第434話 新たな関係
「今のはどういう意味ッスか? プリュイさんが私たちを憎んでいたのは、もしかして獲物を横取りされたからなんじゃ……」
プリュイの失言は聞き逃されなかったばかりか、図星まで指される始末。流石のプリュイも動揺を隠しきれずにあたふたと狼狽する。
「あっ! いや、えーっと、だな……」
「その反応……どうやら図星っぽいッスね。ということは傭兵団『雫』の正体は盗賊だった、つまりはそういうことッスか?」
このままだとプリュイのせいでとんだとばっちりを食うことになりそうだ。
俺たちを見つめるカタリーナ王女の視線が――『
狼狽するプリュイを放置し、俺は冷静さを装いつつ横から口を挟む。
「それは些か邪推が過ぎます。傭兵団『雫』は一時的にプリュイに協力するために組織したものであって、俺とディアに関しては盗賊紛いの行為をこれまで一度もしたことはありませんから」
「――コ、コースケ!? 貴様、妾を裏切ったなっ!?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ……。本当に……」
俺は事実を言ったのみ。
裏切り者扱いをされるのは癪だが、盗賊の仲間だと思われるよりは余程マシだ。
俺は疑いを晴らすべく、釈明を続ける。ほんの少しだけ真実を覆い隠して。
「理由は話せませんが、訳あってプリュイに協力していることは事実です。実のところ彼女は海賊でして、マギア王国北部の海域を縄張りとしていたようなのです」
本来であれば海運業を営んでいるとでも言いたかったのだが、プリュイが失言をしてしまった以上、今さら言い繕っても意味はない。
俺とディア、ひいてはラバール王国が悪者にならないよう、あくまでも協力者という立ち位置を強調して主張しておく。
「なるほど、どうりで私たちを目の敵に……。それにしても、古くからマギア王国の海を荒らしていた海賊団の一人が、今私の目の前にいるとはちょっと驚きッスね。ちなみにッスけど、彼女の身柄を国に突き出せば一生遊んで暮らせるほどの懸賞金が貰えるッスよ? 『義賊』なんて言われている私たちよりも、よっぽど大物ッスから」
懸賞金をかけられているということは、マギア王国は遥か昔から水竜族による強盗被害に遭っていたのだろう。ただし、海賊の正体が竜族であるということは知られていないようだが。
「残念ですけど、お金にはそれほど困ってませんし、海賊たちからの恨みも買いたくはありませんから遠慮しておきます」
海賊の正体を知っている俺からしてみれば、プリュイを売るなんて行為は論外だ。プリュイを売れば最後、水竜族は総力を上げて報復してくるに違いない。例え大金を貰えたとしても、命がいくつあっても足りなくなるだろう。
「それは――仲間だから、じゃなくッスか?」
疑いの眼差しというよりか、冗談半分のからかうような眼差しでカタリーナ王女が問い掛けてくる。
「違いますよ。お金よりも命の方が大切なだけです」
「へぇ〜……。コースケさんほどの実力をもってしても、報復を恐れるんスね」
何か含むところがありそうな言い草だったが、カタリーナ王女はそれ以上の追及をしては来なかった。
「なんにせよ、こちらの――プリュイの事情はわかって貰えたかと思います。要約すると、貴女方が海運を滞らせてしまったせいで海賊稼業が成り立たなくて困っている。プリュイはそう言いたいのです」
自分で説明をしておいてあれだが、何とも呆れた話である。
つまるところ、賊が賊に縄張りを荒らされて困っているということ。
プリュイはあたかも被害者面をしているが、その実、本当の被害者は別にいるのだ。そう考えると、つくづく呆れた話だと再認識させられる。
「あははは……、なかなかの暴論ッスね。私たちの存在が邪魔だから活動をやめろってことッスもんね」
「まあ、そうなりますね……」
二人して呆れ顔を浮かべる。
この時の俺は、おそらくカタリーナ王女と全く同じことを思っていたに違いない。
