第439話 初仕事

 クラス替え試験を数日後に控えたある日のこと。


 その日は学院が休みだったということもあって、俺は随分とゆっくりとした朝を迎え、朝食という名の昼食を食べるべく、食堂へと向かった。

 外からは何やら物騒な戦闘音が聞こえてくるが、おそらくフラムあたりがアリシアや騎士たちを連れて鍛練でもしているのだろう。


 朝食にしては遅すぎ、昼食にしては些か早すぎる中途半端な時間。

 こんな時間に食事を取ろうとしているのは俺だけに違いない。そんなことを思いながら食堂の扉を開き、中へ入る。


 当然、そこには使用人の他に俺以外誰もいな……いた。

 テーブルに上半身を預け、ぐったりとしながらテーブルと一体化しかけているメイド服姿のプリュイがそこにはいた。


「……何してるんだ?」


 食べかけの料理はとうに冷めているのか、スープには膜が張っていた。彩り豊かなサラダや、焼き立てであったであろうパンも半分以上が残されている。

 そんな中で唯一、空になった皿があったが、それはおそらくフラムとプリュイにだけ毎朝特別に用意されている肉料理が乗っていた皿に違いない。

 ちゃっかりとメイン料理だけ食べきっているあたり、プリュイらしいとも言えるが、食欲旺盛なプリュイが料理を残していることに驚きを覚える。


「……」


 返事はない。まるで屍のようだ。


 空いている席は他にもいくらでもあるため、そのまま放っておくこともできる。だが、食堂の奥の物陰からこちらの様子をチラチラと窺ってきている使用人たちが視線で俺に訴えかけてきていた。『何とかして下さい』、と。


「おーい、起きろー。もうすぐ昼だぞー」


 今さっき起きたばかりの俺がこんなことを言う資格なんてないかもしれないが、使用人たちの懇願するかのような視線が辛かった。ゆさゆさと肩を揺さぶってプリュイを起こす。


「やーめーろー、ねーむーいーのーだー……」


「ん? 何かあったの?」


 精魂尽き果てたかのような力のない返事に、俺は疑問を抱く。

 三食昼寝付き、しかもメイドとしての仕事も免除されているプリュイが疲れているとは、何か余程のことがあったのだろう。

 基本的に屋敷でぐうたらしているだけのプリュイが疲れる理由……思い当たる節は一つしかない。


「うむ、実は昨晩……」


 うつ伏せになっていたプリュイがゆっくりとその身体を起こすと、ジトッとした眼で俺を見つめながら眠たげに昨晩の出来事を語り始めた――。


――――――――――


 時は半日前に遡る。

 街の明かりが消え始め、静けさが増していく夜十一時のことだった。


 屋敷の割り当てられた一室でプリュイがベッドの上で寛いでいると、突然ガラス窓からコツン、コツンと音が鳴る。


「ん? なんだ?」


 身体を起こし、窓辺に視線をやると、そこには一羽の白い鳥が嘴でガラス窓をつついていた。

 不思議に思い、窓を開けると、白い鳥は逃げ出すどころかプリュイの肩まで飛び移り、図々しく羽を休ませる。


「こんっの、生意気な――……む? こやつ……獣の臭いがしないな」


 鷲掴みにした白い鳥を眼前に掲げ、じっと観察を始める。

 見た目は何の変哲もない鳥だ。しかしそれには命の臭いがしなかった。

 そんな鳥の足には紐でくくりつけられた小さな紙が一枚。

 プリュイは乱暴に手早く紙をひき取ると、そこには『外へ』と短い文字が記されていた。


 鳥を外へと逃がし、窓から外を見下ろす。


「ふむ……なるほど。早くも妾の出番がやってきたというわけか」


 ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 眼下には黒のローブを纏った怪しげな者が二人。どちらも窓際に立つプリュイのことを見つめていた。


