第370話 未来予想図
「たっだいまー! 疲れたよぉー!」
勢いよく扉を開け、『
ここは中央校舎五階にある、通称『賢者の部屋』と呼ばれている一室。活動内容は公になっていないが、一応はクラブ活動という名目で『七賢人』が集い、利用している部屋だ。
二十人は利用できるほどの会議室並みの広さを誇っている部屋には、一通りの家具は勿論のこと、様々な魔道具や、何かしらの実験に使われるのであろう機材、果てには魔物から採れる素材や魔石などが乱雑に置かれていた。
だが今はまだ昼前ということもあって、今この部屋にいるのはクリスタを含め二人だけであった。
先んじて室内にいた一人が、ソファーでうつ伏せになったクリスタに労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様でした。クリスタには嫌な役目を押し付けてしまいましたね……」
クリスタが任された仕事は『ラバール王国から来た新入生に嫌われること』だった。
その目的は、ラバール王国から来た四人を『七賢人』に近寄らせないため、そして『七賢人』への興味を失わせるためにあった。
紅介たちから敵愾心を持たれない程度に程よく嫌われるように、『七賢人』の中で最もコミュニケーション能力が高く、心理的な駆け引きを得意とするクリスタが嫌われ役を任されたのである。
「ホントだよー! まー、安請け合いしたワタシも悪いんだけどさ。でもでも、まさかあんなに怖い人たちだなんて思ってなかったよー。特に赤髪の綺麗な人! 確か……フラムちゃんだっけ? ワタシの勘じゃ只者じゃないね、あの人は。纏ってる雰囲気が普通の人とは全然違ったし! もしかしたらワタシより強いかもしれないなー」
「常人離れしているのは、おそらくフラムさんだけではありませんよ。あと二人……コースケさんとディアさんもかなりの実力者でしょう。あのカイサ先生を倒してしまうほどですから」
ヴォルヴァ魔法学院の最上位クラスを受け持つカイサ・ロブネルの実力は並大抵ではない。その実力は学院内だけに留まらず、マギア王国内に於いても最高峰とまで言われるほどの魔法師であった。
「うーん……確かにそうかもねー。でも俄には信じられないんだよね。それに倒したって言っても、試験での話でしょ? 手加減をしたとまでは言わないけどさ、カイサ先生が本気を出したわけじゃないだろうし、そこまで警戒する必要があるのかなって思っちゃうなー。――って言うかさ、今は二人きりなんだし、その言葉遣いやめたら? 他人行儀な態度に感じちゃうし……。ねっ? リーナちゃん♪」
ソファーにうつ伏せになっていたクリスタはキチンと座り直し、上目遣いで、対面のソファーに腰を掛けていたリーナこと――カタリーナにそう問い掛けた。
『七賢人』第一席にして、マギア王国第一王女――カタリーナ・ギア・フレーリン。
王女という身分に有りながら、彼女は『七賢人』の仲間たちから、親しみを込めて『リーナ』という愛称で呼ばれていた。
そこに身分の差は関係ない。言葉遣いも人それぞれ自由にしており、カタリーナ自身もそれを咎めることは決してない。むしろ、対等な関係で接してくれることに心地よさすら感じていた。
だが、クリスタから指摘されても尚、カタリーナは言葉遣いを直すことなく、そのままの丁寧な口調で話を続ける。
「いくら試験中だったとはいえ、負けず嫌いのカイサ先生がわざわざ負けるような真似をするとは思えませんし、警戒するに越したことはないかと。それと、言葉遣いについてですが、他人行儀に感じてしまうかもしれませんが、暫くは我慢してください」
「えー! 昨日までは普通に話してたのに? どうしたの、急に」
クリスタが頬を膨らませたのも仕方がないと言えよう。
何故なら、突然今日になってからカタリーナが口調を変え始めたからだ。それまでは二人きりの場面や、ここ『賢者の部屋』の中では、カタリーナはかなり砕けた口調で話していたのである。
何故突然? といった疑問をクリスタが持ってしまっても無理はなかった。
「私がボロを出さないようにするためです。日頃から習慣づけていないと、咄嗟に砕けた言葉遣いになってしまいそうですから。気が緩みがちな学院内では特に……」
