第409話 迂回
鉱山都市タールを出発し、半日が経った。
行きとは違い、荷馬車の台数と積み荷が載せられたことで俺たちの行進速度は低下。綺麗に整備された大きな街道に出るまでは気を急くことなくのんびりと進むしかない状況に陥っていた。
「また衛兵か。珍しいこともあるものだ」
細い山道を進んでいる俺たちの真横を馬に跨がった十人ほどの兵士たちが反対方向に通り抜けていく。
その光景を見たのはタールを出てからというもの既に三回目。マギア王国の事情はよくわからないが、御者台に座る執事がそう口にするのも無理はない珍しい光景なのだろう。
そう思ったのも束の間、通り抜けていったはずの兵士の一人が突如踵を返し、俺たちに向かってきた。
万が一のことを考え、俺は荷馬車の最後尾へと走り、こちらへ向かってくる兵士を出迎える。
その際、腰に差してある紅蓮は抜かない。抜いてはならない。
襲われたのならまだしも、相手の意図がわからない以上、下手に敵意を見せるのは危険だと判断したからだ。
俺は警戒心だけを高め、兵士の出方を待つことにした。
「私たちに何かご用件が?」
「知らぬかと思い、念のため伝えに来たのだ。ここから馬で三時間ほど先にある道で崩落事故が起きた。現在、復旧作業中のため、王都に向かっているのであれば迂回した方がいい。以上だ」
それだけを言い残し、兵士は馬を走らせ去っていく。
その後、俺は執事に兵士から訊いた話を伝えていた。
「チッ……、崩落事故とは厄介な。迂回するとなると今晩は野宿せざるを得なくなるだろう。この後の経路は――」
地図を参照し、執事と俺はおおよその事故現場の特定と今後のルート確認を行う。
「やはり半日ほどの遅れが出てしまうな。これでは近くの村に辿り着くことは難しい。仕方ない……今晩は野営するしかなさそうだ」
復旧にどれほどの時間が掛かるかわからないからか、タールに引き返すという選択肢は執事の頭の中にはないようだ。
時間的な猶予があまりない俺たちからしてみれば有難い話だが、どうにもキナ臭さを感じてしまう。
大雨が降ったわけでも、嵐が起きたわけでもない。にもかかわらず、崩落事故が起きたというのはどうしても腑に落ちない。
人為的な事故。
そう勘繰ってしまうのは、俺が『義賊』を意識し過ぎているからなのかもしれないが……。
とにもかくにも、迂回ルートは決まったのだ。ならば、後は足を動かすのみ。
全体に情報伝達がされた後、俺たちは荒れた山道を進んでいった。
「もうじき日が暮れる。夜の山道は危険なため、今日はここで野営を行う。君たち『雫』は一度、周辺の警戒をしてきてくれたまえ」
俺たちの現在地は地図によると山の中腹辺り。多少拓けているが傾斜は厳しく、王都へ直接続く街道に出るまでは後二日ほど掛かるといったところだ。
明らかに野営をするには不向きな場所であったが、荷馬車を停めるスペースとテントを張るスペースがあるだけ幾分かマシ。地図を見る限り、近場でこれ以上の贅沢が望める場所は見当たらなかったため、執事は妥当な判断を下したと言えるだろう。
「承知致しました。ベータ、ガンマ」
未だ慣れないコードネームでディアとプリュイを呼び、話を訊かれないよう場所を移す。
「二人ともお疲れ様。疲れてない?」
「この程度で妾が疲れるとでも? 退屈なだけだったぞ」
顔色からして見栄を張っているわけではなさそうだ。むしろ暴れたりないと言わんばかりにピンピンとしていた。
「わたしは全然平気だよ。それよりこうすけ、周囲に何か気配は?」
「今のところ、魔物が数体いるだけで人の気配はないよ」
ここまでの道中では常に『気配完知』を発動させていたが、特段これといった怪しい気配は確認できていなかった。
とはいえ、気を抜くことはできない。むしろ最も警戒すべきはこれからだろう。一日二日程度であれば睡眠は不要。今日は夜通し周囲の警戒に努めるつもりだった。
「とりあえず執事からの命令通りに動こうか。ディアは荷馬車の護衛を、俺とプリュイは周辺にいる魔物を駆除していこう」
「うげっ……、まだ妾を働かせるというのか?」
「別に俺一人でもいいけど、その場合は寂しい献立になるかもね。あーあ、もったいない。せっかく肉が食べられるかもしれないのになー」