「迎えを寄越すとは、なかなか気が利くではないか。くっくっく――初仕事だ」


 窓枠に足を掛け、プリュイは軽々と庭へ飛び降りた。




「安心したッスよ。もしかしたら来てくれないんじゃないかと思ってたんスから」


 プリュイを迎えに来たのは、カタリーナとマルティナの二名。残りのメンバーは一足先にアジトに集まり、作戦を練っている最中だった。


「わっはっはっはっ! 出迎えご苦労であったな! 今宵は一暴れと行こうではないか!」


「しぃっー! 静かに! 静かにお願いするッスよ!」


「はぁ……。なんでワタクシがお守りを……」


 意気揚々と高笑いするプリュイ。

 それを慌てて諌め、疲弊するカタリーナ。

 ため息と共に軽い目眩を覚えるマルティナ。


 三者三様、別々の思いを抱きなからアジトへと向かう。




「ここがアジトなのか? 随分と狭苦しいな……」


 王都ヴィンテルの外れ、閑散とした市街地に建っている小さな一軒家に連れて来られたプリュイは物珍しそうに周囲を見渡しながら、そう愚痴を溢した。


「狭いかもだけど、ここは中継地みたいなとこだから今は我慢してね♪ リーナちゃん、早速だけど皆集まったことだし、移動しちゃおうか?」


 プリュイの愚痴に付き合ったのは、『七賢人セブン・ウィザーズ』の中で最もコミュ力に長けたクリスタだった。

 普段に比べ、やや空気が重いことを素早く察し、場を少しでも和ませるために一汗かいた形だ。


「それもそうッスね。それじゃあ――盗賊ごっこを始めるッスよ。この国の未来のために」


 いつも通りの決まり文句を口にし、カルロッタを除いた『七賢人』と、新たにその仲間になったプリュイは、転移門を使って『賢者の部屋』へと移動した。




 視界が切り替わり、場所は『賢者の部屋』へ。

 移動するや否やカタリーナはとっ散らかった部屋の奥へ進み、ゴソゴソと荷物を漁る。

 そして彼女が手にしたのは黒の外套と漆黒の仮面。それは活動するにあたって全員が使用する変装道具一式であった。


「カルロッタにお願いして作ってもらったッス。はい、どうぞ、プリュイさん」


「おお! これは貴様らが……いや、一時的なものとはいえ、仲間になったわけだし、呼称を変えてやるのが筋か。――お前たちが身に着けているものだな!?」


 カタリーナから一式を渡され、目を輝かせるプリュイ。


「……貴様もお前も大して変わらなくねえか?」


 ボソッとオルバーがそう呟いたが、変装道具に興味津々になっているプリュイの耳には入らない。


「この仮面を着けると声が変わるのだな? アー、アー、ワラワハ、プリュイ。おお! 凄いな! スゴイゾ!」


 プリュイは仮面を着けては外し、また着けては外しをひとりで繰り返し、楽しげに騒ぐ。

 その一方で『七賢人』たちはプリュイに呆れ、放っておくことに。


「おいおい……こんなんで本当に大丈夫かよ?」


「……わからん。が、最初から頼りにしていない。六人だけで成り立つよう作戦を立案したのもその為だ」


「逆に僕たちが彼女を助けてあげるくらいの気持ちが必要かもね」


「それじゃあ戦力増強どころか、むしろ逆効果じゃねえか……」


 オルバー、イクセル、アクセルと男性陣三人はプリュイの扱い方を考えることを投げた。

 対して女性陣は、と言うと……、


「リーナちゃん、本当に連れていくの……?」


「クリスタの言うとおりですわ。彼女はワタクシたちに厄災を運んでくるのではなくて?」


「あははは……そんなことはないと思うッスよ? たぶん……」


 もはや疫病神扱いまでしている始末だった。

 唯一人、カタリーナだけはプリュイに一定の信頼を寄せているものの、それは確固たるものとまでは至らない。当然のようにカタリーナも一抹の不安を抱えていた。

 しかしそれでいて尚、カタリーナはプリュイを連れていくことを選んだ。


「もう後には引けないッスよ。それに……今回の仕事は一筋縄じゃいかないと思うッスから」


 国が主導となり、始動した『対義賊』の布陣。今回はその布陣が敷かれてから、初めての活動であった。


「――訊いてくれ、そろそろ最後の打ち合わせをしよう」


 各々が会話等に夢中になって暫くしてからイクセルが声を張り、注目を集めた。


「今回の標的は王都にかなり近い距離まで迫って来ている。マルティナ、標的の現在地は?」


「――ここですわ」


 そう言いながらマルティナはテーブルの上に広げられた地図に白い丸石を置く。

 標的を示す白石は、王都ヴィンテルより西に約五十キロメートルの地点にある名もない小さな村に置かれていた。


「見ての通り、今回の襲撃地はこの小さな村になる。比較的街道に近い位置にある村だが、所詮は名もない小さな村。本来であれば大した警備もないことから、そう難しい仕事にはならないだろう。しかし、知っての通り、今は状況が異なる」


 イクセルは手の中に握っていた黒い丸石を、白い丸石が置かれたすぐ近くの場所に置き、説明を続ける。


「ここに駐屯地が見つかった。標的がいる村との距離はおよそ十キロ、残念ながら兵の数は不明だ。だが、最低でも百はいると思ってくれて構わない」

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