ぎない。

 そのことはプリュイを除いた他のメンバーには既に情報が行き渡っていたため、驚きの声は上がらなかった。


「百だろうが二百だろうが関係ないな。妾を邪魔立てする者は全て蹴散らす、それだけだ」


「それは頼もしいッスけど、殺しはダメッスよ?」


「言われなくともわかっている。そもそもだな、お前たちが妾たちの掟を真似たせいで妾たちが苦労させられたのだからなっ」


「……ええっと、何のことッスか?」


「――ふんっ」


 思い出すだけでも腹立たしいと謂わんばかりに、頬を膨らませてそっぽを向いてしまったプリュイに、カタリーナは困り顔を浮かべながらも、核心へとまた一歩近付けたことに手応えを感じていた。


(間違いない。やっぱりプリュイさんは……)


 恐怖と緊張を上回る興奮に身体を震わせる。

 もうじき活動を始めるというにもかかわらず、カタリーナの頭の中はプリュイのことでいっぱいになっていく。


「ん? どうしたんだい、リーナ。どこか上の空になっているようだけど、君らしくないじゃないか」


 カタリーナの思考を現実に引き戻したのはアクセルだった。


「申し訳ないッス……」


 リーダーであるにもかかわらず、別のことを考えてしまっていた。今はプリュイのことを考えている場合ではなかったことに気付かされ、赤面させて頭を下げる。


「まったく、しっかりしてくれ……。話を続けるぞ。全員承知しているとは思うが、念のために言っておく。今回、俺たちには新たな仲間が加わった。それも非常に強大な力を持った者が、だ。しかし、安易に自分たちが強くなったと考えるな。意思の疎通や戦闘に於ける連携面を考えると、むしろ今までより不安定になる可能性が高い。従って、これまで以上に気を引き締めて取り掛かってくれ。いいな?」


 緩んだ緊張の糸を張り直すイクセルの言葉に、プリュイを除いた全員が深く頷き返す。


「ではこれより、作戦概要を説明する――」


 イクセルはプリュイのことを信頼も信用もしていない。

 故にイクセルが考えた作戦は、従来の作戦にプリュイという異分子を邪魔にならない位置に配置するだけというものだった。


 前衛にはアクセル、クリスタ、オルバーを置き、中衛には遊撃としてカタリーナを、そして後衛にはマルティナとイクセルを置く基本的な布陣である。


 そんな中でプリュイが配置されたのは、カタリーナと同じ中衛――つまり遊撃であった。

 カタリーナにプリュイの手綱を握らせることができ、そして何より、遊撃というポジションは何も行動を起こさなければ前衛にも後衛にも影響を与えることはない。

 つまるところ、イクセルは今回の作戦を五人だけで完結させるつもりでいたのだ。

 不安材料を多く抱えるプリュイをカタリーナに抑えてもらい、残るメンバーで標的を襲うことが最も確実で安全であるとイクセルは考えたのである。

 無論、万が一があれば、カタリーナやプリュイに頼らざるを得ないが、最初からプリュイを組み込むよりは余程安全性が高いと踏んでの作戦であった。


 短時間でハンドシグナルなどを教えたり、連携面を強化することは望めない。ならば最初からいない者として、もしくは最後の最後の切り札のように扱うべき、というのは『七賢人セブン・ウィザーズ』全員の総意でもあったのである。


「――作戦は以上だ。異論はないな?」


 つつがなく作戦概要の説明を終え、イクセルは全員に問いかける。とはいえ、あくまでもそれは形に過ぎない。異論が出ることなど極めて稀であるため、イクセルは端から異論の声が上がるとは考えていなかったのである。


 しかし、今回は違った。


「ないわけあるかー! 中衛だか遊撃だか知らんが、妾は前に出て戦うぞ! こっそりと宝をくすねられては堪らんからな!」


「「……」」


 冷ややかな眼差しがプリュイに集まるが、当の本人は気にする素振りを全く見せず、断固として譲らない。


「あはは……くすねたりなんかしないッスよ。もしそれでも信用できないのであれば、物資の回収は私とプリュイさんで行うっていうのはどうッスか? それなら安心できるッスよね?」