――なんて馬鹿げた話し合いをしているんだろうか、と。
だが、呆れていただけの俺とは違い、カタリーナ王女はそこから話を発展させた。
「……けど、考えようによっては良好な関係を築くこともできるかもしれないッスね」
「……? と、いうと?」
「目的は違えど、『盗人』という点に於いて、私たちとプリュイさんは同類といっても過言ではないッスよね? だったら共存することもできるんじゃないかと思ったんスよ」
カタリーナ王女が言いたいことはすぐに理解できた。
盗賊同士が手を組むことでwin-winの関係になろうという意味なのだろう。
しかしながら彼女はマギア王国の王女なのだ。
王女という立場にありながら犯罪者と手を組むなんてことがあってもいいのだろうかという疑問が沸いてくるのと同時に、何故そこまでする必要があるのかと俺はつい勘繰ってしまうが、そこはぐっと堪えて話を進める。
「海運を見逃すことで海と陸で互いの活動圏を分けると?」
「んー、それはできないッスね。プリュイさんの話を訊く限り、プリュイさんの目的は気に入った物を盗むことだけにあるみたいッスから」
俺の案はバッサリと切り捨てられた形になったが、カタリーナ王女の話を訊いていくうちに理解に至る。
「プリュイの目的は貴女方の目的である『国庫に集積される予定の財貨や資材の運搬妨害』とは相容れない。そういうことですかね」
「ええ、大体はそんなところッス。こちらとしては運搬されてくる物資を根こそぎ……は流石に言い過ぎッスけど、ある程度は盗んで貰わないと意味がないッスから。だからといって盗めるだけ盗んだとしても駄目ッス。盗んだ物をちゃんと還元しないと国民の生活が厳しくなってしまう。対象を見定め、国民の生活になるべく影響が出ないよう絶妙な塩梅で活動をしてもらわないと困るんスよ」
好きな物を好き放題に窃盗を繰り返すプリュイと、明確な目的を持って窃盗を繰り返す『義賊』では似て非なるものだと言いたいのかもしれない。
事実、海と陸で活動圏を分けてしまうと、水竜族と『義賊』が世間に与える影響は計り知れないものになりそうだ。おそらく得をするのは水竜族だけになるだろう。
いくら気をつけているとはいえ、現状でさえ『義賊』こと『七賢人』がマギア王国民に与える影響はゼロとはいかないのだ。
現に冒険者には既に小さくはない影響を与えてしまっている。そんな現状の中で、さらにそこへ傍若無人の振る舞いをする水竜族が加われば、甚大な影響を及ぼす切っ掛けになりかねない。それに加え『七賢人』が掲げている目的も中途半端なものになってしまうだろう。
故にカタリーナ王女は、俺の考えをバッサリと切り捨てたのだ。
「そこは同意見です。プリュイにそんな配慮ができるとは思えませんから」
「――ぬぁんだとっ!?」
つい先程まで、動揺のあまり沈黙を貫いていたはずのプリュイがここに来て出しゃばってきたが、全員が華麗にスルー。そのままカタリーナ王女と話を続ける。
「ところで一つ確認しても? 貴女が言う国民の中には冒険者や貴族は含まれていない。その認識で間違っていませんか?」
「一概にはそうとは言えないッスけど、貴族に関してはその認識で構わないッスよ、特に悪事を働いている貴族に関しては。綺麗事だけを語るつもりはないッスから」
そう真摯に答えた彼女の表情には罪悪感を抱いている様子はない。だがその代わりに、それらを通り越した『後には退けない』という覚悟のようなものが俺には垣間見えた気がした。
「確認したいことはもうないッスか? 無いようなら私からも一つ確認したいことがあるんスけど」
俺を含め、誰も口を開くことなく、数秒間の沈黙が訪れる。
沈黙を確認したカタリーナ王女は視線を俺からプリュイへと向け、そこにいる誰もが驚愕する提案を行ったのであった。
「プリュイさん――私たちの仲間にならないッスか?」
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