白々しいほどの棒読みになってしまったが、その効果は覿面だった。
先程までやる気の『や』の字も見えなかったプリュイの瞳の色がガラリと変わる。
「し、仕方あるまいな! 妾も手伝ってやるとしよう!」
颯爽と魔物に向かい山の奥へと駆けていくプリュイ。道に迷う素振りがない様子からして、プリュイも探知系統スキルを持っているようだ。
これで疑似アイテムボックスの中に大量の食料品が仕舞ってあるとは口が裂けても言えなくなってしまったが、まあいいだろう。
そして、取り残されたのは俺とディアだけとなった。
「こうすけ」
「ん? どうかした?」
ディアは満天に輝く星空を見上げていた。
星々の明かりに照らされた美しい銀色の髪が冷たい冬の風によって靡く。
こうして二人きりになったのは久しぶりだった。
多少の違いはあれど、夢の中で出会い、そしてこの異世界で出会った時の光景と重なって見えてくる。
しかし、あの時と今では決定的な違いがあった。
ぼろぼろになり、孤独で寂しげな表情を浮かべていたディアはもういない。
彼女はもう独りではない。
「頑張ろうね」
空を見上げていたディアが優しく、そして誰よりも美しい笑みを俺だけに向けてくる。
「ああ、頑張ろう」
俺は心地よく高鳴る心臓をそのままに、満点の星空を見上げたのであった。
――深夜。
静寂に支配された冬空の下、俺たち『雫』の三人は焚き火の炎をぼんやりと見つめていた。
聴こえてくるのは焚き火の音と時折吹き抜ける風の音だけ。馬も疲れが余程溜まっていたのか、横たわり静かに寝静まっていた。
「……っと」
静けさと夜が更けたことも相まってか、プリュイは舟を漕いでは起きたりと、うつらうつらとしている。
弛み始める警戒心。
その隙を狙い、奴らはやってくる。
「――ディア、プリュイ」
俺はコードネームのことなどすっかりと忘れ、二人に小さな声で呼び掛ける。
「もしかして……」
察しの良いディアは一瞬で状況を理解したのか、表情を真剣なものへ変えていく。
「……んにゃ?」
対してプリュイは意識を朧気にしており、未だ状況が掴めていない様子だった。
「――来たぞ」
「数は?」
「二人、三人……ん? 何かおかしい……。数が少しずつ増えてきて……る?」
俺の『気配完知』の範囲外から範囲内に踏み込んで来る分には、人の数が増えていくのは理解できる。
しかし、今回のケースは違った。
俺の『気配完知』の範囲内に突如として次々と人の気配が増えていったのだ。
その後数秒と経たず、三人、四人とその数は増え、最終的には六人の気配を探知する。
「数は六。ちょうど俺の後方三百メートル先だ」
「ぬっ!? もしや、
完全に意識を覚醒させたプリュイが瞳の色を変え、警戒心と憎悪の炎をその瞳に宿す。
「落ち着いて欲しい。まだわからないし、相手の出方を見よう」
距離を詰めてくる気配はまだない。
虎視眈々と俺たちを狙っているのか、はたまた俺たちとは全く関係のない存在なのかはわからないが、今は相手の出方を窺った方が良さそうだと俺は判断を下す。
「こうすけ、大きな魔力の塊が山の上の方からこっちにまで流れてきてる」
そうディアから指摘され、俺もようやく膨大な魔力の塊が流れ込んできているのを知覚する。魔力を直接視認できるディアとは違い、俺の魔力センサーの精度は幾分か低いため、気付くのが遅れてしまっていた。
「……確かに。相当な魔法の使い手と見て間違いなさそうだ」
魔力量が多い=魔法の腕が良いとは一概には言えないが、まだ見ぬ相手を下手に過小評価せず、強大な相手だと思い込んでいた方が身のためになる。ちょっとした油断が失態に繋がりかねないからだ。
「待って。魔力の質がどこかおかしい。この膨大な魔力は……一人のものじゃない? 色んな魔力が入り雑じってる」
「それは一体――」
ディアの言葉を理解しようとする前に、『それ』が動き出す気配を探知する。
「――来た! 迎え撃つ!」
「うん!」「任せるがよい!」
六つの影が俺たちの野営地を目掛け、動き出したのであった。
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