カタリーナはそう言いながら苦笑いした。
アリシアが留学してきたことにより、今後、カタリーナは王女としての振る舞いを求められる場面が増えることを予想し、言動を矯正するために己を正そうと努力していたのである。今もソファーに腰を掛けているところだったが、背もたれには背を預けないよう己を律していた。
そんなカタリーナの健気な努力を垣間見たことでクリスタは納得の意を示す。
「あーなるほどー。ならしょーがないね。でも、クラブの
「ええ、もちろんです。その時は上手く切り替えてみせますよ」
そう言った途端、カタリーナの表情と眼差しは真剣なものへと早変わりする。
――ミスは許されない。
そのことを重々承知しているが故に、カタリーナはここで誤魔化し笑いを浮かべることはない。
「うん、信用も信頼もしてるよ♪ でさでさ、入学試験もクラス替え試験も終わったことだし、そろそろクラブ活動は再開するんだよね? 他の皆も着々と準備してってるみたいだしさ」
ここで言うところの『他の皆』とは、当然『七賢人』の他のメンバーのことを差していた。
今この時こそ、他のメンバーはこの部屋には集まってきていないが、放課後になれば大半のメンバーは集まってくるだろう。
無論、ただ暇を潰すために集まるわけではない。今後のクラブ活動の展望を熱く語り合うこともあれば、情報交換を行ったり、活動計画を立てたりと話すことはいくらでもある。
遊び気分でクラブ活動に参加しているものは、『七賢人』の協力者を含め、誰一人としていないのだ。全員が全員とも、クラブ活動に対して真剣に取り組んでいた。
しかし、そんなクリスタの問い掛けに対するカタリーナの反応は鈍いものとなる。
「……判断が難しいところですが、少なくとも今は大々的な活動は控えた方が良いかもしれません」
「ってことは、当分は裏方の活動に徹するってこと? リーナちゃんがそれでいいならワタシ的には文句はないけどさー、リーナちゃん的にはホントにそれでいいの?」
その問いに、カタリーナは困ったように眉を『ハ』の字の形にした。
クリスタの問いを意地悪に思ったわけではなく、ただ純粋に回答に困ってしまったのである。
数秒の間が空き、思考をある程度纏めたカタリーナは、ようやく口を開く。
「……考えを改めます。私以外の皆さんにはそれぞれ活動を再開していただきましょう。状況が状況ですので、私は参加できませんが……」
カタリーナの返答を聞き、クリスタは腕を組みながら何度もウンウンと首を縦に振り、頷く。
「異議なーし! あ、もちろんワタシ個人の意見だから、他の皆にも訊いてみないとだけどね。でも、珍しいね。リーナちゃんがコロッと考えを変えるなんて」
「それは……私のことを頑固者、そう思っていたということで間違いないですか?」
満面の笑みをカタリーナはクリスタに向ける。
対して、笑みを向けられたクリスタは視線を逸らしながら、言い訳を口にする。
「ち、違うよ? ちょっと意外だなーって思っただけであってね? いつものリーナちゃんなら『これだー!』って決めたら突き進むからさ」
思い当たる節がないと言えば嘘になる。そんなことを思いながらも、カタリーナは考えを改め直した理由を説明する。
「……時間がない。そう思ったからです」
「……えっ、時間? 何のこと?」
「私たちが『七賢人』でいられる時間のことです。私の予想では、来月に行われるクラス替え試験で、ラバール王国から来た新入生組がSクラスに加わってくると考えています。アリシア王女殿下は難しいかもしれませんが、他の三人に限って言えば、確実だと断言できるでしょう。そうなれば、後は時間の問題です。『七賢人』の座――つまり成績上位七名の中にその三人が入ってきてしまう。もしかしたら首席の座だって奪われかねない。私はそのような事態になることを危惧しているのです……」
遠くない未来予想図を思い描き、カタリーナは胸騒ぎを感じていたのだった。
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