「むっ……まっ、まぁそれなら……」


 カタリーナはイクセルに視線を送り、作戦の変更を申し出る。

 当初の予定は前衛組が警備の者を無力化、そしてそのまま物資の回収という手筈になっていたが、プリュイの機嫌を損ねれば作戦の遂行が困難になる恐れがある。

 故に、やや険しい表情をしながらもイクセルは渋々作戦の変更を認めた。


「……わかった、それで行こう。リーナ、任せたぞ」


「もちろんッスよ」


 その後、プリュイの着替えが終わるまで待ち、新生『七賢人』は転移門を使って目的地に一番近い転移門に移動した。




 アクセルとカルロッタが共同開発した転移門はマギア王国全土に設置してあるものの、当然その数は限られている。

 目的地に一番近い転移門に移動したとはいえ、目的地まで歩いて数分という距離に偶然転移門が設置してあることなど極めて稀。

 今回の標的は王都に極めて近い地点にいるということもあって、転移門を使っても尚、暫しの移動時間を必要としていた。


 転移後、周辺に人がいないことを確認してからイクセルは一度漆黒の仮面を外し、苛立ちと共に愚痴を溢し出した。


「……ちっ、だいぶ吹雪いてきているな。この様子ではさらに天気が荒れそうだ」


 分厚い雲が空を覆い、大雪と共に横殴りの風が容赦なく吹き付けてくる。

 天気は大荒れ。

 視界は極めて悪く、仮面の暗視機能なしでは数メートル先さえも見渡せないほど吹雪いていた。


「街道を使うのは避けたい。視界も足場も悪いが、このまま雑木林を抜けていくぞ」


 歩き易さだけを考えるならば街道を使うのが一番だ。

 主要な街道にはマギア王国の魔法研究の粋が尽くされており、今宵のような悪天候でも雪が積もることはない。

 しかしながら優れた技術が施された街道が故に、人通りは多く、人目が避けられないのもまた事実。

 いくら夜が更けていようと、そこに拍車を掛けるように悪天候であろうと、人目に晒されるリスクをイクセルは嫌ったのである。


「このまま雑木林を抜けていくなんて、イクセルくん正気? 膝の上まで雪が積もってるんですけどぉー……」


 仮面に吹き付けてくる雪をきらったクリスタが一度仮面を外し、雪を拭いながら異論を唱える。


「ならば、木々の上を跳んで移動すればいいだけだ。雪の上を歩くよりかは幾分かマシだろう」


「木に積もった雪で滑りそうなのが少し怖いけど、確かにその方がマシかなー……」


「決まりだ。先頭は一番体重があるオルバーに任せる」


「俺で足場の安全を確認するつもりかよっ! まっ、いいけどよー、その代わり、ちょっとばかし仮面は外させてもらうぜ? 流石にここまで雪が酷いと逆に仮面が邪魔になるからよ」


「承知した。だが、目的地に近付いた際には必ず着けてもらうからな」


「言われんでもわかってるっつうの。んじゃ、出発すんぞ」


 オルバーの呼び掛けを切っ掛けに、次々と木々の上に飛び移り、そして移動していく。




 それから約三十分後、器用に木々の上を高速移動していった新生『七賢人』は、ようやく目的地の一キロ圏内に到着する。


 天候はイクセルの予想通り、より一層悪化していた。

 風切り音が酷く周囲の音すらもろくに拾えない。


「オルバー! この辺りで一度止まってくれ!」


 先頭を走り跳ぶオルバーにイクセルが大声で待ったをかけると、その場で全員が一度停止し、雪が降り積もる地面に降り立った。


「ここから先は仮面を着けて慎重に進むぞ。マルティナ、標的がいる村の様子はどうだ?」


 この悪天候の中で、わざわざ標的が村を出発するなんてことは有り得ないとは思いつつも、イクセルはマルティナの眼を頼る。

 しかし……、


「……ダメですわね。視界が悪くてほとんど何も見えませんわ」


「近付いて確認することはできないか?」


「無茶を仰らないで下さいな。この猛吹雪の中で作り物の鳥が上手く飛べると思いまして? ですけど、一つ気になることが……」


 眉間に皺を寄せ、マルティナはそこで一度口を閉ざし、考える素振りを見せた。

 そして数秒の間を空け、怪訝そうな声音でポツリと呟く。


「何故か村の周囲に明かりが灯っていますの。それも、いくつもの明かりが……」

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